夏だ! 選挙だ!! 大変だ!!!

 夏!!! アツーーーーーーーーーーーーーイ夏がやって来た。

 我がニッポン国のオエライさんにとっては、とってもとっても熱い夏。
 選挙に落ちれば、オエライさん変じてタダの人となるのが怖いから、ニッポン国のソーリの不信任を問う重大な投票をニヤニヤ笑いながも「No」と投票し、翌日にはヤッパ「ダメ・ソーリ」と言い、解散したら「マ、イイか」と変身を重ねたオエライさん達がいた。
 「君子は豹変する」という諺があるくらいだから、君子であるオエライさん達は、変身を重ねても許されるのであろう。
 ウーン、でも、これって品格に欠ける気がするけれど・・・。
 エ? 何? オエライさんに品格を要求するなんて、ムシが良すぎる・・・って。
 フーン、そうなんだ。
 あの党やこの党やあっちの党やこっちの党のオエライさんが、自分のことは棚にあげ、相手の党の悪口を口角泡を飛ばして言っているけれど、あれって見苦しいよ。
 相手をケナして優位に立とうってのは卑怯な気がするけれど、
「窮すれば通ず」という諺があるくらいだから、切羽つまればオエライさんにだって、許されるのであろう。
 ウーン、でも、これって礼節に欠ける気がするけれど・・・。
 エ? 何? オエライさんに礼節を要求するなんて、無理よ・・・って。
 フーン、そうなんだ。
 オエライさんっていうのは、その名の通り普段はエライ顔をしてスタスタ歩いているのだけれど、選挙となったら、どうしてニコニコペコペコして歩いているのは、なんだかいかにもミエミエで気持ワルーって感じ。
「面の皮の千枚張り」という諺があるけれど、まさか、これってオエライさんのことを言っているんではないでしょうね。
 え? 何? オエライさんに失礼よ。オエライさんて、そんなにワルではないの。せいぜい百枚張り・・・って。
 フーン、そうなんだ。
 あの党やこの党やあっちの党やこっちの党のオエライさんが、
「アアしてコウしてアアする・・・」とチマチマ嬉しいことを言ってくれるけれど、
「希望は貧者のパンなり」って諺があるでしょ。
 私「夢旅人」 どこかのオエライさんが、ニッポン国の夢を語ってくれないかなァ。

ドンドンパチパチ ドンパチパチ

 ホント、もう、びっくり。おどろき もものき さんしょのき。私とソックリの人が居るなんて・・・。

 彼が好むのは重厚な人間ドラマと言ったようなものではなく、たとえば上映が始まるや否や主人公が危機的状況に陥り、観客は手に汗を握り、そこに謎めいた美女が登場して謎めいたことを言い、主人公は鋭敏な頭脳を働かせて危機を切り抜け、観客がホッとしたのも束の間、また美女が現れて謎めいたことを言い、新たなる危機が主人公を襲って息つく隙もなく、ふいに爆発が起こったり、美女が悲鳴を上げたり、自動車が橋から落っこちたり、宝の地図が奪われたり、美女が奪われたり、愛が芽生えたり、美女を奪い返したり、いろいろなことがことがあった揚げ句、美女と主人公が接吻して終わる一群の作品、つまり冒険活劇である。「冒険活劇は映画館で観なければならない」というのが彼の意見であり、逆に言うと小和田君は、映画館で観た冒険活劇にかぎっては、どんなに阿呆らしい内容であっても一切を許す広い心を持っていた。

 この文章は、朝日新聞夕刊の連載小説「聖なる怠け者の冒険」の一節である。
 ドンドンパチパチ撃ちまくり、敵はバッタバッタと倒れても、我が愛する主人公には何故か絶対に弾は当たらないというドンパチB級映画愛好者の私は、この文章の一言一句を読んで、
「ウンウン、その通り」とニッコリ。小和田君、君はエライ!!!
 従来、私が、
「かくかくしかじか、これが私の正しい映画の見方」と、自慢げに言うと、
「フ-ン・・・」とか言って、何故か知らぬが軽蔑の眼差しで私を見る。それで、私はいつも肩身の狭い思いをしていたものである。
 だけど、天下の朝日新聞の連載小説に、私と同じ映画の見方をする人が登場したということは、私の映画の見方も、正しく認知されてきたということに違いない。
 ウン、もう大丈夫。これからは、胸をはって生きていくことにしよう。
 そんな訳で、今年私が見た映画は14本。「007/慰めの報酬」「マンマ・ミーア!」「フェイクシテイ」「グラン・トリノ」「ウオッチメン」「テュブリシテイ」「ザ・バンク」「天使と悪魔」「消されたヘッドライン」「スター・トレック」「ターミネーター4」「トランスフォーマー/リベジン」「エヴァンゲリヲン新劇場版:破」「ノウイング」
 まあ、ドンパチ映画ではないけれど、「マンマ・ミーア!」のように私好みの美人が出る映画とか、お洒落な映画とか、SFや話題作などは見ることにしているけれど、後はハラハラドキドキB級映画ばかり。
 だから、素敵に弾が飛び交うドンパチシーンを見て
「ワー」とか
「ヒャー」とか
「スゲー」とか、大声で叫びながら観たいけど、顰蹙をかうから、心の中で叫びながら観ていれば、私は大満足である。
 このように、ドンドンパチパチ撃って撃って撃ちまくる「スカッと爽やかドンパチ映画」だけれど、ストーリィは阿呆らしい内容が多いから「スカッと忘れるドンパチ映画」でもある。
 だから、2~3日もたつと、ドンパチの素敵シーンは思い出すけれど
「アレッ、筋は何だっけ?」
 だけど、私も、連載小説の主人公小和田君と同じように、広い心の持ち主であるから、どんなに阿呆らしい内容であっても一切を許すことが出来るのである。
 ホント、自分で言うのもなんだけれど、私はエライ!!! 
 エ? 何? 「ウウーン、そうじゃなくって、そう八さん、それって単なるボケ」
 ウーン、ホントにまァ・・・よく言うよ。お年寄りをいたわりましょう!!!

わくわく どきどき そわそわ

 北九州市芸術劇場で6月14日(日)に開かれた瀬戸内寂聴さんの講演を聴きに行った。
 この講演会は、北九州市立文学館の特別企画展”生きた、書いた、愛した、女性作家の手紙展”の開催を記念して開かれたものである。
 私の勤めている北九州市立南丘市民センターが、”松本清張生誕100年を記念し故郷の文学を辿りましょう”というテーマて、4月から8回に亘る「学んで楽しむ文学講座」を企画した時、この文学館の副館長今川英子さんに、色々アドバイスをしていただいた。
 そして、その第1回目の講座で、今川英子さんに、
『北九州の文学と松本清張』と題して講演もして貰っている。それで、その今川英子さんの企画した講演会であればと、イソイソと寂聴さんの講演を聴きに行った次第である。
 今川英子さんは、『放浪記』の作者・林芙美子の研究者として知られており、林芙美子全集の編集にあたると共に、数多くの著書があるけれど、天は三物を与えて、知的なうえに美人。かてて加えて、お話しもお上手!!!
 以来、私はすっかり文学館ファンになって・・・・エ? 何? 文学館ファンではなくて、今川英子さんファンじゃないのって・・・・ウーン、そんなにドキッとすることを云われたら困るなァ。英子先生に悪いよ・・・。
 とにもかくにも、そういう訳で聴きに行ったけれど、芸術劇場は超満員。私は、2階席の片隅で聴いたけれど、男性はポツリポツリ、女性がいっぱい。でも若い女性はチラホラでオバサン・・・ア、訂正、前美人・元美人・旧美人がいっぱい。
 ウーン、マ、いいか。だって、寂聴さんのお話しを聴きに行ったんだからね。
 寂聴さんは源氏物語の現代語訳でも有名。でも、自慢じゃないけれど・・・と、言いながら自慢する訳だけど、私は1965年に出版された函入の「谷崎潤一郎新々訳源氏物語」全11巻を持っているのである。ウン、寂聴さんごめんなさい。
 これって、リタイヤしてから憧れのノホホン・ホンワカ・グウタラ生活に突入したら読もうと思って買っているのである。
 ところが、である。私は、何故か知らねどいまだにリタイヤ出来ず、我が人生のカウントダウンが始まっているというのに、憧れのノホホン・ホンワカ・グウタラ生活は遠のくばかり・・・。
 我が家の不肖の息子3人は、私が若い時から、お金は貯めずに、苦労してチラッとも読まずに本棚ぎっしりに貯めこんだウン100冊の本を見ていわく、
「お父さん、絶対に読めっこない」
 フンだ! 親の心子知らず。オヤジの沽券にかかわるようなことを平気で云う。どうも、育て方が間違っていたかも知れぬ。
 寂聴さんの講演は『女流作家の手紙と日記』。特別展で取り上げられた作家を中心にユーモア溢れるエピソードいっぱいのお話で、楽しく可笑しくそれでも心にしみじみ沁みて、アットいう間に the 終了。
 その中で、寂聴さんが主宰する雑誌「the 寂聴」が、本木雅弘ことモックンを取り上げた時の話しがあった。
 モックンとは、古い付き合いだそうだけれど、彼の若いときに会った時には”わくわく どきどき そわそわ”感があったそうである。でも寂聴さん、今87歳。今回の企画で会った時には、この”わくわく どきどき そわそわ”感を感じなくなってびっくりしたという話しがあった。
 そして、この”わくわく どきどき そわそわ”感を失くしたらダメですよ、素敵な男を見たら、年甲斐もなくなんて遠慮しないで”わくわく どきどき そわそわ”しなさいとのお言葉である。彼に彼女がいても大丈夫。嫉妬するのも恋の内。いっぱい恋をしなさいとのことである。ウーン、絶対納得!!!
 私は、惚れっぽくって振られっぽいDANを持っているものだから、道を歩いている時、向こうから素敵な美人が来たら、私の恋ピューターがたちまち作動。一瞬の内に”ああしてこうしてああなって”と恋が成就するけれど、すれ違って振り向いたら、彼女はツンとしてお尻を振り振りスタスタ。たちまち失恋。でもその一瞬は、”わくわく どきどき そわそわ”感いっぱいであったのである。
 それが、寂聴さんでもないけれど、最近この”わくわく どきどき そわそわ”感が少なくなってきていることに気がついたのである。
 どうも、我が感性、錆び付いてきているらしい。 ウン、大反省。
 そこで大募集。『わくわく どきどき そわそわ』感所有の女性求む!!!
 エ、何? そう八さん、うっすらハゲ模様でしょ。身の程を感じなさいって・・・・。
 ウーン、そう云われてもね。なんたって寂聴さんのご言葉なのに・・・。
 最後に、寂聴さんがこの企画展を立ち上げた文学館のスタッフを褒めていた。お世辞抜きで本当にいい企画とのことである。今川英子さんのファン・・・・ン? 訂正、文学館のファンである私もすっかり嬉しくなってしまった。
 寂聴さん、どうもありがとう。

一目惚れの恋

 6月は、ジューンブライド。6月に結婚する花嫁は幸せになると言われているけれど、6月は雨の季節。
 ハレの結婚式がアメとかクモリだと「イヤーダ!!!」という訳で、結婚生活の守護神ジュピターも我がニッポン国では敬遠気味。
 結婚するってことは、長い時間をかけてイチャイチャした結果・・・ウーン、これってHな言い方かも・・・このプログはヒンのあるプログだから言い換えることにしてと・・・エーット、長い時間をかけ相手を確かめあって結婚するとっていうのが、正しい結婚のあり方と云われているけれど、直感的に一目惚ぼれして結婚するってこともある。
 朝日新聞に掲載されていたけれど、富山大学大学院小野武年特任教授によれば、直感的に好きになるのは、大脳辺縁系という脳の奥にある「扁桃体」という原始的・動物的な脳が働くというこらしい。
  私は・・・ン? 訂正、男というものは、美人であれば見境もなくむやみと惚れるという性向があるけれど、美人にもいろいろあって、色っぽい美人、エロっぽい美人、知的美人、痴的美人、素直美人、可憐美人、ボイン美人、ピチピチプリン美人、素足美人、襟足美人、唇ボッチャリ美人、目元パッチリ美人、鼻筋すっきり美人、見返り美人、可愛い美人、不美人寸前の美人、雰囲気美人、どうでもいい美人・・・ウーン、いい加減に書き疲れたのでこの位にしてと・・・美人のタネはつきない。
 ところが、この脳は一目見ただけで、過去の体験や数え切れないほどの美人情報と照合し、迷うことなく出会ったものが自分に有利か不利かを「好き」「嫌い」という形で瞬間的に判断することが出来るらしい。
 生きるか死ぬかの生存競争をしている動物が、相手を見て、直感的に安全とか危険とか瞬間的に判断すると同じような脳の働きを、ヒトも受け継いでいるということである。
 コンピューターにも負けず劣らず、このカンピューターは凄い!!!
 だから、「私、あの人に一目ぼれ!!!」などと云ったら
「大丈夫? 何故あの人なの? あの人のこと分かっているの?」と云われて答えに窮しても、何も心配することはないんである。
 あの人のことは、ナーンにも分かっていないけれど、種の本能による選択ほど間違いないのである。 
 むしろ「あばたもえくぼ」的なうるわしき誤解による愛よりも、この本能的な直感で愛を感じた方が、愛の強度は強いのかもしれない。
 結婚したら「あばたもえくぼ」が、「えくぼもあばた」となって
「トホホホ・・・」となる可能性だって有るかもしれぬ。
 山崎 方代の

一度だけ本当の恋がありまして南天の実が知っております

という歌のように、誰も分かってくれないけれど、南天の実だけが知っている。それだけでいい、それが一目惚れの恋なのかもしれないのである。

 ※山崎方代――1914年~1985年。山梨県生まれ。歌集「万代」など。

頑張れ! ニューウェーブ北九州

 私は、スポーツキライ人間。勿論、するのも見るのもキライ。
 でも、TVでスポーツ番組を見ることはある。それは、我が愛するジャイアンツが勝っているゲーム。
 TVのスイッチを入れた時、我が愛するジャイアンツが負けていたら アッタマにきて問答無用スイッチOF。途中で同点にされたり逆転されたら、ムカムカしてコン畜生とスイッチOF。
 我が愛するジャイアンツが負けるなんて理解に苦しむような出来事は、精神衛生上はなはだよろしくない。私は自称リコウ人間だから、ストレスが増えるようなバカなマネはやらないことにしている。
 それで、我が愛するジャイアンツの試合をTVで見ると云っても、しみじみ見るのは、我が愛するジャイアンツが攻撃する時だけである。
 相手チームの攻撃の時は、ヒットを打つ場面などは見たくもないので、新聞や雑誌を読んだり、オシッコに行ったり、鼻くそをほじくったり、あくびをしたり、うちのかみさんがアアでもないけどコウでもないという、不滅の世間話にうわの空で相槌をうったりして、有意義な時を過ごしているのである。
 でも、サッカーだけは世間の話題についていくために、TVでビッグゲーム位は見ることがある。
 すると、サッカーの試合の忙しいこと!!! ちょっと目を離すと、点が入ったりして油断もすきもない。
 だから、新聞は無論、オッシコも行く暇なんかありゃしないし、アッチコッチ動き回るから、有名な選手がいるようだけれど誰がどこに居るかも分からないし、息をつめて画面を見詰めていなければならぬ。
 野球のように、試合を見ながらイロイロやれないなんて、ホント、人生は短かし女性は多し・・・エーット、訂正・・・人生は短しヤルこと多しなのだから、サッカー観戦は、人生を有意義に過ごしている私には向かないスポーツである。
 それが、である。なんと、私、サッカーの試合を見に行ったのである。
 どうして? だって・・・。ウン、それは招待券を貰ったのデス。生粋のケチな私が、タダの券を貰って試合を見に行かないなんてことは、主義に反する。
 試合はニューウェーブ北九州対Honda Fc。会場はニューウェーブ北九州のホームグランドである北九州市本城競技場。

ニューウェーブ北九州 対ホンダFC

 ニューウェーブ北九州は、サッカーの三軍とも言えるJFLに加盟していて、Jリーグの二軍のJ2を目指して頑張っているチームだそうである・・・・てなことは、全然知らなかったけれど、試合会場で貰ったパンフに書いてありました。
 でも、試合を見てビックリ!!! TVでは、チョコマカと画面いっぱい走り廻っているように見えるけれど、それはTV画面の中の選手だけ。
 試合場は360度のワイドスクリーンみたいなものだから、ボールから離れている選手はのどかなもの。私は五月の爽やかな風に吹かれながら、
「突っ込め!」とか
「やれやれ!」とか
「廻せ廻せ!」とか
「このバカ!」とか、気持ちのいい野次を聴きながら、ノンビリと観戦することが出来た。 
 試合は0対0で引き分け。同点の時は、ゴールの前で蹴りあいをして決着をつけるのかと思っていたが、何故かやらなかった。
 これって手抜き・・・と思って、観客席の皆さん、ブーイングするかと思ったら、逆に立ち上がって拍手をしている。どうやら手抜きでないみたいな雰囲気なので、大勢順応型の私も、拍手することにした次第である。
 勝つと思っていたのに引き分けたらアッタマにくるけれど、負けると思ったのに引き分けたらハッピイと、モノは考えようである。私は自称リコウ人間だから、ストレスが増えるようなバカな考えは持たないことにしている。
 だから、マ、イイカと思うことにしたら、後で新聞に強豪Honda Fcに引き分けるなんて、あっぱれと書いてあった。
 どうも、サッカー人は、私と同じ思想の持ち主が多いらしい。
 そういう訳で、サッカー観戦も捨てたものじゃないと考え直し、我が街のサッカーチーム「ニューウェーブ北九州」の試合は見に行くことにした。
 浮気するようで、我が愛するジャイアンツに申し訳ないけれど、ごめんなさい。
 がんばれ! 頑張れ!! ニューウェーブ北九州!!!