ご機嫌いかが 7

梅雨まっさかり。
私、雨大嫌い。だから雨の続く梅雨は大大嫌い。

気象庁 天気予報に従ひて 今日も要なき傘持ちありく   奥村晃作

そうです。私、手に物を持って歩くのも嫌いなのに、傘を持ち歩けば忘れるという習性があるから始末に負えません。

だから、雨の日は出来るだけ外出をせずに、糸満久美子の句にあるように過ごせたらいいけれど、これって高望み。

雨の日はぬいぐるみの犬しゃべらせて 終日かるくかるく過ごす

せめて、「ハードボイルドに恋をして7」 の「ご機嫌いかが」のシリーズ最終回、「爽快」を読み「感嘆」して下さい。

爽 快

日曜日の午後だった。私は洗って濡れた手を太陽にかざして乾かしたような気分だった。
二見書房「スキャンダラス・レディ」マイク・ルピカ/雨沢泰訳

今日はすてきな音楽のようにすばらしいので、スキーをする気になれないの。
大和書房「ニューヨークは闇につつまれて」アーウィン・ショー/常盤新平訳

何もかもが快適に感じられた。空気は蒸発した昨夜の夜霧を含んで甘く、隣にはこれからの人生に素敵な予感を抱かせてくれる美人がいる。
早川書房「災厄という名の男」R・D・ブラウン/安倍昭至訳

今は朝、金曜日の朝、気分は最高とまではいかなくても、絶好調の人間の中古品程度の気分ではあった。
早川書房「泥棒は抽象画を描く」ローレンス・ブロック/田口俊樹訳

「・・・やっぱりニューヨークは好きだと思うわ。ジュッと音が出そうな活気があるのよ。サイモン。この疲れはてた世の中で、まだジュッと音をたてるほど元気のいいものがいったいいくつあると思うの」
早川書房「死者は惜しまない」ナンシー・ピカート/宇佐川晶子訳

何がたのしいと言って、人の悪口を言っているときほど楽しいものはない。
しかし本人がいる前ではなくて、いないときに言う悪口ほどたのしい。それも「バカ」とか「ウスノロ」とかいうような単純な悪口ではなくて、もっと多角的に創意と工夫をこらして言うほど、満足がゆくようである。
「さあ、だれかの悪口を言ってみな」
と言われても、悪口を言う相手を思いつくことができないのは、なんという孤独なことであろうか。
新潮文庫「両手いっぱいの言葉ー413のアフォリズム」寺山修司

秋は昔から大好きな季節だ。冬のブルースが流れ出す前に、爽快な気分を味わう最後の季節だから、というだけのことかもしれない。
早川書房「火事場でブギ」スティーヴン・ウォマック/大谷豪見訳

(車の)
窓をのこらずあけると、涼しい秋風が流れこんできた。睡眠不足でぼうっとした頭がすっきりして、順風満帆の人生が流れていくような気がした。
早川書房「火事場でブギ」スティーヴン・ウォマック/大谷豪見訳

感 嘆

「・・・わたしは朝、頭脳明晰でいるつもりなんかありませんからね。ペレに蹴っ飛ばされたサッカー・ボールみたいな頭でいるつもりよ」
「だったら、ぼくが頭脳明晰でいよう。・・・アスピリンは薬箱にはいっている」
「なんて賢い場所にはいっているんでしょう。賭けてもいいわ、あなたってミルクは冷蔵庫に、石鹸は石鹸箱にしまっておくタイプなのね」
早川書房「泥棒は抽象画を描く」ローレンス・ブロック/田口俊樹訳

(14歳の少女セーラが手伝いにきて)
学校が夏休みにはいるころには、オフィスの書類はすべてきちんと整理された。そして、この娘はおれのスケジュールを完璧に把握し、歯医者に行き、離婚した妻たちに誕生日のプレゼントを送るといった、思い出したくもないようなことを知らせ、おれの行動を管理するようになった。
扶桑社「笑う犬」ディック・ロクティ/石田義彦訳

(宝石のついた高価な時計を貰って)
・・・わたしもこれで時計を持ったといういうわけだ。恋多き男の言い訳のごとく薄っぺらで、報われぬ恋人のごとくずっしりと重い。
早川書房「風の音を聞きながら」デイヴィッド・M・ピアス/佐藤耕士訳

赤い髪は長く目は熱帯の海のように、澄んだエメラルド色。肌はとても白く青みがかったスキムミルクのようだ。家の近所のバーでこんな女が隣にすわって、飲み物のチェイスをほめてくれたら、男は人生が変わろうとしているぞと思うものだ。
早川書房「夏をめざした少女」リザ・コディ/堀田静子訳

※奥村 晃作ーー1936年生まれ。歌誌「コスモス」選者。
糸満久美子ーー1945年生まれ。詩集「愛ポポロン」など多数。

ご機嫌いかが 6

桜の花もほころび、いまや見所となった途端、咳がコンコン、鼻水はツルツル垂れ流しとなり、おなじみの病院に行ったところ、診察室どころか別棟に連れていかれ、コロナとインフルエンザの検査をさせられる羽目になってしまった。

私、「平熱の上に5回目のワクチンもインフルエンザの予防注射しているから、普通の風邪」と抵抗したものの聞く耳をもたない。しかし結果は私の診断のとおりすべて陰性。私は、医師の素質があるやかもしれぬ。

毎年、通例のお花見の計画が3回もあったのに、コンコン&ツルツル状態だからすべてキャンセル。弱り目に祟り目とはこのことである。

3月から4月は、私にとってホトホト精一杯お疲れの月である。
なにしろ「80歳以上の合唱団」とか「80歳以上の歩こう会」とか、あれこれ他人から見たらどうでもいいような、私からみたら、どうでもいいなってとんでもないというような会にいろいろ入っているのである。
さらに加えて、自治会と老人クラブの会長もしているものだから、年度末と年度初めは行事がゾロゾロ&ゾロゾロ!!!

かくして4月15日は老人クラブの総会、16日は自治会の総会となってテンヤワンヤしているのに、85歳の「終末高齢者」となった私のアンテナは、感度不良となって、今日、15日の夢旅人の原稿なんて書けそうもない。

ということで、私の隠し球。「ハードボイルドに恋をして」。これなら書き写すだけでいいから「ご機嫌いかが 6」を掲載することにした。
そう、私にとって一番必要なのは「安らぎ」。どうぞ、皆様にも安らぎのひとときをどうぞ。

安らぎ

テレビは一般大衆にとって、電子安定剤なのかもしれない。
早川書房「殺人ウェディング・ベル」ウイリアム・L・デアンドリア/真崎義博訳

「・・・いずれにしても長くて乾いた一日だった。ここらで一日の埃をふるい落とさない?」
早川書房「暗闇にひと突き」ローレンス・ブロック/田口俊樹訳

彼女は立ち上がって、暖炉に歩いていった。もうすぐ、火やセーター、それにかわいい女の微笑みが欲しくなる季節がやってくる。
早川書房「秋のスロー・ダンス」フィリップ・リー・ウィリアムズ/坂本憲一訳

パジャマを着て室温を24度に設定し、明かりを消してベッドに入った。純真で汚れのない眠りだった。
早川書房「パームビーチ探偵物語」ローレンス・サンダース/眞崎嘉博訳

あたしは夕食と朝食を食べ、あったかいベッドでひと晩ねた。・・・それもアンダーシャツとパンティって格好で、ぐうたらしてればよかった。
早川書房「汚れた守護天使」リザ・コディ/堀内静子訳

ステレオをつけ、長椅子にすわって酒を飲み、煙草をふかした。いたって文化的な気分になった。パヴァロッティがヴェルディの《鎮魂ミサ曲》から〈われらは嘆く〉を歌う。ふんふん、とても文化的だ。つづいては、ドニゼッティの《連隊の娘》から〈おお、友よ〉の高いハ音を九回もだせるなんて信じられない。しろうとなら、化粧だんすの引き出しキンのタマをはさみでもしないかぎり、一回もだせないだろう。すこぶる快適。わが家の優雅な夕べ。
早川書房「二日酔いのバラード」ウォーレン・マーフィ/田村義進訳

私はときどき、世界で一番小さい星を食べる。それはコンペイトウという名で、どの星座にも属していない。
新潮文庫「両手いっぱいの言葉ー413のアフォリズム」寺山修司

ラジオ・ワンからは《わたしとあなたとブーという名の犬》が流れていた。カフェインとビタミン Cにノスタルジアを加味した朝食をとるのが、最近の習慣になりつつあった。
早川書房「見習い女探偵」リザ・コディ/佐々田雅子訳

マールを注ぎたし一本イングリッシュ・オパールを吸った。これで、その日、一日に別れのキスをする用意ができた。
早川書房「パームビーチ探偵物語」ローレンス・サンダース/眞崎嘉博訳

ジャッキーは、女がいつもカロリー計算をしていたわけでもなければ、仕事の昇進を気にかけていたわけでもなく、男と女が一日じゅう過ごしたいと言ったからといって男をわがままとは責めない。そんな時代の女なのだ。少なくても、たいていの情事の発端なる、過度の性の感情の発端からくる陶酔のひとときのあいだは、そんなことを考えない女なんだ。そういう女を好きなのかどうか自分でもよくわからなかったが、ふたたび降り出した雪と噛みつくような冷たい夜とドナの不在という状態のなかでは、ジャッキーの腕の中はすてきだった。彼女がまだ三十になっていなくても、中年の落ち着きに包まれているようなやすらぎを感じた。
東京創元社「影たちの叫び」エド・ゴーマン/中津悠訳

ご機嫌いかが 5

私は生まれながらの生粋のジャイアンツファン。TVではジャイアンツの試合、それも勝っている試合しか見たことがない。初めから負けている試合はもちろん見ないし、勝っていても逆転されたら、ムッツリ スイチOF。だけど、未練がましく時々スイッチを入れて、勝っていればニコニコ スイッチON..。

そして、勝ったらTVのスポーツニュースをはしごする。すこぶるいい気分!!!

ジィアンツ以外の試合を見たことがない私だが、見た!見ました!!びっくり!!!の4日間。
WBCの1次ラウンド。

豪華絢爛たるメンバーが意気軒昂にして獅子奮迅の働きに驚天動地。なんとジャイアンツが勝った時以上に、私、喜色満面、欣喜雀躍!!!
こんなことってある?・・・という4日間でした。

最高にご機嫌の4日間でしたので、今日の「ハードボイルドに恋をして」は、2022年11月1日のプログ「ご機嫌いかが 4」の続編です。
「ご機嫌いかが」で今までに取り上げたテーマ「笑い」「喜び」まではご機嫌うるはしく、以下の「悲しみ」「怒り」「驚き」はご機嫌ナナメ。そして、今日のテーマは「悩み」です。
WBCで優勝するかどうかなんて悩まないで、このプログを読んで悩みを吹っ飛ばして下さい。

 悩 み

誰だって、他人の悩みなんか聞きたがらないわ。他人の悩みなんか退屈なんですもの。たとえ、自分の悩みだって退屈なものよ。
早川書房「殺人オン・エア」ウイリアム・L・デアンドリア/真崎義博訳

あてもなくさまよう考えに、屋根をかぶせて定住させるために、ラジオの音量を上げた。
早川書房「身代金ゲーム」ハワード・エンゲル/中村保男訳

テレビでは「・・・悩み事は、すべてイエスに差し出しなさい」と言っていた。なかなかいいアイデアと思って考えてみたが、私は、神は自ら助くる者を助くという信念で育てられたのだ。もうしばらくは自分で悩むことにした。別に、イエスを恨んでいたからではない。
早川書房「殺人ウエディング・ベル」ウイリアム・L・デアンドリア/真崎義博訳

もう新しい悩みごとはごめんだった。これ以上問題を抱え込んだらギネス・ブックにのってしまう。そうなったら自分が不良アパートの不在家主より、もっとたちの悪い人間になりそうな気がした。・・・もう二度とジャック・ダニエルのグラスのなかに、難易度Cの後方宙返り一回転半ひねり降りをきめようとは思わない。マンハッタンはどうしようもないほど蒸し暑く、レッド・ソックスは4位。みんな人生の琑末事だ。一人きりにしてほしかった。
二見書房「スキャンダラス・レディ」マイク・ルピカ/雨沢泰訳

「どうにもならないことをくよくよ考えるのは、貴重な時間をむだにして心の傷口をひろげるにすぎないわ」
早川書房「騙しのD」スー・グラフトン/嵯峨静江訳

しばらくして、もう一杯こしらえた。手がひとりでに動いていた。私が機械的に何かするときは、心にかかる悩みがあるのだ。だが、大した悩みじゃない。四十歳を過ぎてしまうと、大した悩みなんかあるものではない。時間は肩掛けのように私の上に停滞していた。この街のほかの場所では、人々が食事をしたり、ダンスをしたり、酒を飲んだり、笑ったり、触れあったり、しゃべったり、愛と友情の通貨である自分自身のかけらを交換しあっている。そういうことを、私は何一つしていなかった。私はひとりぼっちだった。
早川書房「感傷の終わり」スティーヴン・グリーンリーフ/斎藤数衛訳

「・・・エドナとピアス夫人は、わたしをこれ以上太らせまいとしているのですよ」・・・「誰だって、肥満の悩みをかかえています」エリーは言った。
司祭はちらっと彼女を見た。
「あなたは当てはまらないでしょう。わたしの場合は、全身これ、肥満の悩みです」
新潮社「エリー・クラインの収穫」ミッチェル・スミス/東江一紀訳

「この宇宙はそんなふうにはなってないんだよ。ーーひとつ問題を解決しても、別の問題がそのあとを埋める。たしか、苦悩保存の法則というんだ」
早川書房「熱い十字架」スティーヴン・グリーンリーフ/黒原敏行訳

彼女は靴をはかずに6フィートあったので、ふつう彼女が初対面の男についてまず知ることは、その男にフケがあるかないかということだった。そういう眺めがわたしをしらけた心の持主にしてしまったのだ、と彼女は主張した。
早川書房「モンキー・パズル」ポーラ・ゴズリング/秋津知子訳

「探偵という職業は、上昇過程で通り過ぎるものじゃなく、下降過程でしがみつくものなんだ」・・・
「おやおや、わたしとあなたで、末期的絶望病患者の収容施設が開けそうね。それで、あなたの悩みはなんなの?」
早川書房「匿名原稿」スティーヴン・グリーンリーフ/黒原敏行訳

「でもね、陰気になったって、悪いことがますます悪くなるだけよ。人生は大事なの。人生がどんなに短いかわかったら、あなたも陰気なことを考えて、無駄に過ごしたいとは思わなくなるわ」
早川書房「夏をめざした少女」リザ・コディ/堀田敏子訳

(エレベーターに乗ると)
実はみな女性で、一人の例外もなくハンドバッグか鞄を持つか赤坊を抱くかしていた。ーー女はいつも何かしら手に持っていて、それを怪しまないが、男は何か持たなければならないとなると、いつも軽い束縛感を抱くのだ。
早川書房「偽りの契り」スティーヴン・グリンリース/黒原敏行訳

その時の職業の選択肢といえば、タンポン工場の箱詰め機械を見張る仕事しかなかった。それもたしかに重要な仕事であるが、あたしをわくわくさせてくれるようなものではない。
そして、あたしの財力と気力の欠如のため・・・こんな車を乗りまわさなければならないのは、何か悪いことをした報いだろうかと思い悩むのみだった。
扶桑社「モーおじさんの失踪」ジャネット・イヴァノビッチ/細見遥子訳

わたしは右を向き、左を向き、仰向けになり、腹這いになり、ほとんど床に落ちーーとうとうあきらめた。6時21分になっていた。どんなに待っても、眠りの白鳥は戻ってきそうもなかった。表では、街がベッドの中で身じろぎし、伸びをし、シーツをはねのけ、巨大な咳払いをしていた。
早川書房「黒いスズメバチ」ジェイムス・サリス/鈴木恵訳

「それに空腹な上に、カフェイン禁断症状で死の苦しみを味わっていて、しかも6日間も性的片思いに悩んでいる」
早川書房「蒼ざめた王たち」ロバート・P・パーカー/菊池光訳

ご機嫌いかが 4

日本シリーズ2022は、なんとオリックスが優勝!!!

私は、生粋のジャイアンツファンだから、どこのチームが勝とうと「どこふく風」だけれど、オリックスファンなら、失礼ながら26年ぶりの日本一だから
すっごく「驚き」に違いありません。

そして、私もとっても年寄りでしょ。だから毎日が「驚き」の連続!!!

見逃したはずのドラマに 見覚えが  ※1
何をしにここに来たかと考える  ※2

と、残り少ない人生の貴重な時間をムダにしながら生きています。

と、いう訳で、今日の「ハードボイルドに恋をして7」は、2022年4月15日のプログ「ご機嫌いかが 3」の続編です。

 驚 き

かれの顔はアルファベットの〝Q“だらけになった。眼、口、頬、鼻孔がOの形になったのだ。
角川書店「悪党たちのジャムセッション」ドナルド・E・ウェストレーク/沢川進訳

私は、もう何年も正直に汗水たらして働いたことも、酒も飲まずに一日を終わったこともなかった。おかげでここ三週間のあいだにおこった出来事も定かに覚えていない始末だ。
早川書房「酔いどれの誇り」ジェイムス・クラムリー/小鷹信光訳

病院に受け入れられた速さという点ではおそらく私が最高記録保持者だろう。ふつうなら、係員がこっちの健康保険の確実性をチェックしいているあいだ受付のデスクでえんえんと待たされ、そこいらじゅうを血だらけにしてしまったりするのだが、・・・スイスイもいいとこ、アレヨアレヨという間に入院してしまった。
角川書店「暗くなるまで待て」トニー・ケンリック/上田公子訳

外では、母なる自然が十年に一度の最悪の冬だという気象庁の発表に感嘆符をプラスしていた。
早川書房「死者は惜しまない」ナンシー・ピカード/宇佐川晶子訳

(俺たちが発行している「文芸書評及び文芸」という新聞は)
・・・実にまともな内容のものだ。いったいどんな人間がわれらが格調高き紙くずを買うのか、どうしてもわからないのだが、とにかく誰かが買っていることだけは確かだ。
二見書房「ピンク・ウォッカ・ブルース」ニール・バレット・ジュニア/飛田野裕子訳

(ベッドを共にした彼が不意を衝いてやってきたので)
わたしの心臓は伸長回転、うしろ宙返り、屈伸回転といった三連続技を決めた。
集英社「コンピューターから出た死体」サリー・チャップマン/吉澤康子訳

一週間前には、小さな丘で幸せな隠遁生活を送っていたのに、今のぼくは、・・・72年型の走る凶器のなかに閉じ込められている。人生はまさに、経験の喜びに満ちあふれた不思議で美しいカーニバルだ。
東京創元社「仏陀の鏡への道」ドン・ウィンズロウ/東江一紀訳

(ニューヨークの財団の仕事を引き受けると言ったら、ニューヨーク嫌いの夫のジェフが)
「きみが引き受ける決心をしたら、ぼくとはこれまでだな」
わたしはまじまじとジェフを見た。
「わたし、何か聞き落した? それともわたしたち、筋道の通った会話抜きで、いきなりÅ地点からZ地点までジャンプしちゃったの? 永久にニューヨークで働くなんて、誰もひとことも云っていないんじゃない」
角川書店「涙のマンハッタン」ナンシー・ピカード/宇佐川晶子訳

アイルランド人は権謀術数に長け、深謀深慮に富む。普段は脳天気だが、要所要所で知恵を絞る。
早川書房「伯爵夫人のジルバ」ウォーレン・マーフィー/田村義信訳

ドイツという名の「一風変わった、論争好きで危険で勤勉で几帳面で組織的で能率的で神経症的で病的なまでに自己中心的で予測しがたい」国に入った。
新潮社「蘇った鷹たち」ジョセフ・ヂィモーナ/永井淳訳

(分娩に立ち会って)
すると俺の赤ん坊の頭が出てきた。ひゃー、なんて 醜い顔だ。男の目に醜く映る新生児の顔が女に美しく見えるのは不思議だ。これも男と女の生物学的相違だな、とつくづく思いながら俺は数えていった。耳が二つ(確認)、目が二つ(少なくとも目の痕跡らしきものが一対あるが、これはつぶっているんだな。確認)、鼻が一つに穴が二個(確認、確認)。
フロイライン・グリュッツが俺の視線を遮って赤ん坊の腋の下に手をかけ、
「イズ・グッド・イズ・グッド」と云って俺の方にうなずいて見せた。すると、オッセンホーデン医師が彼女の肩越しにのぞき、やましさをともなわずに出産料が取れることを確認した。
医師と産婆が二人がかりで、へその緒がついた赤ん坊を引きずり出した。腕が二本(確認)指が束になり、親指がそれぞれ一本ずつ(確認)、胸と胴が一つずつ(確認、確認)脚が二本(確認)
それから俺は股ぐらに目をやった。俺は見た。
「ひゃー、大変だ」なんてえこった。恐れていたものがついにやってきた。とっさに未来が、恐怖映画の果てしない廊下か何かのように閃めいた。ああ俺たちの欠陥児。悲嘆にくれるマリー。不具ゆえに、なおさら可愛い我が子を抱いて医者巡り・・・行く先々で説明の必要に迫られ・・・。
「ああ、なんという悲劇だ。ベニスのない息子が生まれるなんて!」
「ま、作り方が間違ったんだろうな」と、オッセンボーデン医師が言った」
「女の子だから」
「イズ・グッド・イズ・グッド」とフロイライン・グリュッツ。
「なんだ」と俺は云った。「そういうことか」
扶桑社「最後に笑うのは誰だ」ラリー・バインハート/工藤政司訳

(彼女はいつも体からこんなオーラを発しているかどうか知らないが)
目に宿っている生き生きとした光を集めて利用することができるのなら、私のアパートの電気代を1週間分節約できそうだった。
早川書房「偽りに契り」スティーヴン・グリンリース/黒原敏行訳

「ほんとうにエルビスが好きなの?」
「最高だ」
「おやおや」ジャキーは云った。
「あなたって意外性の人なのね」
早川書房「ロンリー・ファイター」バーラン・コーベン/中津悠訳

スーザンがまた私を見て微笑した。千隻の舟を走らせ、トロイの雲に達する塔を焼き払いかねないほどの強力な微笑だ。
早川書房「歩く姿」ロバート・P・パーカー/菊池光訳

(連邦検事はどこから情報を仕入れたか何度も要求したが)
ヴェロニカもまたそのたびに、折り目正しく〝くそ食らえ〟との意向を伝えた。どうやってネタを仕入れたのかとおれが尋ねても、モナリザの微笑を浮かべるだけだった。おれはその笑みを前にすると、自分が何を訊こうとしていたのかを忘れてしまった。
早川書房「記者魂」ブルース・ダシルヴァ/青木千鶴訳

彼女は長い脚と大きな胸、ハート形のふっくらしとした唇の持ち主だ。髪は濃い茶色でいつも黒く染めてあり、たった今、ベッドを出たばかりといった感じにわざとくしゃくしゃにスタイリングされている。 ~ バーやレストランで男たちの目が彼女に釘づけになるのを僕は見ていた。これは自己投影かもしれないが、男たちが彼女に向けるまなざしは貪欲で原始的だ。彼女を見ると自分の生きているのが、男が常に武器を帯びている時代や場所でなくて本当によかったと思う。
東京創元社「そしてミランダを殺す」ピーター・スワンソン/務台夏子訳

掲載した川柳は、公益社団法人全国有料老人ホーム協会の「シルバー川柳」から
※1  瀬戸ピリカ(神奈川県、57歳、女性、POPデザイナー)
※2 安田三貫也(千葉県 79歳 男性 パート)

ご機嫌いかが 3

春はアッという間にやってきて、アレヨアレヨと云う間もなく、もう夏の気配が漂ってきました。
私、夏は暑いから大嫌い、冬は寒いから大嫌い。だから春と秋は大好き。
特に春になると、コートを脱ぎすて超ミニスカートでボインボインを誇らしげに、エロっぽい眼差しで見る男どもを見くだして闊歩する女性を見るのが大好き。

でも、私、とっびきりの年寄りだから、

夜桜を見に行かないかと君が言う 思いっきり幸せを抱きしめる瞬間   諸星詩織

という世界からは程遠い存在でしょ。だから

のんびりと春を探しに出かけます 寂しい者はこの指とまれ  諸星詩織

という世界なんです。ウン、誰かこの指に止まってくれないかなァ。

ところで、今日の「ハードボイルドに恋をして7」は、2022年2月15日のプログ「ご機嫌いかが 2」の続編です。
ウクライナのTVニュースを見るたびに、私、機嫌は悪くなるばかり。そして「怒り」はますばかり。そこで、ハードボイルドの「怒り」を読んで、チョッピリうさ払らしをして下さい。

怒り

けんかは不得意だから、すぐに相手に殴り倒されてしまった。正義の味方を気どるには体重も軽すぎるし、年もとりすぎている。それは自分でも十分承知しているにもかかわらず、時として、世界の不公平さを特別に見せつけられると、ついそれを忘れてしまうのだ。
角川書店「暗くなるまで待て」トニー・ケンリック/上田公子訳

いかし、わたしがいくら理性的な性格にできていても、わが長所のトップは忍耐ではない。
早川書房「ダウンタウン・シスター」サラ・バレッキー/山本やよい訳

エレベータは、奇数偶数方式だった。こんなものを設計したデザイナーには本年度の「アホバカ大賞」をやるべきだ。この種のエレベーターときたら、やたらスピードがのろい。
早川書房「絞殺魔に会いたい」パーネル・ホール/田中一江訳

(男のトイレはあっても、女性トイレがないので、エヴァは頭にきて)
連中はたとえ寒い夜でも、女には鉄の膀胱があるから大丈夫だと思ってるんだろうが、そんなの公平じゃない。金持ちで有名になったら、あたしも文句が言えるかもしれない。金持ちでも有名でもないときに文句をつけるのはいいことじゃない。だって、コルクの栓でもしろと言われるのがおちだし、こっちはますます頭に血が昇るからだ。
早川書房「汚れた守護天使」リザ・コディ/堀内静子訳

患者から金を奪った上に、人格まで奪ってしまう病院の日課なるものを押しつけられると・・・。
早川書房「ダウンタウン・シスター」サラ・バレッキー/山本やよい訳

(性倒錯者が少年を傷つける秘密ビデオを見せられたエレインは)
「・・・この世の中には、変質者や頭のいかれた人間がうじゃうじゃいる。そんなことは百も承知よ。・・・そりゃ時には、人類に取りつけられている生命維持装置を誰かがもうはずすべきだ、なんて思うこともあるけれど、でも、大丈夫、とりあえずわたしはこの世界と折り合いをつけている。でも、今見たビデオだけは我慢ならない。このビデオだけは絶対に許せない」
二見書房「倒錯の舞踏」ローレンス・ブロック/田口俊樹訳

俺の怒りは順調に進行し・・・彼の顔は、不吉な桑の実のような暗赤色を呈していた。
早川書房「大あたり殺人事件」クレイグ・ライス/小泉喜美子訳

ニッキは端然として椅子に座っている。そのひっそりとして静かな物腰は、まるで感情のギアが入れ忘れられているかのようだ。
早川書房「アリバイのA」スー・グラフトン/嵯峨静江訳

(整備してもらったばかりの車がぶっ壊れたので)
「こんちくしょう!」あたしは叫んだ。
「この日本製のくそったれトラックめ。あの大嘘つきの詐欺師のしょんべんたれの整備工め!」
あたしは一秒ほどハンドルに顔を押しつけた。まるでお父さんみたいな口をきいてしまった。タイタニック号に乗って沈んでいくときに、きっとこんなことを思うのだろう。
扶桑社「モーおじさんの失踪」ジャネット・イヴァノヴィッチ/細美遥子訳

(探偵の資格をなくすと脅されて)
「探偵の資格を剥奪されたって、この世の終わりがくるわけじゃない」
この世の二日前ぐらいの気分にはなる、ということはいわないでいた。
早川書房「偽りの契り」スチィーヴン・グリンリース/黒原敏行江訳

※諸星伊織ーー本名 糸満久美子、沖縄県出身。詩集「雨上がりの窓」より。