親って大変!

アツイあついまったく熱い!!!

35度以上の猛暑日が2ケ月も3ケ月も続くなんて、これは猛暑日が夏日になったということである。40度以上が猛暑日とせざるを得ないだろう。
そして、異常気候と云っているが、これが普通の気候となり
「春はポカポカ、梅雨はシトソト、夏はアツアツ、秋はサワヤカ、冬はサムサム」という
「適度なポカポカとシトシトとアツアツとサワヤカとサムサムに恵まれた四季」は今や変貌して
「チョッピリの春と秋、バシャバシャ雨の梅雨、アッチッチの夏、ドカドカ雪の冬」となり、四季がはっきり感じられた気候は、はるかな思い出になるに違いない。

ところで「今日のハードボイルドに恋をして10」は、あなたの自身をターゲットにしたプログです。
「ウン、ウン、そうか」と苦笑しながら読んで、アッチッチと汗をタレ流しながら、終わることを忘れた夏を満喫してください。

 

「会いたいなあ。ほんとうに」と父親は言った。
「かわいい子供らだな」片方はこびとゴジラみたいだし、もう一方は忍者カメだと思ったが、俺はお愛想にそう言った。
扶桑社「最後の笑うのは誰だ」ラリー・バインハート/工藤政司訳

通常、彼女たちは若くして両親をなくす。パパは金儲けの疲れで死ぬ。ママはパパと一緒に暮らした疲れで死ぬ。
早川書房「素晴らしき犯罪」クレイグ・ライス/小泉喜美子訳

「十代の娘を持たないうちは、ほんとうの不機嫌がどんなものか、わかりっこない。あなたなんか癇癪の仮免段階にも達していないわ」
東京創元社「地上より賭場に」ジル・チャーチル/浅羽英子訳

「母親というものには、愛だけじゃなくて、悲しむ権利があるのよ」
扶桑社「最後の笑うのは誰だ」ラリー・バインハート/工藤政司訳

「・・・つかの間の理想の父親の地位とも、お別れだ。歳月の移ろいはかくも早い」
早川書房「沈黙のセールスマン」マイクル・Z・リューイン/石田義彦訳

「親というものは、子供たちのしあわせとなればどんなことでも、実現の可能性があるような気になって,願わずにはいられないものなんですよ。でも時によっては、親と子は別々でいた方がいいのかもしれませんわね。あの子のこととなったら、わたしはとても諦められそうもありませんけど」
河出書房新社「モデラート・カンタービレ」M・デュラス/田中倫朗訳

母親というのは、予想のつかないこの世の中で、唯一不変のものだと、ウォルターは思う。
角川書店「歓喜の島」ドン・ウィズロウ/後藤由希子訳

(子供の写真を見せられて)
俺はそのとき、世の中には大きなクラブみたいなものがあって、娘が生まれると同時に俺たちも入会したのだ、と悟った。親同士にはマフィアや、フリーメイソンや、原理運動の支持者のように、確認サインか、秘密の言葉か、特定の話題に対する変質的な関心があるらしい。
扶桑社「最後の笑うのは誰だ」ラリー・バインハート/工藤政司訳

親の愛情、とりわけ母親の愛情というものは、いつもかなしい。いつもかなしいというのは、それがつねに「片恋」だからです。
新潮文庫「両手いっぱいの言葉ー413のアフォリズム」寺山修司

(兄貴が死に)
「おやじとおふくろには大ショックだったんだよ。・・・子供は兄貴とぼくだけで、そしておやじとおふくろがぼくを見るたびにこう考えているのがよくわかるんだ。つまり、どっちか一人を死なせなくっちゃならなかったのなら、どうしてあの子じゃなくちゃならなかったんだろうて。そしてそれが二人の眼に表れてしまってて、二人ともそのことを知ってて、ぼくが二人のその気持ちに同感していることを二人は知ってて、それでもって二人はぼくにすまないと思っていて、そしてぼくはその二人に対してどうすることもできないんだ」
早川書房「小さな土曜日」アーウィン・ショー/小泉喜美子訳

俺にも娘が一人いる。申し分のない女の赤ん坊だ。名前はアンナ・ジュヌヴィエーブ。家でマリーにあやされている。いや、マリーは恐らく居眠りをしているだろう。生まれたときはETみたいに醜かった。しかし、口にしたのは一度だけだ。マリー・ロールはアンナが生まれたとき美しかったと思っている。それに首をかしげれば、赤ん坊に対する愛情まで疑われるから恐ろしい。マリー・ロールは娘と恋に落ちた。しかも分娩室の中でだ。
扶桑社「最後の笑うのは誰だ」ラリー・バインハート/工藤政司訳