とっても素敵で素敵しいお知らせ

私にとっては、すっごく素敵で素晴らしいお知らせ。皆様にとっては、すっごくどうでもよくて聞かなくてもいいお知らせ・・・ではありません。ハイ。

素敵で素晴らしいお知らせとは、増井信貴さんの指揮で3月5日に「響ホール」で開催される合唱組曲「北九州」の演奏会。
コロナ前は九州交響楽団の演奏で2000人の収容を誇る「ソレイユホール」を満員にして開催していたが、コロナのために一昨年から松本郁子さんのピアノ伴奏、合唱は「北九州をうたう会」と「北九州市少年少女合唱団」。それに「小倉祇園太鼓保存振興会」が加わるものの、規模を縮小しての演奏会となっている。

合唱組曲「北九州」は1978年に北九州市制15周年を記念して、オペラ「夕鶴」や童謡「ぞうさん」など作曲した日本を代表する音楽家 團伊玖磨(1924~2001)さんが作曲、北九州市にゆかりの深い栗原一登(1911~1994)さんが作詞した合唱組曲である。

作曲した作曲家の團伊玖磨さんについては「知る人ぞ知る」作曲家。「知る人は少ない」かもしれぬが、この夢旅人を読んでいるあなたも「知る人ぞ知る」の仲間入りして、この合唱組曲「北九州」のファンになるに違いない。

作詞の栗原一登さんについては「?」と思う人は多いかもしれぬが、團伊玖磨さんが作曲した組曲「唐津」「横須賀」「筑後風土記」を作詞した人で、校歌の作詞も多くある。そして、 女優 栗原小巻さんの父親でもある・・・と、言うことで「知る人ぞ知る」の仲間に入ってもらうことにしよう。、

私は60歳の時、「北九州をうたう会」に1999年に入会し、老害をまき散らす前の80歳で退会したが、ここで自慢したい訳ではないが・・・エート、やっぱり自慢したいのは、團伊玖磨さんの指揮で2回もステージに上がっているのである。なんと凄い!!!

偉大なる作曲家團伊玖磨さんの指揮を受けた数少ない音楽家の仲間入りをした私って、すこぶる貴重な存在であると、自画自賛して悦に入っている。

私が生まれたのはここ北九州市小倉北区だが、父が公務員であるため、数か月して博多に移り、以来小学校を5回、中学校を3回、高校を2回転校している。だから「故郷」というものがない。

むかし昔、私が子供だった頃は「親父の権威は天にそびえ立ち」転勤のたびに家族一同ついていったものである。しかし、私が親父になった時は、なんと「親父の権威は地に落ち」て、親父は一人さびしく家族と別れて行くことになっている。

とは、言うものの、私、56歳の時、東京に転勤することになり、
うちのかみさんは
「亭主元気で留守がいい」とのたまい、私は私で
「亭主元気で一人がいい」と云って、思いは一緒。ホント、仲がいい。かくして、私、花の都の東京で華の独身生活・・・ン、訂正、単身生活を送ることができたのである。

60歳となり華の単身生活を終えて北九州市に帰った時、合唱団「北九州をうたう会」に誘われたが、私、学生の頃、新宿の「歌声喫茶」で歌った経験しかない。それで
「ダメ」と断ったところ、
「男性が少ないから是非に。練習すればうまくなる」とのこと。
「それじゃ、モテるかも」と下心付きで入会したところ、現美人はもとより、旧美人、元美人、前美人と美人がいっぱい・・・と、ニコニコしたのは良かったけれど、「おたまじゃくし付きの楽譜」を渡され、私、仰天。物心ついて以来「楽譜」なるものを見たのは初めてである。

そこで、入会した途端に辞めたら、入会を勧めてくれた人に悪いから、1か月たって辞めようと思ったら、とんでもない事態が起きて、20年も歌い続ける羽目になってしまった。

合唱組曲「北九州」は、大合唱と児童合唱に小倉祇園太鼓も組み入れたオーケストラのための組曲の形式を取り、6つの楽章で構成されている。
そして最後の終章で
「北九州 北九州 ふるさとや良し」のフレーズを、フルオーケストラで、ホールいっぱいに歌い上げると、これを歌った途端、胸にジーンときて眼がうるみ何故か分からねど
「ア、ここが故郷なんだ」と、故郷を持たぬ私に「故郷」が舞い降りてきたのである。なんと「故郷」が出来た!!!

合唱組曲「北九州」を聴きに来た人は、北九州生まれでなくとも、このフレーズを聴くと「故郷」への想いを強くするという。
そういう摩訶不思議な威力を持つ組曲だが、これを読んでも皆さん「そんな摩訶不思議なことを云ったって信じられない」と、言うに違いない。

ハイ、ここでコマーシャル。「演奏会にきて本当かどうか試してください。料金は2000円。すっごく素敵で素晴らしい演奏会にどうぞ」

化粧に胸キュン

わが街北九州市のお正月の三が日は、とってもいい天気。お天気が良いと気持ちもハレバレ!!!

暮れの大晦日は、恒例の紅白歌合戦を最初から最後までズズズーイと見ました。最近の紅白歌合戦は知らない歌手がズズズーイといっぱい。それに知らない歌がズズズーイといっぱい。

だから「イイ歳をして紅白見るなんてアホか・・・」と軽蔑の眼差しで見られるけれど、はるか昔は「紅白は国民的行事」となっていたんですね。

私、はるか昔の人間なので、それが身に沁みついている・・・訳ではないけれど・・・今をときめく歌手や楽曲を聴く機会は紅白しかない訳デス。ハイ。
エート、ピチピチプリンな女の子がミニスカートで足をピョンピョン上げながら歌っているのを、身を乗り出してしみじみ見ている訳ではありません。以上、念のため・・・。

だけど、今年は私の贔屓筋の歌手で出たのはPerfumeだけ。毎年彼女たちのステージは、コンピューターで制御された斬新な映像とテクノポップの歌・・・これが毎年進化していたんです・・・が映されていたのだけれど、今年はなんとなくいまいち。ガッカリ!!! どうして?
いつも紅白が終わったら「ゆく年、くる年」を見ながら「年越しそば」を食べ、0時20分からは国技館で行われた「年の初めはさだまさし」を、アハハと初笑いしながら2時半まで見てあとはスヤスヤがいつものパターン。・・・エート、大好きな平原綾香も登場しました。「キミヘ」を絶唱。ホレボレ!!!

3日は、恒例の三社詣り。由緒ある篠崎神社・蒲生神社・妙見神社にお参りし、相田みつをの句

おさい銭 百円玉一つ ぽんと投げて 手を合わす おねがいごとの多いこと

のとおりのことをして、御神籤を引いたところ、なんと三社とも「末吉」。

「今年はドン底、滅茶苦茶」と嘆いたところ、友人が
「ドン底だから、今からは上に上がるばかり。幸運の印」という。
ウン、持つべきは友人!!!

三が日が過ぎると、年末の30日から上映している映画「中島みゆき 劇場版 ライブ・ヒストリー2」をさっそく見に行きました。10のスクリーンを持つシネコンの中でも1番大きなスクリーンで5.1chサラウンドの大迫力。ナレーションなし、曲名などの字幕も一切なしの中島みゆきにどっぷりつかった90分のライブ体験です。

でも、料金2600円也。いつもシニア料金1000円也で見ているでしょ。「高い」と言いたいところだけれど、ライブでウン万円を払っている人から見ればハシタ金。高いなどと云えるわけがありせん。
最初に2004年にロスで行われたスタジオライブの映像と大音響にまず度肝を抜かれました。歌は「銀の龍の背に乗って」。それからは、2007年から2020年に行われた伝説のライブから選ばれた珠玉の15曲。

劇場の最前列でも見られないようなアップで映される中島みゆき。歌詞の内容に合わせその都度彼女の表情が・・・悲しみや怒りや喜びや笑顔や・・・女優がお芝居をしているように変わるんですね。そう、歌の中の主人公になりきっているんです。
素顔の彼女は、チョッピリ寂しさをただよわせているけれど、やはり笑顔がとっても素敵。

彼女の華麗なドレスより、アンコールの時に出てくるジーパンに白いシャツ姿のが大好きだけれど、登場なしで残念至極。15曲の中で「化粧」の

「バカだね バカだね バカだね あたし」

と歌ったときは、、枯れはてた感性の私でも何故か胸キュン!!!

中島みゆきで私のお正月は終わりを告げました。

明日を信じて

昨日も今日も、屁理屈的にはちっとも変わりはないけれど、だけどお正月。まずは

明けましておめでとうございます。

私にとって、ひとつ歳を取るっていうのは、人生の残り時間がそれだけ短くなったということでしょ。だから、
「明けましておめでとうございます」なんて言われても・・・なんて、嫌味なことは言わないことにしましょう。なんたってお正月なんですから。

私、今年85歳。75歳の後期高齢者をあたふたしながらもスイスイと過ごし、80歳の末期高齢者をなんとかかんとかスイと過ごして、遂に85歳の終末高齢者となりました。90歳の終了高齢者までヤットコサットコ生き延びても、私、赤ちゃん返りになっているでしょうから、エンエン生き延びるのも問題です。ハイ、ホドホドに生き延びていきます。

ニコニコハートでお正月を迎えた人もいるでしょうけれど、
でも、諸星詩織さんの短歌にあるように

寂しさと貧乏だけがある部屋を お正月がのぞいています

という人もいらしゃると思います。
今、「お正月もへちまもあるか」とうそぶいておられるかもしれませんが、でも、正月ですから、宮脇欣子さんの詩「積木」のように、明日を信じて・・・ね。

積 木

あすの日に
昇る朝日があるように
わたしの未来にも
よろこびの声にめざめる
朝の訪れが必ずくることを信じ
わたしは 今日の日を生きていく
積み重ねては 築きいく
積木のように わたしは

わたしの人生を
一つ一つ力一杯
積み重ねていく
今日という この日を
色づかせながら

あすの日に
咲く花があるように
私の未来にも
幸せの花があざやかに咲き
ほころぶ日の訪れが必ずくることを信じ
わたしは 今日の日を生きていく
踏まれても 踏まれても

芽を出す 雑草のように
私の人生を
一歩一歩力強く
歩いていく
苦しみと手をとり
語りあいながら

※諸星詩織ーー本名 糸満久美子。 1949年沖縄生まれ。詩集「憑かれた口笛」「愛ポポロン」など。
宮脇欣子ーー盲目の詩人。NHK第一放送の「朝のポエム」で「今を生きる」という詩が朗読された。1971年わたぼうし音楽祭で入賞し毎日新聞社賞を受賞した。掲載の詩は詩集「だから お母さん」より。

※このプログの「ご挨拶」のページに、私の近況などを綴った今年の年賀状を掲載しております。ご一読頂けたら幸甚です。

驚天動地の1年でした

もう12月!!!

今年はとんでもないことばかり起こって、驚天動地!!!

戦争なんて、過去の遺物と思っていたのがよみがえり、ロシアの国民の皆さんが「???」と思わないなんて摩訶不思議です。

安倍総理が暗殺され、安倍総理と統一教会の関係がバレタと思ったら、芋づる式に統一教会になびいている議員さんが続出。
自民党って政党はどうなっているんでしょうか。
議員という名のオエライさんたちは節操がないのでしょうか。
もし、安倍総理が暗殺されなかったら「公明党は創価学会」、「自民党は統一教会」となっていたのでしょうか。
アナ、恐ろしや!!!

北朝鮮や中国がわがニッポン国を襲うかもしれないとのことで、軍備費を大幅アップ!!!
北朝鮮がわがニッポン国に戦争を仕掛ける大義名分なんてまったく考えられないし、北朝鮮が海を隔てたわがニッポン国を占領し統治するなんて、いくら金正恩だって思う訳がありません。
中国だって、チッポケな離れ島を取るために、わがニッポン国やアメリカを相手にしてまで戦争をしかけるなんて、ソロバン勘定の得意な中国の損得勘定に合うはずがありません。

でも、戦争を仕掛けられたら、やられる前にやっつけようと、べらぼうに値段は張るけどはるか彼方の敵のミサイル基地を狙えるミサイル・・・敵がミサイルを発射する寸前をキャッチして発射するミサイルとのこと・・・を準備するそうです。
フーン、そんな1秒を争うようなこと出来るの? 神業みたい。

そんな凄いミサイルを持てるなら
「備えあれば憂いなし」というように、わがニッポン国に飛来するミサイルを片っ端から打ち落とすミサイルを準備した方が安上がりだろうし、わがニッポン国をハリネズミ列島にした方が良いと思うけれど・・・「わがニッポン国の男がスタル」てんで、やられる前にやっつけようと、わがニッポン国のオエライさんたちは考えるのでしょうね。
アナ、恐ろしや!!!

国を守る費用は、国民が負担するというのはよく分かるけれど、機先を制する武器にお金を注ぎこむより、スイスみたいに「備えあらば憂いない」に徹して、防衛のための武器にお金をつぎ込んだら、敵は戦争を仕掛けてもムダとあきらめるにちがいありません。、

てなことを、ウジャウジャ云っても犬の遠吠え。話をコロリと変えて、
私、今年は生涯で輝ける年になることになっているんです。1月1日の「夢旅人」に、意気揚々と書いた文章は、

私、寅年で獅子座の生まれ。凄いでしょ。今年は我が人生最後の年男となりました。そして、凄いことには、今年の虎は36年に一度の寅年で、最強の虎!!!

と、言う訳で「買わなきゃ当たらないけど、買っても当たらない」宝くじだから、今迄買ったことはないけれど、今年は買えばきっと7億円をゲット。夢の世界一周の船旅が実現することになっているんですね。

かくして、一金3,000円也を投じて宝くじを2回も買ったものの、2回ともゲットしたのはなんと300円。こんなバカなことってある?
悲憤慷慨したけれど、冷静になって考えると、年末に最後の歳末宝くじがあるでしょ。三度目の正直できっと最後に当たる!!!
かくして、お正月には、孫たちに途方もないお年玉を上げられると、うちのかみさんにニコニコして言ったら、かみさん、
「寅年生まれの人って、あなただけじゃないのよ」と実もふたもないことを云う。

ウーン、ウン百万人いる寅年生まれの人の中から宝くじに当たる人は一人だけなのか・・・。だけど、私、「寅年で獅子座」最強の最強の2本立てだから・・・ハイ、宝くじ当たることを信じてます。
と、言う訳で、私、最強の虎になるかどうか、乞う、ご期待!

今年1年、この「夢旅人」を読んで頂きありがとうございました。来年もよろしくお付き合い頂きますようお願い申しあげます。
では、来年も素敵な年になりまうよう・・・エート、来年こそは素敵な年になりますようお祈りいたします。

楽しく歌って

2021年に東京オリンピック競技大会組織委員会会長の森さんが失言を振りまき「老害」とたたかれ辞めることになってしまった。

私、合唱団「北九州をうたう会」で、エンエン20年間も歌ってきて、あげくの果てに「代表幹事」になってしまったものの、森会長と同じく名前も一緒、年齢も一緒。
テレビや新聞で「森辞めろ&森辞めろ」と叩かれているのを見ていると、他人事とは思えなくなってしまった。

どうやら「老害」というものは、自分では「老害」なんて思ってなくても、周りには「老害」をまき散らしていることになるらしい。それで、森オリンピック委員会長と同じように、私、面と向かって「辞めろ」と云われる前に、「代表幹事」を辞めることにした次第である。

北九州市には、わがニッポン国にある合唱団の中でも、最高に入団資格が厳しいといわれる合唱団がある。いくら上手に歌えると云っても入団できる訳ではない。その厳しい入団資格というのは「80歳未満はお断り」・・・そう、そして合唱団の名前は、

「80歳からの合唱団」

私、昨年83歳。幸いにもこの厳しい入団資格をクリアー出来るということもあって、さっそく入団したが、会員の最高齢は94歳。なにしろ、80歳は若手ということになっているから、私、83歳にして中堅のバリバリである。「ジジイ」なんて言っては困る。

この合唱団は2018年に設立され、第1回の演奏会を開いたもののコロナのため、練習も演奏会も中止せざるをえなくなっていたが、ようやく11月17日に第2回演奏会を戸畑市民会館で開催することになった。

無論、私も出演し「故郷」や「雪」などの童謡唱歌や「上を向いて歩こう」や「幸せなら手をたたこう」など12曲を歌い、すこぶるいい気分。
童謡「七つの子」を「カラスなぜ泣くの カラスの勝手でしょ・・・」と歌いたいと思ったが、「カラスなぜ泣くの カラスは山に・・・」とちゃんと歌うことになった。真面目な合唱団である。

この合唱団は、一見「ジジババ合唱団」と誤解されるかもしれないが、とんでもない。合唱の指揮をされたのは、プロ中のプロである岩﨑洋一先生。東京藝術大学声楽科卒業、北九州市少年少女合唱団で38年間指揮をとられ、全日本合唱連盟ジュニア・コーラス・フェスティバル全国大会では5回出場し「あおぞら賞」を受賞。現在北九州音楽協会理事長・福岡県合唱連盟顧問でもある。

ピアノ伴奏は、ピアニストの古賀千恵さん。北九州市出身で桐朋封学園大学卒。ドイツ国立ミュンヘン音楽大学院修了。ヨーロッパで1994年からルーマニア国立放送交響楽団等と共演、多くのリサイタルを行って2000年帰国した。

演奏会の指揮も演奏もプロ中のプロ。かくして、合唱団もシロウト中のシロウト・・・ではなくて、80歳以上にしては上出来の上出来と自画自賛している。

メンバーには80歳以上という自覚に欠ける人が多いが、建前は80歳以上となっているから「お年寄りをいたわりましょう」の精神で、岩﨑先生の指導はとってもやさしい。
先生が「このように歌いなさい」と言っても、みなさん「ハイハイ」と答えるだけで、次の練習の時には、ケロッと忘れるようになっている。だから、岩﨑先生、ムダな指導はやらず、
「ハイ、良くできました」とニコニコ。上手に歌えたかどうかなど、心配しなくてもよろしい。ストレスなしで、楽しさいっぱいの合唱団である。

そして、この歳で「老害」ならぬ「老音」をまき散らす「場」があるとは、わが街北九州市は素敵な街である。

 ※ 北九州をうたう会ーーー1978年、市制15周年を記念して、日本を代表する作曲家 團伊玖磨と本市に縁の深い栗原一登の作詞により作られた合唱組曲「北九州」。300人を超える市民合唱で雄大に歌い上げられる“ふるさと讃歌”は、ふるさとを愛する私たちの心に大きな感動を与えてくれます。
管弦楽は九州交響楽団、小倉祇園太鼓保存振興会 響會が勇壮な太鼓演奏で北九州の音の風物詩を演出します。