続 続 またもやビックリ

前回の「夢旅人」に「二度あることは三度ある」と書きましたが、宝くじなど当たったことはないのに、都合の悪いことはどんぴしゃり当たって又もや病院のベッドの中です。

頭の血を抜いて1か月後の5月8日に手術後の経過を見ることになっていました。
どこも異変を感じることもなく、こんどそ「卒業証書」をもらえると、意気揚々と小倉記念病院に行きアレコレで検査をうけたところ・・・なんと、頭の半分に又もや血が充満していることがわかり、そのまま手術室に連れていかれ「二度あることは三度ある」と、三度目の手術を受ける羽目になりました。トホホト&トホホホ・・・。

今回の手術は、前回血を抜いた穴を利用して血を抜くとのことで、これなら安心と思っていたらとんでも大間違い。
手術が終わり傷口を縫う段階になったところ「イタ!イタイ!!イタイタイタイ!!!」の連発。なにしろ「ばかでかホッチキス」で縫うのですから、仕方ないと言えるかもしれません。

1回目の心臓手術の時は,太股から血管を通じてペースメーカーを入れたので、手術の後に血管の穴をふさいだだけで痛さなし。
2回目の手術の時も、手術が終わったら「ばかでかホッチキス」で傷跡を縫っているのに、痛さなんか感じなかったでしょ。なのに今回はなぜ「イタイタ連発」になったの?

頭の中の血管から血が滲み出しているのが止まっていないということなので、再度身体をチェックすることになり、5月12日9時半から造影剤を入れて頭の中の写真を撮る検査を始めて、アレコレの検査がスタート。終わったのがなんと15時。

しばらくして、検査の結果が出たらしく、先生から説明がありました。
検査の結果、肺の中に血栓が3個あるのが分かったので、血栓をとかす薬を飲みダメだったら手術。それが終わってから頭の中の出血を止める方策を考えますとのお告げ!!!
またまた大ビックリ!!!

心臓に1回、脳に2回立て続けに手術をしているので、もう勘弁してほしいと言いたいところだけど、ほっといたらいずれも死につながる症状だからと言われ、無条件降伏です。

かくして、パソコンを病室に持って来てもらい、病室でこの「夢旅人」の原稿を書いています。トホホホ・・・。
ああ無情・・・。

続 またもやビックリ!!!

前回の「夢旅人」の書いたように、2月上旬に自宅で意識を失くして救急車で小倉記念病院に搬送され、心不全ということで心臓にペースメーターを埋め込まれた結果、心臓の脈が規則正しく打つようになりました。

「めでたし目出度し」となったつもりでしたが、実はその続きがあって「めでたし目出度し」ではなかったんですね。

心臓の手術して4日後には退院したのですが、リハビリとして「歩きなさい」と言われ1ケ月後には3000歩ほど20分強で歩けるようになりました。

老役復帰と喜んだところが、3月末には突如として2,500歩から2,000歩とペースが落ちて足を引きずって歩くようになり、行きつけの病院に行って相談したところ、そのまま心臓の手術をした小倉記念病院に行くように言われてしまいました。

17時頃でしたが、すぐに検査をした結果、頭蓋骨の下にある硬膜(脳と脊髄を覆う膜の一つ)と脳の間にじわじわと血液がたまって血腫ができていると説明がありました。

私 お金を貯めるのはまるっきり下手なのに、どうして頭に血が溜まるの? の内心不満タラタラ。納得できません。

でも、うちのかみさん、検査して写し出された頭の画像を見て「頭の中は真っクロ」で、脳など見えなかったとのこと・・・ウーン、お医者さんの言うことは従いましょうね。

どうも、2月に自宅で意識を失くしてうつ伏せに倒れた時、頭を強く打ったのが原因みたいです。

18時頃でしたが、すぐ頭に溜まっている血を抜きますというこてとで、手術することになりました。
バリカンで頭の両側のなけなしの髪の毛を刈られたあげく、血を抜くための穴をエイヤとばかり2か所も見境のなく開けられたんです。ホント、乱暴なことをするもんです。

頭蓋骨に穴を開けるのは、ほんの一瞬だったんでしょうが、痛かった&痛かったこと・・・。飛び上がるほどの痛さで、頭蓋骨には麻酔が効いていなかったみたい。

頭の中の血を吸い出してから、その中を洗ったとのことで、2時間30分ほどかかったみたいですが、頭に穴を開けられた以後は麻酔がきいてスヤスヤ。病室が空いていないとのことで、処置室に運ばれて目が覚めました。

その後、検査したら頭の中の血は消えたらしく、1週間後に抜糸して翌日は目出度く退院しました。

頭に2か所の穴を開けた箇所は、でかいホッチキスで何か所も閉じてあったらしく、ホッチキスをとる時は痛いに違いないとうちのかみさんから言われてドッキリ!!!

書類を閉じてあるホッチキスを外すとき、いつも苦労していましたので覚悟していましたが、痛さを買じるまもなくホンの一瞬で外されて今度はビックリ!!!

このまましていたら、頭痛、物忘れ、認知症によく似た症状(意欲の低下、性格の変化、反応の低下など)、歩きにくさ、片方の手足に力が入らないなどさまざまな症状をきたすそうですが、それらの症状が出る前に気が付いて良かったですねと言われ・・・頭に穴をあけるなんて乱暴なと思っていましたが、医学ってすごいですね。ホント、感謝しなければなりません。

命にかかわる心臓と頭の手術をしたので長生きすると思いたいけど、我が一族が亡くなるのは脳関係が多く、父は脳溢血、母は脳梗塞でなくなりましたので、私も三度目の正直で、今度こそ本命の脳溢血か脳梗塞になるかもしれません。

私、88歳。米寿となりました。この夢旅人とのお付き合いも時間切れが迫っているみたいですが、もうしばらくご辛抱のうえ、お読みいただけたら幸せです。

またもやビックリ!!!

1月29日に意識がないまま突然ブッツ倒れて救急車で小倉記念病院に運ばれ、もうろうとしたままに2月3日に心臓手術。脈が一時的に止まるという「洞不全症候群」という病気でした。

ブッツ倒れる前も別に身体に異常を感じなかったし、意識が回復してからも痛くも痒くも感じないものだから、心臓手術をしたなんて意識に欠けたまま、手術をした4日後の2月7日にめでたく退院しました。

完全復活と喜んだものの一難去ってまた一難。なんと3月末ころから、身体に異常は感じないものの散歩と称してリハビリで歩くペースが徐々に落ちてしまいました。それで、4月3日に散歩のついでに町内のお馴染の医者によって「かくかくしかじか」と話したところ、経緯を知っている先生がさっそく小倉記念病院に電話で相談、なんとそのまま小倉記念病院に来てくれとなりました。

17時頃でしたが、先生が待ち構えていてたちまち診察、検査を受けた結果「頭に血が溜まっている」と宣言されたあげく「今から血を抜きます」と、そのまま手術台へ・・・。

病名は「両側慢性硬膜下血腫」。頭の中の血はうまく消えたらしく、4月10日には抜糸して翌日の11日に退院することが出来ました。
今日は14日。退院して3日目です。病院からは「当分は自宅で療養」と言われているから、今日はこれにて時間切れ。ベッドにはいることにします。

前回の平気の平左だった「洞不全症候群」の時と違って「イタイいたい痛い」思いをした「両側慢性硬膜下血腫」については、5月1日の「夢旅人」でご報告します。

ラジオのようなテレビ

「テレビのようでテレビでない」けど「ラジオのようでラジオでない」という謳い文句で「中島みゆきオールタイム・リクエスト」がNHKテレビで3月21日の放映されました。

中島みゆきが視聴者からの楽曲のリクエストと曲にまつまるエピソードを読み上げるというDJスタイル。「ラジオのようなテレビ」番組です。

むろん、彼女がしゃべている姿は画面は出ずに、画面に出るのはメガネをかけてしゃべている彼女のスナップ写真だけ。
それが何十枚も映し出されてきて、どれもがすっごくキュートでチャーミングで愛らしく素敵&素敵がいっぱい。

いつも彼女がテレビに出ている時は歌っている動画でしょ。それが彼女のお茶目な笑顔の静止画面が何十枚も映し出されてとってもすっごく大満足!!! もちろん、永久保存版で録画しました。
こんなユニークな企画を立ち上げたプロジューサーに大感謝です。

むかし昔のそのまた昔、わが家の風呂の浴槽の壁に温度など調整するリモコンが取り付けられていて、それからラジオが流れる仕組みになっていたんです。
いつも私はリモコンから流れるラジオを聞きながら風呂にのんびり入っていたのですが、たまたまスットンキョウな声でDJをしている番組が流れたんですね。そのDJがとっても面白く最後まで聞いていたら、番組の最後に「DJは中島みゆき」と聞いて大ビックリ!!!

私の長男が高校生の頃、机の前の壁に中島みゆきが横すわりした大きなポスターを貼られてあり、その時に歌っていた曲が「時代」。顔も素敵、曲も素敵というわけですっかりファンになりましたが、彼女のスットンキョウなDJを聞いて、私の大好きな歌手のNO1に昇格しました。

この番組で紹介された曲は7曲。「地上の星」をはじめ「時代」や「糸」に「麦の歌」など有名な曲ばかりでしたが、以前に紅白歌合戦で歌った「地上の星」で歌詞を間違えたことを白状したのでびっくりしました。

黒部ダムからの中継でしたが、歌詞が字幕で流れていたので、間違えたというのが瞬時に分かったけど、その瞬間に字幕が消されてしまいました。このNHKの早業に彼女は大感謝。ほとんどの人が気が付かなかったと思うけれど、ずっこけたことをわざわざ白状するなんて、中島みゆきって凄いデス。

今から37年前、750席しかない渋谷の東急シアターコクーンで彼女の「夜会」が23日連続で開催されたコンサートに行ったことがあります。
その時のコンサートのプログラムの裏表紙にミニ封筒が貼り付けられていて、それに「二隻の舟」の歌詞カードが入れてありました。
それ以来、私が一番好きな歌は「二隻の舟」となりましたが、この番組では取り上げられれず残念でした。

わたしたちは2隻の舟 ひとつずつの そしてひとつの
わたしたちは2隻の舟 ひとつずつの そしてひとつの
わたしたちは2隻の舟

私、「二隻の舟」をリクエストすればよかったのですが、時、すでに遅しという訳で今更ながら悔やんでも仕方ありません。齢をとると悔やまれるこばかりです。トホホホ・・・。

 

ドンパチは映画だけで・・・

心臓にヘルスメーターを入れたので、元気いっぱいとまでは言えないが、一日3000歩を目標に歩く練習を開始。2団体の「歩こう会」に入っているので、3000歩なんて「ヘッチャラ」のつもりが、なんと「フウフウ」
杖を突きながら歩いている始末である。今更ながら「ウーン トシ&壊れかけた心臓!!!」という哀れな心境。

昨年見た映画はたったの11本。毎年20本ちかく映画をみているので、何たる不作!!!
洋画は5本。「ビーキーバー」・「プロフェッショナル」・「アマチュア」・「ミッション インポシブル」・「バレリーナー~John Wick」
邦画は6本。「中島みゆき歌会VOL.1」・「国宝」は2回・「鬼滅の刃 無限城編 第1章」・吉永小百合の「てっぺんの向こうにあなたがいる」・「秒速3cm」・それと2014年に制作された「野火」。

私の趣味の一つは洋画鑑賞。愛した恋したという他人のイチャイチャをわざわ映画で見る気はないし、シミジミ人生を感じるという映画は、シミジミ人生を生きているのだから映画にでまで見ることはないし、ホラー映画はホラ映画だからアホらしいし、青春をうたった映画は老春を生きている私とは無関係である。

そこで、好きな映画といえは弾丸飛び交うドンパチ映画である。これらの映画の見せ所はドンパチシーン。敵はバッタバッタと倒れるが、わがヒーローには絶対に弾丸は当たらないというご都合主義となっていて、心配なく見ることが出来る。
「スカッと爽やかドンパチ映画 万歳!!!」である、

平和をうたうわがニッポン国に、ドンパチなど生まれる素地がないからドンパチ映画は制作されることがない。それで、見るのは吉永小百合さんと中島みゆきさんと出る映画に世間の話題になった映画だけである。
ただ「野火」は別事情。わが街のミニシアター「昭和館」で「戦後80年特集上演」のイベントがあり、「野火」の上映に続いて、この映画の監督をした塚本晋也とわが街在住の画家 黒田清征太郎の「次世代に語り継ぐ戦争と平和」についての対談があったので見に行った次第である。

「野火」は、先の戦争の悲惨な戦場を描いた映画である。誰でも「戦争はしてはならない」ということが分かっているはずなのに、いつも地球のどこかで戦争とは言えないまでも戦いが繰り広げられているし、大国のプーチン大統領やトランプ大統領さえ戦争を引き起こしているのを考えると、人間ってなんと不条理な存在なんだと思ってしまう。

・・・なんて偉そうなことを言っても、平和をうたうわがニッポン国も、昔むかしは各地に藩があって互いに攻め入りって領土の拡大を図るのを目的にしていたことを考えると、ヒト科の生物には「戦い取る」というDNAが植え付けられているのかもしれぬ。

だから、プーチン大統領やトランプ大統領がいなくなっても、地球という惑星からは戦いがなくなるということはないのであろう。
ドンパチは、映画の世界だけ・・・にならないのかなァ。