心臓と脳の手術をした小倉記念病院で、脳に出血していないか検査を受けたら異常なし。心臓に異常がないか、肺にあった血症3個がなくなっていないか検査を受けましたが、すべて異常なしとなりました。
6種類のんでいた薬から解放されたものの、脳の出血は完全に止まったかどうかの検査を念のために9月に、心臓に埋め込んだヘルスメーターが完全に作動しているかの検査を来年の3月に検査するということになりました。
でも、もう完治したのも同然ですので、私、ざまあ見やがれと、ハレバレ気分。
今迄20分で毎日3,000歩いていたのですが、術後は30分で3,000歩となり歩く速さがダウンしましたので、某団体の「歩こう会」は、迷惑をかけるからと退会、3度の手術で体力がダウンしていますので「フィットネスルーム」のアスレチックも中止することにしました。
だけど、従前から参加していた「80歳以上の歩こう会」と「80歳以上の合唱団」に「パソコンサロン」、それから「フィットネスルーム」の代わりに病院から勧められた「リハビリセンター」に行くようにしました。
ほぼ以前の生活に戻ることが出来ましたが、無理をしないようにノホホンペースで、お迎えが来るまで生きていくつもりです。
私の誕生日は1938年7月30日。今年88歳の「米寿」になりました。
5月のゴールデンウイークに、仕事で忙しくしている息子夫婦に孫を呼び総勢10名集まって「米寿」の祝いの先取りをしました。88歳に届いていないのに「米寿」の祝いをするなんて怪しからんと、神様から叱られそうですが、なんとか無事に誕生日を迎えることが出来ました。
衰えた心臓と脳を抱えていますので、出来れば93歳の「死にどき」まで生をつないでいけたらと思っていますが、「88歳まで生きていて、そんな贅沢なことを言うな!」と叱られそうなので、取り消すことにしましょう。
ところで、今日は終戦記念日。広島の平和記念公園で8月6日に「平和を祈る」式典が開かれました。そこで小学校6年生の柿崎由宇」さんと河野和希さんが「平和の誓い」を読み上げました。
これは、子供たちの「平和の誓い」ですが、私たち大人にとっても、忘れてはならない「誓い」にほかなりません。こどもたちから「忘れてはいませんか」と言われているような気がします。
平和の誓い(抜粋)
私たちには、被爆体験を直接聴くことができる最後の世代として、
当時の記憶を事実として受け止める使命があります。
目をそらさず,知ろうとすること。
悲しい現実でも向き合うこと。
そこには、「生きたかった人々」、「生き続けた人々」の思いがあります。
私たちには、広島のこどもとして、行動する責任があります。
相手の気持ちを想像し、意見の違いがあっても認め、受け止めること。
平和への思いを自分なりの方法で表現すること。
一人一人の小さな行動が、平和への後押しとなります。
平和とは、誰からかあたえられるものではなく、世界中の人々で創り上げるものです。
こどもである私たちも、その一員として平和への一歩を踏み出します。
かけがいのない「大切なもの」を、確かな希望を、未来へ届けるために。