東京 この感動の街より

 私、1938年生まれ。寅年で獅子座で名前も『荘八』といかめしいけれど、ホントのところは『借りてきたネコ』みたいなものである。 
 そんな私が、華の単身生活を送ってきた花の東京から、幸か不幸か1990年には九州に戻ってきたものの、1992年には又もや幸か不幸か、大阪に転勤することになってしまった。
 それを聞いてうちのかみさん
「それは大変。困ったわ」と言うものの、顔見りゃニコニコしている。どう見たってあれは
『亭主、元気で留守がいい』という風情である。
 それに、ただ一人家に残っている三男が
「おふくろが親父と一緒に行ったら、僕のメシはどうなる?」などと、のたまうものだから、うちのかみさん
「大丈夫。私、大阪には行かないから」と、これ幸いとばかり親子でエールを交換している。
 そりゃ、いくら私が『借りてきたネコ』と言っても、うちのかみさんには、ここは矢張りハムレットの如く
「愛する夫に付いて行くべきか、我が子の面倒を見るべきか、これは問題である」とシンコクに悩んでもらわなければならぬ。
 それが「大丈夫。私、大阪には行かないから。アッケラカン」では、私の立つ瀬がないというものではないか。
 かくして、私は大いに発奮し、こうなりゃ大阪で
『すこぶる付きの美人とアアしてコウしてアアなってやろうじゃないか』と、儚く消えた東京での夢を果たそうと決心したが、とかくこの世はままならぬ。友人から
「お前な、よくカガミ見ろよ。短足短軀でド近眼。髪の毛ウッスラたそがれ模様。東京では夢を果たせなかったんだろう。お前、現実を直視したほうがいい」と、又もや言われてしまった。
 どうも、私の友人はまことに友達甲斐のない奴ばかりである。人の欠点をエンエンと並び立てて平然としている。
 しかし、そう言われれば、私にも胸にズキンとくることがある。ある時、クラブで
『店が終わってマンションまで送って貰うベスト3』を、ホステスさんたちが選んだことがあった。すると、驚くなかれ、ベストⅠはかく言う私。
 その発表を聞くやいなや、私の恋ピューターはたちまち作動し
『彼女を送ってマンションに着くと、”ソーハチさん、ちょっと上がって1杯如何”となり、かくして目出度くアアしてコウしてアアなる』という結果が打ち出されてきた次第である。
「スゲー。こんなにモテルなんて・・・」とたちまち世の中バラ色ピンク色にピッカピッカ変わったまでは良かったが
「だって、ソーハチさんだったら、マンションのドアの中まで入ってこないと思うの。絶対、送りオオカミにならないから大丈夫」だって・・・。
 どうも、私は下心いっぱいなのに、人畜無害ということになっているらしい。
 だから、すこぶる付きの美人とアアしてコウしてアアなるのは、かなりの困難が予測される訳であるが、人間、苦難を乗り越えてこそ、明るい明日が開けるのである。ここでくじけては男がクサる。頑張らなくちゃあ。
 かくして、期待に胸をピンク色に染めながら、私の2度目の単身生活がスタートした次第である。
 ところが、である。なんと、大阪滞在期間は1年ぽっきり。何故か、転勤づいた私は、幸か不幸か、又もや花の東京に転勤することとなった。1993年の秋のことである。
 大阪では難波で雨に濡れたネオンを見て
「ウン、そうか、大阪はブルースの街だ」と、上田正樹の『ブルースを浴びて暮らしたい』というCDなど悦に入ってを聴いては
「大阪って最高!!!」と感動に浸っていたのである。ところが、東京に来た途端、六本木のライブハウス『PIT INN』に行くやいなや
「東京はジャズが似合う」などとうそぶき
「東京が一番!!!」と言って感動しているのだから、我ながら、自分の節操のなさに呆れてしまう。
 しかし、東京はこう言っちゃなんだが、私のダーイスキな街である。なにしろ、感動の絶え間がない。第一、同級生が大勢いる。それだけでも感動するのに、同級生の元美人、ン? 訂正、現美人が大勢いる。感動に次ぐかんどうである。それにかてて加えてもうひとつ感動すべきことがる。というのは、私の指折り数えてウン番目とウーン番目の初恋の君が二人もいるのである。この事はうちのかみさんには内緒になっているけれど、
「そんな人と、”アアしてコウしてアアなってまずはメデタシめでたし”なんてことは、絶対起こり得ないと言う話は、信じられないことはないと言うウソのような本当の話だ」と、政治家の如く理論整然と否定することにしているから大丈夫であろう。
 ところで、東京に来た途端、さっそく同級生の高田から室内楽のコンサートに行かないかと誘いがあった。彼は銀行マンである。私の知人の銀行マンは『本業は仕事、趣味も仕事』というのが多いが、彼は『本業は仕事、趣味は遊び』と割り切り、日本フィルのミニコンサートの世話をしたりして、公私共に活躍して人生を楽しんでいる男である。
 しかし、私は彼と違って『趣味は仕事』である。そう言うと、私を仕事人間と思ってくれるので、それ以上は言わないことにしているが、ここだけの内緒の話だけれど、『本業は遊び、趣味は仕事』でいきたいと思っているのである。遊ぶ合間に仕事をするというのが、私のあるべき姿である。彼とはエライ違いである。
 コンサートは、東京都の桧原村にあるフジの森のロッジでやるという。そこのロッジは、フジフィルムが創立50周年記念事業として、高田の勤める銀行に信託した資金を運用し建設されたもので、彼がフジフィルムと桧原村の橋渡しをしたそうである。
 だから、フジの森に行くと高田は生みの親だから「高田さん、高田さん」と大いにモテる。そこで、私が最初に東京に赴任して来た時、彼にあやかろうと、さっそく桧原村に付いて行ったのは言うまでもない。そして、そこでバーベキューパーティをやり、その時
「私、高田の友人で目下独身」と強調して挨拶したものの、女性は誰も見向きもしない。どうやら、桧原村の女性は人はいいものの、男を見る目がないのかもしれぬ。
 フジの森のロッジは、地元の木材を利用して作られた珍しいデカイ木造2階建て。森の中に建つ格好イイ建物で、1階にコンサートが出来る位の吹き抜けの広いロビーがある。
「ムードのある建物でムードのある室内楽を!」と言われればミイハアも以って任じる私が行かない訳がない。すぐ「行く、行く」と答えたのは当然であろう。
 それで、さっそくあの指折り数えてウン番目の方の初恋の君を誘うことにした。これは、彼女をコンサートをエサにして誘い、サントリーのコマーシャルにあったように
『恋は遠い日の花火ではない。油紙のように単純には燃えないけれど、私の心の中に恋心がある』なんてコロシ文句を言おうなんて下心はコレッポチもない。ホントである。これは、あくまでも、高田のチケットの売り上げに少しでも貢献しようという純粋な友情の発露である。
 ところで、ここでお断りしておくが、指折り数えてウン番目の初恋の君というと、私が初恋のハシゴをしたようで、すごく浮気っぽく思われるかも知れないが、それは大いなる誤解である。と、言うのは私が幼少の頃『初恋あこがれ症候群』に罹り、それが持病となって、私の初恋は両手両指の数をかぞえても足らず、両足の指まで総動員することになってしまったのである。
 だから、初恋になりかけては消え、初恋になりかけては消えの連続で、私の初恋というのは、ホント言えば『初恋になり得なかった君』ということになる訳である。しかし、字数を減らせという編集長の厳命があるので、ここは省略して『初恋になり得なかった君』を『初恋の君』にしているだけである。決して、初恋の君をポイポイと振って振って振りまくった訳ではない。
 ところで、当日のコンサートは18時から始まる。しかし、高田は準備があるため朝から、彼女は紅葉の森を散歩したいから15時頃迄に行くと言う。なにしろ、桧原村は東京のチベットと言われる位で、JR武蔵野五日市駅まで行き、その駅からバスで45分位かかる。これは『東京都』というより『東京ト』と言った方が似合うかも知れぬ。なにしろ、私のマンションのある目黒からJR武蔵野五日市駅まで4回も乗り換えなければならぬ。
 私はヤボ用があって彼女が乗るバスの時間に間に合うかどうか分からなかったが、それでもヤッチラオッチラやっとの思いで着いたものの、バスの時間に遅れること10分。勿論、待ち合わせた訳でないから彼女はいない。
 『初恋になり得なかった君』との紅葉の森の散策はたちまちにして消えうせた。ウーン、なんたるドジ。こういう事だから、いつまでたっても『初恋になり得なかった君』が『初恋の君』とならぬ。大いに反省しなければならぬ。
 次のバスは1時間後という。そこでバス停の前のお店を覗いたら、なんと『五日市名物・大福』がある。それがなにしろデカイ。私という人間は甘く出来ているので食べ物も無論甘い物が大好きときている。1個300円也。舌なめずりをしながらかぶりつくと、それがスゴイ!!! 皮がとびっきり薄くってアンコがぎっしり。
 私は、そのデカさ加減に感動し皮の薄さにかんどうしアンコぎっしりにカンドウしアンコの甘さにKnndouし、まさに感動のつきるところがない。これはもう、感動の4乗である。『東京ト』のチベットなんてバカにしてはいけない。
 ところで、『紅葉の森の散策』の代わりの『五日市名物・大福』で機嫌を直して・・・ウーン、たかが大福位で『紅葉の森の散策』を諦めるから『初恋になり得なかった君』がいつまでたっても『初恋の君』にならないのかもしれない。私は、どうも根性が足りないらしい。ここは、やはりタクシーでも飛ばして彼女に追いつくべきであった。大いに反省しなければならぬ。
 フジの森で高田と彼女に久しぶりに再会した。彼女とは当然のことながら、しっかり抱き合って・・・なんてことはなく
「ハーイ、元気?」で終わりである。これは『初恋になり得なかった君』だから仕方がないと言えよう。
 高田のおかげで先に会場に入り、日本フィルの皆さんに紹介してくれたのはいいが
「こちらは友人の森荘八で、この美人の女性はナントカ子さん。無論森の奥さんではない」と余計な事を言う。黙っていれば私は彼女のダンナさん然として、ニコヤカニ挨拶を取り交わし、チラットの間夫婦になれたのに、ホント残念である。高田はマジメ過ぎるのが玉にキズである。
 日本フィルのメンバーはバイオリンが石井啓一郎・飯島直子、ビオラが高橋智史、チェロが大石修。石井さんは日本フィルのコンサートマスターだけあって、貫禄である。飯島さんはきゃしゃで楚々とした美人で、バイオリンがよく似合う。やはりバイオリンを引く人は、大々としているより楚々としている方が似合う。世が世ならば、指折り数えてウーーーーーーン番目の初恋の君になってもらったところである。
 高橋さんは口髭の似合う若くてハンサムな人。これが、クラッシクのコンサートでなければ「キャー」と声がかかるに違いない。大石さんは、黙っていても音楽家とわかる雰囲気がいっぱい。
 ロッジの正面に鉢植えのシクラメンで囲んである所がステージとなるらしく、隅には、大きなストーブが置かれていて、薪がパチパチと音をたててはじけている。
 なんというおしゃれな設定!!! 
 そこで、リハーサルが始まったが、リハーサルといっても本番そのものである。チケットはたった3000円也なのに1時間以上もリハーサルを聴いて、根がケチっぽい私は”儲けた! 2回分聴いた! ヤッター!”とホクホクしてしまった。
 かくして、コンサートが始まる前からシクラメンで感動し薪がはじける音でかんどうしリハーサルでカンドウし、まさに感動のつきるところがない。これはもう感動の3乗である。
 それから、リハーサルを聴きながら、高田と彼女と三人でロビーの窓から夕暮れの秋色に染まった樹々と空を眺め、恋人が囁くごとくヒソヒソ声でアレヤコレヤと積もる話をした。高田が席をはずしてくれたらもっと楽しいだろう、なんてことはチッラとも考えなかった。ホントである。とは言うものの、高田はマジメ過ぎるのが玉にキズである。
 コンサートを聴きに来ている人は約60人位。皆、てんでバラバラ、木の床の上に座布団を敷き、足を伸ばしたり、あぐらをかいたりしている。
 私も、勿論、横に座っている彼女の肩を抱いて・・・ではなく自分の膝を抱いてノンビリフンワカホノボノと聴いた訳であるが、こんなラクチンな格好でクラッシクをコンサートを聴くのは初めてである。演奏者に悪いような気がするけれど、演奏する方も、真っ赤なシクラメンとピンクのシクラメンに囲まれて気持ちよさそうに演奏しているのだから勘弁してもらう外ない。
 プログラムは、石井さんのユーモアあふれる曲の紹介から始まり、それぞれの独奏と四重奏があったが、何しろ、薪のはじける音をバックに、暖かく柔らかな空気が流れて『ハイドンの無伴奏チェロ組曲』という曲の時は、心、夢の中をさまよい・・・ウン、要するにウッツラウッツラして隣で真剣に聴いていた彼女から起こされる始末である。これだから、『初恋になり得なかった君』が、いつまでたっても『初恋の君』にならないのかもしれない。大いに反省しなければならぬ。
 しかし、弦がこんなに柔らかく響くのを聴いて驚いてしまった。音響効果ゼロのホールなのに不思議な気がする。これは、木造の建物だったので、弦と木が響き合ったということであろう。
 かくして、アットいう間に演奏は終わり『初恋の君』ではないけれど、とにもかくにも『初恋になり得なかった君』と一緒に幸せを共有できたことに感動しノンビリフンワカホノボノ聴けたことにかんどうし心夢の中をさまよったことにカンドウし音の響きにKnndouし、まさに感動のつきることがない。これはもう、感動の4乗である。
 しかし、残念なことには私と彼女との束の間のデートもこれで終りを告げることになってしまった。高田は打ち上げがあるというので泊まることとなり、私と二人で帰ることとなった。『二人で』である。高田はマジメ過ぎるというのが玉にキズである、というのは取り消すこととしよう。
 帰ろうとすると、ステージを飾っていたシクラメンを金1000円也で分けてあげるという。彼女は
「ゼーッタイ、安い」と言う。根がケチっぽい私は、安ければすぐ買うという優れた習性があるので、真っ赤なシクラメンを一鉢買うことにした。彼女も、勿論買ったのは言うまでもないが、私がプレゼントしようと言う間もなく、さっさと自分でお金を払ってしまった。
 こういうことだから『初恋になり得なかった君』がいつまでたっても『初恋の君』にならないのかもしれない。大いに反省しなければならぬ。
 そういう訳で、東京に来てすぐに感動かんどうカンドウKnndouの嵐である。おまけに反省までしなければならぬ。私の東京シングルライフは忙しい限りで尽きることをしらぬ。
 エ? 何? ダイの男が大福の皮の薄さなんかに感動するなって? だって、大福の皮をあの薄さにするって技術は、世界に冠たる技術大国にニッポンだからこそ出来るんだと思うよ。ネ、これって感動モノでしょ・・・。

[1993年12月 記]

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