酒飲み人に憧れて

もう12月。私、単純人間だから、街にきらめくイルミネーションを見たり、クリスマスソングを聴くと、なんだかいいことありそうな気がしてついハッピイ気分になってしまう。

そして忘年会の季節。私、いい加減年寄りなのに、昨年はたしか6回も忘年会に参加してウハウハ・・・だったら良いけれど、とんでもハップン、いまだかってアラエッサーサー的気分になったことがない。飲み会の雰囲気は好きだけれど、酒ダメ男なのである。

私、お酒がどうして美味しいのか全く理解できない。日本酒はムットして腐ったお湯みたいだし、ビールは苦いばかりで煎じ薬みたいだし、ウイスキーは唐辛子入りの水である。

ビールなど「のどごし爽やか」と宣伝しているけれど、手品じゃあるまいし、どうして苦いビールが喉を通ったら爽やかな味に変わるのか、訳が分からない。

「深いコク」とか「キレがいい」とか云うけれど、酒飲み人に「どういう味のこと?」と聞いても「それがそのムナムニャ・・」と言うばかりで判然としない。どうも、ビール会社の宣伝に踊らされて飲んでいるのであろう。

だけど、飲み会で「私、飲めません」など拒絶反応などしたら、空気が「シラー」となるので、ニコニコして飲むことにしている。お酒なら、盃3杯、ビールならコップの底から5センチ、水割りなら1対9(無論ウイスキー1に対し水9)で、ほろ酔い機嫌になり、顔はマッカッカ。女性がすべて美人に見える。ホント、幸せ。

私の顔だけ見れば、一見「たくさん&沢山&いっぱい飲んだ風」に見えるので「そう八さんは、もう出来上がり」となり、無理強いして飲まされることもない。

それ以上飲んだら、バタンキュウと眠たくなってしまう。出来れば酔っ払ったあげく、横の美人に抱き付いたり、ボインボインなどタッチして、翌日

「エ? そんなことした? ウソでしょ、信じられない。」と、シレーとして言いたいところだけれど、誠に遺憾にして残念至極、いまだに実現していない。

むかし昔その昔、私が若くて髪の毛フサフサの頃、大勢の仲間とキャバレーに行った時のことである。大いに盛り上がって6人のホステスさんに「帰る時、送ってもらうのは誰がいい?」と聞いたところ、なんと第1位は「そう八」さん。

「スゲー」と下心付きで喜んだところ「そう八さんは酔っ払ってヘンなことしないでしょ。マンションの入口で帰るから大丈夫」だって・・・。

ネ、馬鹿にしてると思わない? こちとらヘンなことしたいと念じているのに・・・。

そういう訳で「酔っ払い人になりたい症候群」の私だけれど、酔っ払い人はどうも二日酔いという異常事態に遭遇するらしい。アメリカのミステリー作家ニール・バレット・ジュニアの「ピンク・ウオッカ・ブルース」を読むと

(二日酔いの朝、顔を洗ったものの)目を閉じたのがまずかった。僕の頭の中で異常が生じた。平衡感覚が昼メシを食いに出かけてしまい、その空いた席を狙って吐き気が猛烈な勢いで突進してきたのだ。

と、書いてある。でも「二日酔い、なにするものぞ」と、酒飲み人が飲み続けるのは「何故?」と思っていたら、

フランク・ソナトラが言ってました。

アルコールは人間にとって最悪の敵かもしれない。しかし、聖書にはこう書いてある。「汝の敵を愛せと」と。

ウン、納得。

うれしくて・・・フフフ

もう、街は冬の装いをまとって、あっというまにクリスマス。そしてお正月。

時は駆け足で通りぬけ、いいかげん年寄りの私は、人生のエンドマークに向かってラストランをしているようなものだけれど、まあ、7億円宝くじなど夢みるのではなく、小さな幸せを見つけて過ごしていけたら・・・と思うばかりです。

と、いう訳で素敵体験を・・・。エート、小さな幸せでなく大きな幸せをご披露します。

天皇皇后両陛下が、10月27日から30日にかけて「第37回全国豊かな海づくり大会福岡大会」のために、わが街北九州市に27年ぶりにおみえになり3日も泊まられたのである。

10月29日午後3時すぎに友人の病気見舞いに行く途中、ゾロゾロと大勢の人に出会った。病院の近くに我が街が誇るサッカー場「ミクニワールド」があるので、どうもそこに行くみたいである。

わが街にはサッカーチーム「ギラヴァンツ北九州」があるけれど、目下、なんと「J3」。数年前「J2」の頃、「J1」に昇格するチャンスがあったけれど、サッカー場が規定に満たないということでトホホ・・と、泣きの涙になったことがある。

そこで、ファンの声にこたえて我が北九州市が大奮発。「エイヤ!」とばかり、「J1」に対応するサッカー場を作ったものの、途端に昨年「J3」に転落しトトトホとまたもや泣きの涙。

かくして今年こそはと、自称大奮闘をしたけれど、夢むなしく「J2」への昇格ダメとなりまたもやトホホホ・・・と泣きの涙。ホント、もう泣きの涙もチョチョ切れる始末である。

病気見舞いを終えて帰ろうとしたら、依然としてゾロゾロの行列。「ン?」と思って、交通整理をしていたお巡りさんに聞くと、「ミクニワールド」で「天皇皇后陛下提灯奉迎」が行われるという。

「天皇皇后陛下提灯奉迎」があることは、先刻ご承知だったけれど、私、賞味期限の80歳寸前でしょ。それが「今日だったとは・・・」とは、アホまるだし。

私の友人の女性が、両陛下のお泊りになるホテルの玄関の前で皇后陛下の動画を撮ったとのことである。お会いした途端、涙が出てたまらず、帰って動画を見たらまた涙が出てきたとの話である。低い姿勢で会釈しながら歩かれていたそうだけれど、すごいオーラを感じて感動したとの話である。

そういう話を聞いていたので、それじゃ私も、という訳でゾロゾロに加わったものの「ハイ、それまで」と満員御礼。両陛下が来られる道路脇に「お迎えゾーン」を設けたのでそこに行けとのたまう。

決められた場所に行ったら、時すでに遅し。なんと3列目。私の前には帽子をかぶった人が立っている。視界不良。でも、これって、私の不覚のせいだから文句も言えない。

お巡りさんが「5分前にパトカーが通ります。3分前にも通ります。そうしたら、帽子を脱いでください」とのたまう。なんと嬉しいお言葉。3分前のパトカーが通ると、皆さん脱帽、ハゲの人もむろんハゲ丸出しとなる。私の背は高からず高からずだけれど、おかげで視界広まり道路丸見え。

陛下の乗用車が、速度を落としてスーッと通り抜ける。ほんの一瞬の一瞬だけれど、陛下のお顔をしっかり見ることが出来た。カメラを持っていなかったのは残念だけれど、心のアルバムにしっかりとはることができました。なんというシ・ア・ワ・セ!!!

 

 

 

 

 

 

 

素敵! その1

「ハードボイルドに恋をして」の第5弾は「素敵!」です。

素敵なことの出会いが少なくなったと思っているあなた・・・ミステリィ作家のウイットに富んだお洒落な文章を読んだら、ちょっぴり素敵気分になるかもしれません。

幸運

(世界じゅうのあらゆる街のあらゆる本屋の中から、彼女はよりによって私の店にやって来たのだ。・・・私は文明史に関する本をカウンターの中で読んでいた)

彼女は店にーー私の人生にーーはいり込んできたとき、私はそんな本を読んでいた。完璧な春の一日だった。どうして自分から進んでほかの都市に住みたがるやつがいるのか、頭をひねりたくなるような、まるで魔法のようなニューヨークの午後だった。

早川書房「泥棒はボガートを夢見る」ローレンス・ブロック/田口俊樹訳

小さな田舎町で暮らすことの利点は、医者が患者を数字でなく、人間らしく扱ってくれることである。

早川書房「図書館の親子」ジェフ・アポト/佐藤耕士訳

キャム・ノイエスは、グラマシー・パークに面したギリシャ風のタウンハウスに住んでいるのだ。これは、ヤンキーズの先発ピチャーが7回まで投げぬくと同じくらいすばらしいことである。

講談社「フィッツジェラルドを目ざした男」デイヴィッド・ハンドラー/河野万里子訳

そう、世の中は〝もしかしたら〟と〝できたら〟に満ち満ちている。それを頼りに生きているやつらもいる。

文芸春秋「吾輩はカモじゃない」スチュアート・カミンスキー/出口俊樹訳

夢の中は治外法権である。

新潮社「両手いっぱいの言葉ー413のアフォオリズム」寺山修司

人間にはだれにでも夢がある。わたしの夢は、アカデミー賞を受賞して、取るにたらない人びとに対する偽善的な感謝の言葉を述べることだ。実は、私の才能を見抜く頭脳すらない間抜けで、いつもいつもわたしの邪魔ばかりしてくれた人びと。にもかかわらず、私がじっさい乗越えることができた人びとに。

早川書房「犯人にされたくない」パーネル・ホール/田中一江訳

(大学生だったころ)

「あの時代がどういう雰囲気だったかを、ここで説明するつもりはないわ。わたしたちを夢中にさせた主義主張に、あなたはあまり賛成してないから。わたしときどき思うのよ、あんなにーーあんなに生き生きできることはもう2度とないだろうって。・・・やがて夢は崩れはじめた。・・・わたしの理想が一番無残に砕かれたんじゃないかしら。・・・夢を信じたくてたまらないから、ときには目ざめることもできなくなるの」

早川書房「センチメンンタル・シカゴ」サラ・バレッキー/山本やよい訳

俺は、同じように壊れた夢をポケットいっぱいにかかえたリーザという女と結婚したが、それでも自分の夢を追い続け、競馬場に通い続け、いっぱしの賭け事師になろうとするそのたびに、財布を空にし続けている。

文芸春秋「鮫とジュース」ロバート・キャンベル/東江一紀訳

(ポーラのアパートの住民は)

・・・ニューヨークへ来て比較的日が浅く、夢には困らないが金には困っている若い女たちだった。

二見書房「慈悲深い死」ローレンス・ブロック/田口俊樹訳

「夢はけっして死なない。ときには死んだように見えても、じっさいには老いた大熊のように冬眠しているだけだ。夢の冬眠期間が長くなると、目覚めたとき、熊は不機嫌で腹をすかしている」

早川書房「カムバック・ヒーロー」ハーラン・コーベン/中津悠訳

「・・・親父の年来の夢だった。それが現実のものとなったとたん、悪夢に変わろうとしている。これはゆゆしき問題だ。ときとして生は夢とともに潰えることがある」

           早川書房「仮面のディスコテーク」ウォーレン・マーフィー/田村義進訳

(探偵事務所にきた依頼人が)

「わたし、人殺しがしたいんです」

「そりゃ、だれだって」

「冗談じゃないんです。本気でそう思っているんです」

「だれだってそう思っていますよ。当然です。ぼくも長いリストを持っています。女房を筆頭とする」・・・ここまでは、マトモに取りあわなかった。

早川書房「探偵になりたい」パーネル・ホール/田村義信訳

楽 観

(薬の安全性について)

ウェーランドとガロがあと何度かハッピー・エンド保証を行い・・・。

角川書店「暗くなるまで待て」トニー・ケンリック/上田公子訳

わたしは、なにもここがデーズニィランドだなんていっちゃいない。だんだんよくなっているといっただけなんだ。

早川書房「共犯宣言}スティーヴン・グリーンリーフ/佐々田雅子訳

受話器をおきながら、なぜか気分が明るくなり、今後財政的状況も好転するかもしれないという気持ちになってきた。ひょとしたら、わたしはこの国の経済的繁栄回復の先駆けとなるかもしれない。

早川書房「季節の終わり」マイクル・Z・リューイン/石田善彦訳

とはいえ、天候はかなりおやだかだったし、すべての要素を考えてカービーは、下降線上にあった彼の世界を、キンタマをつかんで引き戻した気になってきた。

早川書房「俺には向かない職業」ロス・H・スペンサー/上田公子訳

それでも我々は自分のことは都合よく思いたがるものだ。ポーラ・ウィットロウアーの歳では、これから何事もよくなっていくものだと思い、私の歳では、もうこれ以上ひどいことにはならないだろうと思う。

早川書房「おかしなことを聞くね」ローレンス・ブロック/田口俊樹訳

期 待

天使のジョーが送ってくれた百ドルの大部分をポケットに、そして心に希望を、頭に窃盗罪を描きつつ、ポーカー御開場の場へと向かった。

早川書房「素晴らしき犯罪」クレイグ・ライス/小泉喜美子訳

好意というものは、見返りがあって、初めて好意なのだ。世の中は持ちつ、持たれつ。誰もがやっていることだ。

早川書房「暗闇にひと突き」ローレンス・ブロック/田口俊樹訳

だしぬけに彼女は笑った。我知らず口をついて出た笑いだった。それを聞いたわたしは昔を思い出した。思いがけない、時として場違いな、あっという間に世界を変えてしまうその笑いを待ち望んでいた日々を。

東京創元社「夜の海辺の町で」E・C・ウォード/小林祥子訳

(エミリーは怒っていたものの)

もちろん彼女はいつものとおり嬉しそうな顔を向けてきた。そしてぼくもいつものとおり、ぼくら二人の仲はもしかしたらと思い、それからこれまたいつものとおり、その考えを振り払った。

早川書房「破産寸前の男」ピーター・パーセルミ/斎藤数衛訳

「ボーナスに豪華な夕食と素敵な夜、というのならいいわよ。でも、虹の彼方に金の壺が埋まっているのなら、わたしも分け前がほしいわ」

早川書房「泥棒は抽象画を描く」ローレンス・ブロック/田口俊樹訳

「またもや敗北すれすれから勝利を奪い取ってやるぞ」

「というより、敗北よれよれって感じですわ」

早川書房「嘘じゃないんだ!」ドナルド・E・ウェストレイク/木村仁良訳

(レイが賭けた馬・ベニーボーイは)

レイの希望と夢と安楽な生活への願いを乗せ、ついでに、拝んだり借りたり盗んだりしてかき集めた5セント玉、10セント玉、25セント玉のありったけを背負って、バック・ストレッチにへ入った。

文芸春秋「鮫とジュース」ロバート・キャンベル/東江一紀訳

わたしは昔気質の女なのよ。相手から敬意を払われないのはいやなの。古いペンシルヴェニア駅に対するような敬意を私は払われたい。わたしだって人間なんだから。壊れやすい繊細な人生を生きてるんだから。

早川書房「神なき街の聖歌」トマス・アドコック/田口俊樹訳

ジャックは、右側に顔を向けた。そこにミセス・フリッポが、クリスマスのプレゼントのようにきれいに包装されて立っているはずだというように。

早川書房「お熱い脅迫状」H・フレッド・ワイザー/仙波有理訳

たくさんの車が、私がまだ行ったことのない土地をめざしてフリーウエイを走っている。たぶん、未来のある人間、過去をふりかえらずに生きていける人間だ。

早川書房「友よ、戦いの果てに」ジェイムス・クライムリー/小鷹信光訳

期待することにかけては、私は人後に落ちない。

早川書房「パームビーチ探偵物語」ローレンス・サンダース/真崎嘉博訳

コーヒーを飲めば頭が働くはずだ。本当はビールを飲んで頭の働きを止め、そのうちなんとなくうまくいくだろうという呑気な気分にひたりたかった。

東京創元社「ピアノ・ソナタ」J・J・ローザン/直良和美訳

シッチャカ・メッチャカ

わがニッポン国の誇るソーリ大臣が、突然「解散」を宣言したものだから、ニッポン国は「上よ下よ」と大騒ぎ。

でも、シモジモがいくら騒いでも「これって、私の勝手でしょ」と、シレーと言わて、ハイ、おしまい。

なんたって一番トクをしたのは8月の内閣改造で大臣になったけれど、たちまちクビになった「仕事師内閣」のオエライさんたち。「仕事しないかく」と言われても、選挙ポスターには「元なんとか大臣」と書くのでしょうね。

次の総選挙の頃には、そのポスターを見た人は「大臣になるなんて、なんと凄い。エライんだ!!!」と、尊敬するに違いありません。

だけど、野党のオエライさんたちは、小池ナニガシさんが新党を立ち上げた途端、主義主張はどこえやら、なだれを打つように合流してしまった。なんと節操のない・・などと、嘆いてはいけません。なんたってエライ人は君子なんですから「君子は豹変する」のが当たり前なんです。

かくして、野党はガラガラポン化してしまい、それにつれ票も分散化。ニッコリしているのは、わがニッポン国の誇るソーリ大臣。今までの反省はどこえやら、過去は過去、過去にとらわれては何もできませんと、我が道を突進するに違いありません。

・・・てなことになるのが、分からないんでしょうね。野党のオエライさんたち。

「まずは当選、当選。後は野となれ山となれ・・・」てことはないのでしょうね。

そこで、アメリカのジョークをどうぞ・・・。

国会の記録係の日記から。

  • 1年目「・・・みんないい人だ」
  • 2年目「・・・一部はいい人だ」
  • 3年目「・・・一部の人は腐っている」
  • 4年目「・・・ほとんどの人は腐っている」
  • 5年目「・・・みんな腐っている。これからは安心して分け前にありつける」

ホント、こんなことにならないように、我と思う人を見つけて投票しましょう。

エッ? 何? 「そんな人はいないって・・・」

「ウーン、ベストはいなくても、まあベターな人を・・・」

無料でオペラを・・・

「ただでオペラだなんて、ウソでしょ」と、言うかもしれないけれど、本当である。
だいたい、オペラというものは、舞台や衣装は豪華絢爛に出来ているうえに、登場人物がうじゃうじゃといっぱい出てくるでしょ。それにオーケストラも加わっているので、オペラのチケットはべラボーに高くなってウン万円。外国産だとウン10万円。
私、すっかりビンボーではないけれど、ほどほどにビンボーだから、TVでオペラを見ることはあっても本物のオペラなど見に行ったことがない。
ところが、である。アルモニーサンク北九州ソレイユホール主催で、学生向けに新たに制作されたプチーニのオペラ「ラ・ボエーム」が、北九州市内の7中学校の生徒を招き上演されたのである。
そして、その公演のおこぼれだけれど、公演前日のリハーサルを「公開リハーサル」としてタダで見せてくれることになったのである。
私、無料ということになると、見境もなくすぐ飛びつくという優れた性格を持っているので、見に行ったのは当然であろう。
無論、リハーサルだから衣装やメークなしだけれど、舞台装置も九州交響楽団の演奏も本番そのまま。私、いいかげん年寄りでしょ、だからキャストの顔や衣装はもともとロクに見えやァしないから本番を見ているみたいだし、それに日本語での上演でおまけにステージの両袖に字幕も流れて、すこぶる私向き。
九州交響楽団の指揮は園田隆一郎、演出は伊香修吾、翻訳は宮本益光。場面にそって流れるプチーニの音楽とこれを紡ぐように歌われる歌詞は、まったく違和感がなくて、シミジミとウットリ・・・。
「ラ・ボエーム」は、お針子のミミを巡る4人の芸術家の卵の物語。ミミを演じたのは北原瑠美。子供たちも大勢登場したけれど、これはわが街が誇る「北九州市少年少女合唱団」の子供たち。私、子供たちの親じゃないけれど、オペラに出るなんてと、鼻高々。きっと、子供たちにとっても、一生忘れることのできない出演になったことでしょう。
そしてミミの声のきれいなこと・・・。最後にミミは肺病で亡くなるのだけれど、とっても分かりやすいラブストーリで、これまた私向き。
北九州ソレイユホールの2000席を埋めた中学生の生徒たちは、多分初めて見るオペラだったろうけれど、ストレートに心に刻み込まれたに違いありません。
このオペラは、日生劇場が「ニッセイ名作劇場」として、オペラやクラッシクコンサート、バレーなど全国で中高生を無料で毎年招待しているシリーズの一環で、北九州市でも公演されたというこである。
こんな企画をする日生劇場と協賛の日本生命って凄いなと思ったけれど、このリハーサルを無料で公開しようと持ち掛けたソレイユホールの館長椿照子さんも凄い。どうも日生劇場は、今迄リハーサルを公開したことはなかったらしい。
おかげでホドホドのビンボー人にとって、贅沢な時を過ごすことが出来ました。どうも有難うございます。