我がニッポン国は不思議なことがいっぱい!!! かくして私は???

1 東北大震災で、被災地の痛みを共有しようということになっているけれど、瓦礫の放射能の数値が基準値以下のなのに、受け入れを拒否する所があるのは何故?

2 沖縄は、我がニッポン国の犠牲になってアメリカの基地を一手に引き受け、誰もが「沖縄の人はお気の毒」と云うけれど、「私の所でその1部を引き受けましょう」という所がないのは何故?
 我がニッポン国政府は、アメリカがOKしないと弱気発言をするだろうけれど、基地が沖縄以外の所にあっても、いざことある時に基地を発進する時間の遅れはせいぜい1時間。アメリカを喜ばせるより、我がニッポン国民が喜ぶように努力しないのは何故?
 ニッポン国は、戦後アメリカ国の養子となり「いい子いい子」と頭をなで撫でされながら元気になったきたけれど、もうここらで親離れしたっていいんじゅあないかなぁ。

3 我がニッポン国にとって消費税は一大問題なのに、野党はああでもないけどこうでもないと本末転倒のことにこだわって、土俵に乗らないのは何故?
 企業では、プランが出されたら、みんなで侃々諤々して検討し、良い案に仕上げていくのだけれど、切磋琢磨して討論しないのは何故?

4 民社党の小沢ナニガシ氏は「マニュアルを実行してから消費税を上げよう」と云っているから、小沢ナニガシ氏に「マニュアル実行本部」の本部長にでもなってもらって、マニュアルを実行させたらどう?
 もし、出来たら万々歳で消費税アップを実行したらいいし、出来なかったら小沢ナニガシ氏は「口先男」になりさがり、政界からポイしたらいいのに、小沢ナニガシ氏にやらせないのは何故?
 ひよっとして、小沢ナニガシ氏がマニュアルを実現させたら、自分たちの立場がなくなると心配しているのじゃないの?

5 小沢ナニガシ氏の起訴問題で「疑わしきは罰せず」が裁判の原則になっているらしいけれど、弁護士出身なのに検察官役になった途端「疑わしきは罰しろ」と、変身したのは何故?

6 我がニッポン国は、貿易立国だから、自由化は避けては通れない道と思うけれど「農業は自由化されたら壊滅する」という意見が出されて、議論が前に進んでいないようである。
 だけど、賢いニッポン人のことだから、自由化されても農業がやっていける方策を必ず見つけ出すと思うけれど、これの検討がなされないのは何故?

7 原発問題で、立地している市町村は、リスクはあるけれど原発が止まれば、行政も住む人もにっちもさっちもいかなくなるから賛成せざるを得ないと思うけれど、周辺の市町村は反対となっている。
 だけど、ニッポン国民は、電気を使い放題使ってきてその恩恵を受けているのだから、原発のある町に「私たちも原発なしで過ごせるように努力するし、あなたの町も原発なしでやっていけるように、みんなでカバーしあって援助するから反対して」と、ただ反対というだけでなく手を差し伸べないのは何故?

 どうも、我がニッポン国は我儘が蔓延しているみたいである。

 ゴールデンウイーク!!! 
 「バンザイ ばんざい 万歳」と、胸弾ませたのは、遥かなる昔。
 ゴールデンウイークは、毎日が日曜日の私にとっては、お呼びでない。
 だけど、TVのニュースで、空港や新幹線・高速道路の混雑ぶりが報じられると、「高・混・疲」という三悪にもメゲずに、家庭サービスに励むお父さんたちをみると、何やら肩身の狭い気がして、どこかに行かなきゃ悪いような気がする。
 ところが、朝日新聞のb頁の「ゴールデンウイーク、出かける予定ありますか」というアンケートの結果を見てびっくり。
 それによると、なんと出かける予定がある人はわずか27%、予定のない人は43%、決まっていない人が30%。
 ナーンだ。TVのニュースなんて誇大報道。空港や新幹線・高速道路を使って旅行する人はほんのチョッピリのチョッピリで、出かける人のTOPは、日帰りレジャー、映画や美術館にコンサートである。
 それなら、私も3日には北九州小倉少年少女合唱団創立35周年記念の定期演奏会に行かなきゃならないし、北九州市美術館で開催されている「日展」や映画「BLACK&WHITE」も見に行くことにしている。エッヘン、肩身を広く持つことにしよう。
 と、威張ってみたものの、これってたまたま、仕事が一段落したので今週は一休み、ゴールデンウイ-クだから行くという訳ではないのである。、
 ゴールデンウイ-クって、みんなで一度に休めるから素敵な制度みたいに思えるけれど、みんなで休むから「高・混・疲」をもたらすばかりでなく、お金や暇がなくて、行きたくても行けない人に肩身に狭い思いをさせるだけである。
 アンケートにも「ゴールデンウイ-クは必要?」という質問に対し、必要だと答えた人は38%、どちらとも云えないが25%、分散して休めるなら25%、不要が12%だそうである。
 アンケートに見るように、これからは「みんなで一生懸命に働き、みんなで一生懸命に休む」時代に代わって、「自由に休める」ような時代に移っていくに違いない。
 それって家庭サービスはしなっくていいの? 大賛成!!!って・・・。
 ウーン、そういうことではないと思うんだがなア。

 桜も爛漫。素敵にイイ気分。
 私、夏は暑いからキライ。冬は寒いからキライ。好きなのは春と秋。
 春と秋と比べると、秋は枯葉散る失恋の秋だから、惚れぽっくて振られっぽい私とっては、どちらかと言えば春の方が好き。
 女性がコートを脱ぎ、セーターのふくらみを見せつけて、颯爽と歩きはじめるから春の方が好き・・・という訳ではない。本当である。
 春風駘蕩、心弾み何かじっとしてはいられないような気分。街に出なきゃソンソンという気がする。そんな華やか気分にさせてくれるから春が好き。
 でも、イイ加減年寄りになった今では、豪華絢爛に咲き誇る桜の樹の下で、花より団子とばかり呑めや食えやの大宴会をやるより、ハラハラと桜散る樹の下で、特に名を秘すあの人と・・・エーット、うちのかみさんと・・・お茶を飲みながら、みたらし団子など食べた方がいいと思うようになってしまった。
 そう、西行法師の句にあるように、

    春風の花を散らすとみる夢は さめても胸のさわぐなり 
 
 その散る姿がとりわけ美しいと感じてしまう。

 そして、イイ加減に年寄りを卒業したら、同じ西行法師の
   
   願わくは 花のもとにて 春死なむ その如月の望月の頃

という句にあるように、桜咲く4月にあちらの世界に旅立つのが夢だけれど、とかくこの世はままならぬ。
 どうも私は、赤ちゃん返りをしてオムツをはめ、桜の花はそっちのけでスプーンで食べさせてくれる美人のヘルパーさんをシミジミ見つめているに違いない。
 ウーン、現実は厳しい。今からは、美人をシミジミ見る癖を直していった方がいいのかもしれぬ。
 そうしたら、良寛の辞世の句と言われてる
 
       散る桜 残る桜も 散る桜
 
 の心境になれるかも・・・。

 今日は4月1日。巷では、今日は嘘をついても許されると云われているそうだけれど、私、コレッポッチも嘘などついたことがない。
 だから、嘘をついても良いと云われても、どうしたらもっともらしい嘘ga
つけるのか、わからない。
 ホントである。自分で言っているのだから間違いない。
 
 先日、つれづれなるままにインターネットを検索していたら、「USO800通信」に驚くべき情報が載っていたので、ここで紹介したい。

 関東地方にマグニチュード7クラスの地震が7年以内に起こる可能性があると伝えられているけれど、大日本大地震大マグマ研究所の「大深層マグマ物理科学研究所」の宇曽所長によると、3・11以来続発する地震により、蓄えられていたマグマの力が分散され、巨大地震が起きる可能性は少なくなっているとのことである。
 ただし、マグニチュード3程度の地震は、あと20年は断続的に続くとのことであるが、マグニチュード9の地震が起こる可能性は1000年に1回位となるものの、その1000年に1回の大地震が明日起きる可能性は否定できないとのことである。
 この情報は、当然ながらマスコミにも伝えられたが、おもしろく騒ぎ立てることをモットーにしているマスコミからは、黙殺されているそうである。

 我がニッポン国をお騒がせしている「消費税」が否決された時の代替案として、賢明で聡明なる我がニッポン国のソーリ大臣は「豊富税」を提案することに決めているそうである。
 「豊富税」とは、定期預金1000万円について、5%の税率で定期預金から自動的に控除するとのことで、基準日を予め定めると普通預金に切り替えれ可能性があるため毎年変更し、その基準日は賢明で聡明なるソーリ大臣の専決事項とされているそうである。
 賢明で聡明なるソーリ大臣にとっては、最初の年の基準日は嬉し楽しの日となるため、自らの誕生日となる可能性が強いとの側近の話である。

 5億の宝くじが発行されたが、たった一人だけがハッピーとなるより、総ビンボー化しつつある我がニッポン国民に広く幸せを感じさせるように、全て賞金は1000万円とし、ウン万人の人にハッピーを感じてもらうようにするとのことである。

 料理下手の主婦に朗報である。ナンデカーノウ会社の研究所が、料理の作るときに今回開発された「スーテキ粉」を材料に混ぜると、その料理が嫌いな人でも、食べたら、
 「この料理、大好き!!!」と、変貌するそうである。
 詳細は不明であるが、なんでも、この「スーテキ粉」は食べる人の味覚に働きかけるのではなく、頭脳に働きかかけるとのことである。

 ようやく春。春は別れと出会いの季節。
 人生も別れと出会いの繰り返し。別れのない出会いはあり得ないけれど、3月は別れの時、卒業の時。
 そして卒業といえば、尾崎豊の『卒業』を、つい思い浮かべてしまう。
 渋谷の旧東邦生命ビル(現渋谷クロスタワー)のテラスの壁に、尾崎豊のモニュメントと「17歳の地図」の歌詞が付けられてある。
 私が、花の東京で華の独身生活・・・ン? 訂正、華の単身生活を送っていた頃のオフイスは、この旧東邦生命ビルの近くにあったので、帰り道に時々この東邦ビルに立ち寄ったものである。
 テラスの壁に付けられたモニュメントの周囲に、訪れたファンからのメッセージが壁いっぱいに書かれていたものだけれど、今でも、多くのファンが訪れているらしい。
 私は、彼のファン年齢からはかけ離れたおじさん年代だったから、彼のデビュー曲「17歳の地図」は聴いてもいなかったけれど、1985年に発表された「青春」を、たまたまラジオで聴いた時は、驚天動地・茫然自失!!!
 以来、彼のファンとなってしまった。

     「青春」の最後のフレーズ 
 
  行儀よくまじめなんて クソくらえと思った
  夜の校舎 窓ガラス壊してまわった
  逆らい続け あがき続けた 早く自由になりたかった
  信じられぬ大人との争いの中で
  許しあい いったい何 解りあえただろう
 
  うんざりしながら それでも過ごした
  ひとつだけ 解ってたこと
  この支配からの卒業

  卒業して いったい何解ると言うか
  想い出のほかに 何が残るというのか
  人は誰も縛られた かよわき子羊ならば
  先生あなたは かよわき大人の代弁者なのか
  俺達の怒り どこへ向かうべきなのか
  これからは 何が俺を縛り付けるだろう
  あと何度自分自身 卒業すれば
  本当の自分に たどりつけるだろう
   
      Oh―――Oh―――

  仕組まれた自由に 誰も気づかずに
  あがいた日々も終る
  この支配からの 卒業
  闘いからの 卒業

 私は、いいかげん年寄だから、「この支配からの卒業」を何度も重ねてきたつもりだけれど、すぐ新たな支配に囲まれて、本当の自分に辿りついているという気がしない。人生に「さようなら」を告げる時には、「この支配から卒業したよ」と言いたいものである。

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