切なさを刻んで・・・(掌編小説)

 彼女は行ってしまった。私の知らない何処かに。私の心に深く切ない思いを残して姿を消した。
 50歳にもなると、青春の頃、夢と希望に輝いていた人生も色褪せてしまう。そして、夢と希望を上手に諦めることが出来るようになると、風に逆らって歩くこともなくなってしまった。
 大学を出ると、私は故郷の福岡県にある建設会社に勤め、身をかわすことが出来なくなるような荒波をかぶることもなく、ほどほどの人生を歩んできたと云えるかもしれない。
 しかし、60歳の定年まで10本の指で数えられるようになってくると、これからの自分の行きつく場所が見えてきてしまった。
 そして、自分の人生の持ち時間が、今まで生きてきた時間よりも少なくなってきたことに気がつくと、このままの状態で自分の人生に終止符を打つことに対し、何か物足りなさを感じてならなかった。 続きを読む

恋愛に定年なし

福岡みやこ会総会でのスピーチ
1999.2.6 レストラン福岡オープンキッチンにて

 只今、ご紹介頂きました森荘八でございます。
 私、10年ほど東京で単身赴任していまして、昨年秋に九州に戻ってきたんですが、10年も東京で単身赴任していますと色々言われましてね。
 九州の連中からは、私の東京のマンションの歯ブラシ立てには、歯ブラシが2本立っているのではないかとか、東京の連中からは、私の家の表札をひっくり返すと他の男の名前が書いてあるのではないかとか、いろいろ脅されたりしたんですが、おかげさまでハッピイに東京をサヨナラすることが出来ましたし、帰って我が家の表札をひっくり返して見ましたが、他の男の名前も書かれておらず平穏無事に九州に戻ることができました。
 それで、これからはこの会にも出席させて頂きますので、お見知りおき下さいますようよろしくお願い申し上げます。
 ところで、結婚式などで主賓のテーブルスピーチというのがありますが、主賓の挨拶の時には皆さん真面目な顔をして聴いているのですが、テーブルスピーチというのは、皆さん飲みながら食べながら、かつ隣の人としゃべりながら、とかく忙しい訳ですから聴くふりをして、誰も話なんか聴いていないんですね。
 だから、話す方も、どさくさまぎれに話せばいいと言うことになっている訳ですけど、今日は、どうも皆さん、主賓の話を聴くような雰囲気でして、ホント弱りましたね。
 と、いうのは、私、今日は「恋愛に定年なし」というタイトルで軽くお話しようと思いまして、ちゃんと原稿まで書いて用意してきたんですけれど、こういう雰囲気なら「恋愛に定年なし」というフザケタ話でなく「人生に定年なし」にでもすれば良かったんですが、時すでに遅しという訳で仕方ありません。この「恋愛に定年なし」という不真面目なタイトルでお話したいと思いますので、皆様も、そんな真面目な顔でなく、不真面目な顔をして聴いていただきたいと思います。 続きを読む

そこに女がいるから

 男と言う人種は、酒場に行けば女にモテルと信じているが、私は酒が飲めないばかりに酒場にも行けず、かくして女性にもさっぱりエンがない。
 そこで、甘党の私が行くのは、ぜんざい屋さんということになる。勿論、ぜんざい屋さんには女性がいっぱい。しかし、男は私一人きりというのに、
「ネ、あの人、一人で来ているよ」と胡散臭い顔をして、私の方をチラチラ見る。女の中の男一匹は、モテルはずなのに、どうもぜんざい屋さんでは、効果を発揮しないらしい・・・などと、私がボヤクと
「酒と女なくして何の人生か」と、哀れみの目で私を見る。ホント、その通りである。人生、楽しみがなくちゃ生きてはいけない。
 私が、ずっと若くって夢溢れていた頃は、山に登るとピチピチプリンの若い女性がワンサカいたのである。だから、女性にエンのない男どもは、
「そこに山があるから」山に登るのではなく
「そこに女がいるから」と言って、下心付きで山に登ったものである。 続きを読む

東京 この感動の街より

 私、1938年生まれ。寅年で獅子座で名前も『荘八』といかめしいけれど、ホントのところは『借りてきたネコ』みたいなものである。 
 そんな私が、華の単身生活を送ってきた花の東京から、幸か不幸か1990年には九州に戻ってきたものの、1992年には又もや幸か不幸か、大阪に転勤することになってしまった。
 それを聞いてうちのかみさん
「それは大変。困ったわ」と言うものの、顔見りゃニコニコしている。どう見たってあれは
『亭主、元気で留守がいい』という風情である。
 それに、ただ一人家に残っている三男が
「おふくろが親父と一緒に行ったら、僕のメシはどうなる?」などと、のたまうものだから、うちのかみさん
「大丈夫。私、大阪には行かないから」と、これ幸いとばかり親子でエールを交換している。
 そりゃ、いくら私が『借りてきたネコ』と言っても、うちのかみさんには、ここは矢張りハムレットの如く
「愛する夫に付いて行くべきか、我が子の面倒を見るべきか、これは問題である」とシンコクに悩んでもらわなければならぬ。
 それが「大丈夫。私、大阪には行かないから。アッケラカン」では、私の立つ瀬がないというものではないか。 続きを読む

夢 儚くって・・・

1 そもそもの始まり

  私。1938年生まれ。男性、メガネ付。A型で虎年生まれの獅子座。勇ましくって、威勢がよさそうに見えるけれど、時代はトレンディ。勇ましいなんて時代遅れもいいところ。それも<おじさん>とくれば、ヤボを絵に描いてダサイ額縁に入れ、殺風景な部屋に飾っているようなものである。
 それに加えて、九州生まれの九州育ち、どうしても<ときめいて爽やか>とは言いがたい。
 その私がどういう訳か、九州から花の東京に転勤して行くことになってしまった。1987年、入社して25年目の夏のことである。 続きを読む