残 響 高塚 かず子
校庭の隅で雫のように小ぶりの朝顔がひらく
となりの席に座っている
涼しい目の同級生の少年
彼が眉間に力をこめると
水平線が正しく引きなおされる
わたしがうまれるすこし前の夏
この街はたちまち燃えた
8月9日 きのこ雲 11時2分
親たちは閃光をむしろ語りたがらなかった
治療できないものをそれぞれにかかえて
生きていくしかなかったから
少年もわたしも瓦礫の残る街で熱心に遊んだ
陽焼けした手足で かくれんぼした
少年は海の色のビー玉を透かして空を見た
どの塀も壊れていて 風が自由に吹き過ぎる
魚のようにすいすい出入りした 私たち
大人たちは路地にうずくまり
七輪で炊事している
生き残ったものは 食べねばならない
夏休みが終わっても 少年は登校しなかった
机の上の牛乳瓶に紫苑が挿され 黙禱した
すずしい瞳は 今も私をまっすぐみつめる
水平線が引きなおされると
私のなかの海は 死者たちの囁きでどよもす
戦争はまだ終わっていない
アスファルトの亀裂から無数の手が伸びる
髪の熱い 水を求めるひとたちの
※ 高塚かず子ーー1946年生まれ。日本現代詩人会会員。掲載の詩は1998年出版の詩集「天の水」より。