母よ 誰が

 北九州市立文学館で「忘れてはイケナイ物語~北九州編」の展覧会に先立ち、8月1日に「開会記念講演」として、黒田征太郎さんの講演会があり聞きに行った。
 この展覧会は、野坂昭如さんの「戦争童話集」に、イラストレーターの黒田征太郎さんが絵を入れ、「忘れてはイケナイ物語り」として映像作品&絵本を作り、その基になった「戦争童話集原画展」の展覧会である。
 黒田征太郎さんの1時間にわたる講演で、心に残った言葉は、8月15日はかって「敗戦記念日」だったのが「終戦記念日」に変わったけれど、本当は『まだ戦争は終わっていない』ということだった。

母よ誰が    黒田三郎   

母よ
誰があなたの頬から美しい輝きを奪い
あなたのしなやかな指を刷子のように荒らしてしまったのか
母よ
誰があなたの澄んだ湖水から静かさを奪ってしまったのか
僕は問い
いく度となく僕に問い
いたずらに昨日も同じ問いを問うたことを思い出し
壁を眺め
そして壁を眺めるのみである
戦争は父や息子や兄弟を
妻や母や妹の手からもぎとった
木の実のようにもがれた男たちが
次々に船艙をみたし
海の彼方へ送られて行った
故国をはなれ
五年の間椰子油と黒砂糖と石油の臭いのなかで
僕は暮していたのである
故郷が戦火に焼かれ
故郷が死んだひとの臭いであふれているときにも
僕は南十字星のかがやく空の下で
暮していたのである
母よ
そのときあなたの傍で
どんなに激しく火が燃え上がったか
どんなに激しく爆弾が搾裂したか
僕は万里の海の彼方で
しょせん叶わぬ思いと
ひそかに星を眺めていたのである
母よ
髪は白く
栄養失調に肌は黄ばみ
ひとりの見知らぬ老婦のように
あなたはそこに生きていたのであった
故郷に
母よ
再び相逢うために
僕らは何を賭けねばならなかったのか
僕は問い
いく度となく僕に問い
壁を眺め
ああ
明日もまた僕が僕に問うことを思うのである

 ※黒田三郎――1919年~1980年。1943年~1945年ジャワ島で勤務の後、現地招集を受ける。1955年「ひとりの女に」がH賞受賞。詩誌「荒地」創刊。掲載の詩は詩集「時代の囚人」(1965年刊)より。

 「忘れてはイケナイ物語~北九州編」の展覧会は、北九州市文学館(館長 今川英子)で9月8日(日)まで開催中。

真夏の夜の夢?

 参議院選挙が終わってヤレヤレ。
 私は、今年も投票所の立会人となったため、投票場となっている小学校に行くことになった。
 7時から13時30分まで講堂の「立会人席」とレイレイしく書かれている席にレイレイしく座り・・・でもないか・・・投票にくる人をジロジロとではなくて、それとなく見なくてばならぬ。
 我が選挙区の美人が何人來るだろうかと、胸弾ませて・・・なんてことは、これっぽちも考えていないけれど、今年は今までと比べてチョッピリ多くて、ウーン、幸せ気分。
 投票にくる人も、例年に比べて出足が良く、それに若い人も多かったので、ネット解禁の効果があったのかと期待したところ、投票率が低くってガッカリ。
 よく考えたら、昼からだと暑くなるので、午前中に行こうとなっただけに相違ない。
 選挙の結果は予想通り。マスコミの選挙予想は、どういう手法でやるのか知らないけれどほとんどはずれがない。なんたって、開票開始時の20時に当選確実が打ち出されるのだから、開票場で投票枚数を計算している職員の人たちは、「これ、数えったってしょうがない」とヤル気をなくしてしまうに違いない。
 それに、自民党圧倒的勝利などと、マスコミで報じられると、自民党贔屓の人は投票に行かなくても大丈夫と思うし、その他の政党贔屓の人も、投票に行ったって当選する訳ないから行ったって仕方ないと思うに違いないのである。
 なんたって、何か事を起こすに当たっては、それなりの努力と「やるか!」という気持ちが必要だけれど、やらなくてもいいという理由には事欠かない。
 暑いから外出しないで裸でゴロゴロしていたいとか、新婚真っ只中だから家でイチャイチャして過ごしたいとか、恋人とアアしてコウしていたいとか、今日新台が入るからパチンコ屋に行かなくちゃとか、月に一度の休みだから録画していたTVを見たいとか・・・以下、大勢の決まっている選挙の投票なんかには「行かなくてもいいや」という理由がエンエンと出てくるに違いない。
 これって、もしマスコミの選挙予想がなかったとしたら、「投票に行かないとあの人が落選するかも・・・」と心配になって、投票場に足を運ぶ人が多くなるではないかという気がする。
 投票率が低いのは、投票に行かない人が悪いのではなくって、行く気をなくさせるマスコミにも責任の一端があるのではないかと思う。
 だから、マスコミの選挙予想を禁止すれば、投票率が上がるのは確実・・・と、言いたいけれど、これって真夏の夜の夢?

 参議院って、むかし昔は「良識の府」と言って、見識のある人が議員となって議論をする場と言われ「緑風会」という政党に属さない会派が最大党派となっていた時代があったけれど、今や様変わり。
 参議院は「政党の府」となってしまい、議員さんも単なる「1票の人」と化して、政党のオエライ人の命令一下「右に並べ」となってしまった。
 だけど「参議院議員の存在価値って何?」なんて失礼なことは云いたくないから、議決にあたっては党の命令にかかわらず、自分の判断で投票してもいいと云うことにしたら・・・と思う。
 ね、参議議員の方たち、ちゃんと良識のある方なんでしょ?
 そして「良識の府」の戻り、自分の信じるところに従って投票する・・・と、いうようになったらいいと思うけれど、これって真夏の夜の夢?

夏まつりに憧れて・・・

 北部九州は、8日に梅雨明け。もう「夏気分」真っ盛り・・・と、云えば爽やかな夏がやって来たような気分がするけれど、とんでもハップン、うそコンコンキチ!!!
 一夜開けたら「夏日」を通り越して30度以上の「真夏日」ばかり。
 これって、「異常な気象」って云っているけれど、どうもこれが「当然な気象」という気がする。
 今や、ビルやマンション、住宅のクーラーが放熱し、工場や街を走る車が熱を発生させて、人間界はすっかり人工熱で覆われてしまい、それに準じて自然界もレベルアップ。
 かくして、30度以上の気温が「夏日」35度以上が「真夏日」40度以上が「猛暑日」と変更されたに違いない。
 だから、30度以上はフツーの「夏日」。騒ぐに当たらず・・であろう。
 でも、むかし昔、人は自然の中で生きていたけれど「快適な生活」を求めて、自然を利用するどころか、自然を加工して生きようとしているのだから、自然からしっぺ返しをされても仕方ないことかもしれぬ。
 一旦ことあれば怪物化するような、そして一旦ことがなくても放射能の残りカスの始末も出来ないような「原発」なんて道理に合わないと思うけれど、人は、自然ではなく人工の「贅沢」に慣れ親しんでいるので、あの映画「三丁目の夕日」のような時代に戻っても良いなんてことは、決して云わないのであろう。
 そして、私の大好きな井上陽水が「夏まつり」で歌ったようなほのぼのとした夏は、懐かしの風景になっていくに違いありません。
 ウーン、残念・・・。

夏まつり   井上陽水

十年はひと昔 暑い夏
おまつりはふた昔 セミの声
思わずよみがえる夏の日が
ああ今日はおまつり 空もあざやか
自転車のうしろには妹が
ゆかた着てすましてる かわいいよ
もらったおこずかいなくすなよ
ああ今日はおまつり 早く行こうよ
綿菓子をほおばればすぐとける
友達もみんな居る 笑い声
道には並ぶ店 オモチャ売り
ああ今日はおまつり 何を買おうか
十年はひと昔 暑い夏
ふるさとはふた昔 夏まつり

カタカナ語は悩み語

 今年、私が見た映画は12本。年度末を迎え忙しかったので、見損なった映画がいっぱいあったと思っていたけれど、なんと月平均2本も見に行っているなんて、我ながらビックリ。道理で忙し感たっぷりだったけれど、仕事ばかりではなかったんだと、ちょっぴりニヤニヤ。
 うちのかみさん曰く「仕事をほっぽり出して映画なんか見に行くのだから、忙しくなるのは当たり前。自業自得でしょ」だって・・・。
 でもね、映画に行かず残念無念感を漂わせ、やるせない人生を胸に刻んで仕事をしても能率が上がる訳がないでしょ。
 ン? 何?「たかが映画。やるせない人生じゃなくって、やるせないそう八さん」だって・・・。
 ウーン、ところで私が見た映画は、
 007 スカイフォール・96時間 リベジン・ルーパー・アウトロー・パーカー・ゼロ ダーク サーティ・ダイ ハード ラスト デイ・フライト・ラストスタンド・LAギャング ストーリー・探偵はBARにいる・オブビリオン。
 私、邦画は見ない主義。でも「探偵はBARにいる」は、日本映画に珍しいハードボイルドという訳で見に行ったけれど、なんだかハッチャカ・メッチャカ度が過ぎたみたい。ウン、残念。
 私の愛するハードボイルド映画は、全編にジャズが流れクールな雰囲気が漂うなかで、探偵がキザな台詞をはいて相手をノシてしまうというのが大好き!!!
 見た映画は「96時間」を除いて、例によってタイトルはみんなカタカナ語でしょ、敵も味方もドンドンパチパチ撃って撃って撃ちまくるけれど、我がヒーローには、何故か弾が避けて通るという「すかっと爽やか映画」のはずだけれど、どんな内容だったのかほとんど思い出せない。
 最近は、物覚えの賞味期限が短くなって、3日もたつと
 「アレ、どんなストーリーだった?」と悩むようになってしまった。うちのかみさんは「すぐ忘れるくらいなら、見に行ったってしょうがないでしょ」とのたまうけれど、世の中、そんなに単純に割り切れるものではないのである。
 だから、読んだだけで内容が推測されるような日本語のタイトルをつけてくれたら、悩み多き人生を送らなくてもすむのに、どうして訳してくれないのかと憤慨やるかたない。
 と、プンプン怒っていたら、朝日新聞の天声人語に、NHKTV放送で外国語が多すぎると裁判が起こされたという記事の中で、外山滋比古さんが「外来語、カタカナ語を乱用するのは怠け者である」と話していたと書いてあったのである。
 ウン、怠け者だって・・・。成程、さすが学者さんはいいことを言う。
 翻訳者さん、そうなの? 怠け者でないのであったら、その証拠に日本語タイトルにして下さいね。
 ただでさえ、悩み多き人生を複雑にさせないでください。 

愛する二人に

 6月8日のNHKTVの「SONGS」は『究極! ラブソング特集』。
私、非アルコール依存症だから、ビールは苦くってせんじ薬みたいだし、日本酒はムットして腐ったお湯みたいだし、ウイスキーは唐辛子入りの水みたいだし、ビールのコマーシャル「喉ごしすっきり・・・」など聞いても、まったく言語明瞭意味不明、チンプンカンのプン。
 酒飲人に「喉ごしすっきりとはどういう味?」と聞いても、みんな「それは、飲んだ時の感じで・・・」とかなんとか訳の分からぬことを言う。どうも、酒飲人はコマーシャルにのせられて、訳も分からず飲んでいるみたいである。ホント、気がしれない。
 だから、アンチ酒飲人の私は、甘いのが大好き・・・と、云う訳でどうやら身も心も甘く出来てしまったらしく、甘ったるいラブソングが大好き。
 番組に出演したのは、私の贔屓筋の高橋真梨子の「for you」でしょ、一青窈の「ハナミズキ」でしょ、プリンセスプリンセスの「Diamonds」でしょ、ドリカムの「未来予想図Ⅱ」でしょ。kiroroの「未来へ」でしょ、松任谷由美の「守ってあげたい」でしょ。ダーイ好きなミュージシャンがいっぱい。
 この番組は結婚式シーズンの6月にちなんで「永遠の愛を誓う二人へ贈る究極のラブソング特集」。
 ウーン、でもいくら永遠の愛を誓った二人といえども、まったく違う世界に住んでいた二人が一緒になったのだから、きっとアアでもないけれどコウでもないことが起きて「あばたもえくぼ」時代から「えくぼもあばた」時代に退化してしまうかもしれぬ。そしてアメリカのジョークにあるように

 「俺は女運が悪くってねえ、いまだに結婚できないんだ」
 「いや、お前は運がいいよ」

なんて事にならないようにしたいものである。まして、

 女性患者が医者に訴えた。
 「私、毎晩のように悪夢を見るんです」
 「どんな夢です?」
 「結婚する夢です」
 「結婚?そんなに悪い夢ではありませんよ」
 「でも、相手が毎回いまの亭主なんですよ」

などと言われないように、そして私の大好きな竹内まりやの「人生の扉」の歌詞にあるように、

君のデニムの青が 褪せてゆくほど 味わい増すように
長い旅路の果てに 輝く何かが 誰にでもあるさ

と、結婚はゴールではなくスタートだと心を定め、ひとつひとつ人生の扉を開け、年を重ねていけたらいいなと思う。
 そう、人生にリセットボタンがある訳ではないのですから・・・。