余人をもって代えがたき人

正義感あふれる(はずの)検事長の黒川ナニガシ氏が、不要不急の外出を控えてという要請が出ているのもかかわらず、3密の典型的な例として取り上げられている麻雀を、それも法律で禁じられている賭け麻雀をしていたという報道を聞いて、私、口アングリ・・・「アホか!」

・・・なんて言っては、黒川ナニガシ氏に失礼です。だって、黒川ナニガシ氏は、東大法学部卒のエリート中のエリート。検事のトップに躍り上がった人ですから、理由もなくそんなアホなことをする訳はありません。

きっと、黒川ナニガシ氏は「私にとって、麻雀は3度のメシのように欠くべからざるものであり、麻雀をした仲間はコロナに罹っていないと言っているから、3密は関係ないし、麻雀は賭けてやるのが常識でしょ」と思ってやったに違いありません。ハイ、ちゃんと大義名分があるんデス。

だから、これがバレた時「何故悪いの?」と、アッタマにきたことでしょうね。

だけどバレたら、クビになる前にすかさず自己都合のによる辞表を提出。つべこべ弁解をしないのは、さすが要領がいい・・・エート、訂正、アタマがいいことを証明させてくれました。

それで、ただでさえ話題沸騰中の人がやらかした行為でしょ。ヒラの検事じゃないので、ここは断固としてクビ・・・と、思ったら、なんと「訓告」だって・・・。黒川ナニガシ氏はヤワラカイ人みたいだけれれど、検察庁ってオカタイところなんですね。前例に従って「訓告」とのこと。検察庁は正義をつらぬく役所と思っていたけれど、どうもこの正義は世の中の正義ではなくって、検察庁内の正義らしい。

でも、このところ信用ガタ落ちの賢明なソーリのことだから、名誉回復のチャンス到来。

「訓告とは何事か」と、オレをなめるな身贔屓をしやがってと怒り心頭!!!

「訓告ではダメ。懲戒にしろ!!!」と云うと思ったんだけれど、なんと「ウン、よしよし」だって・・・。エッ? 賢明なソーリは不賢明なソーリに変身したの?

そして、検察庁法改正法案も引っ込めることにしてしまった。どうも、世の中の正義が通ったという訳ではなく、肝心の黒川ナニガシ氏が辞めたので法案はいらなくなったみたい・・・と、私思ったけれど、こっれって邪推?

賭け麻雀で賭けたのは、2~3万円で少額だから勘弁しようということらしいけれど、私にとって少額とは1万円以下のことで、2~3万円は高額となるんだけれど・・・これってピント外れなの?

私、2万円貰ったら、大&大はしゃぎして万歳と叫びそうになるけれど、ウーン、きっとビンボー人なんですね、私・・・。

それに、お相手をした新聞記者さん、きっと2万円は負けてあげたんでしょうね。黒川ナニガシ氏に「ハイ、これ2万円。お小遣いです」と云って差し出したら、ブン投げられるかもしれないけれど、麻雀だったら、黒川ナジガシ氏きっとニコニコ。今度は内緒に情報をやるよなんて思ったりして・・・なんてことを正義感あふれる(はずの)黒川ナニガシ氏が考えるはずがありません。ハイ。

だけど、摩訶不思議なのは、1月に黒川ナニガシ氏の定年延長を法律を曲げてまでして決めたのは「ここで辞められたら余人ももって代えがたく、今抱えている業務に支障が起きる」ということだったでしょ。

それなのに、辞表が出された時に賢明なソーリが「君は余人をもって代えがたい人だし、辞めたら仕事に支障が起きるので、ここはじっと忍び難きを忍び辞めないでくれ」と慰留しなかったの?

また、検察庁の業務に支障が起きて、検査庁内はテンヤワンヤの大騒ぎ。「賢明なソーリは何故慰留しなかったのか」というブーイングは起きていないの?

どうして?

何たる不思議

昔から「無理が通れば道理が引っ込む」ということわざがあるけれど、どうもわがニッポン国では「無理が通れば道理となる」という新しいことわざが出来たらしい。

と、云うのは「森友・加計問題」にしろ「桜をみる会」にしろ、私のような平凡人感覚から言えば

「エッ?」と思うけれど、エライ方たちはどうもアタマの出来が違うみたいで

「あれはおかしいことではありません」となって、あたり前のこととなってしまった。

以来「無理が通れば道理となる」が大手を振ってまかり通ることなったみたいである。

かくして、今度「検察総長の定年延長を内閣が伸ばすことができる」という法律が出来るらしい。私のようなサラリーマンのはしくれは、定年延長が出来るとなれば、上司にせっせと忖度に励むことにするが、

どうも「公明正大な検察のエライ人が忖度などする訳ないし、ソーリは賢明だから忖度されても無視して、延長など指示することはありません」ということになっているみたいである。

どうせ「やらない」と公言するのであれば、「内閣が延長できる」という特例を削ればいいと思うけれど、削らないことをみると、ヤッパ、やりたいと思っているに違いない・・・と、思うのはゲスの勘繰り言われるだろうから、云わないことにする。

この法律が通れば「無理が通れば道理になる」の実例として「モリ・カケ・サクラ・ケンサツカン」が、ことわざ辞書に登場すことになるに違いない。

ウーン、わがニッポン国って不思議な国なんですねェ。と、嘆いていないで、とにもかくのも生きているんですら、ビールでも飲んでウサを晴らしましょう。

 

  不思議  谷川 俊太郎

海ゆかば 高波 くらげ コレラ菌

山ゆかば 落石 転落 人食い熊

道ゆけば ひき逃げ 衝突 ひったくり

うちにいれば 強盗 税務署 無理心中

どこにいたって 地震 台風 火山の爆発

でなきゃ 革命 内乱 ジェット事故

精神病者が野放しなら

核実験も野放しだ

それなのに ああそれなのに

何たる不思議 何たる奇跡

ぼくはぴんぴん生きている

37度の炎天下

汗とビールをバランスさせて

 

※ 掲載の詩は「落首99 その他の落首」から。

どうしよう?

わが街北九州市では、ドラッグストアー等が「マスク在庫なし」の表示をしているけれど、街ゆく人々はほとんどマスクをつけているので、医療施設や高齢者施設等は別として、街からはマスク不足はなくなっているみたい。

わが家では、女房はマスクをつけて寝るし私も花粉症ということもあって、常時マスクは買い置きしてある。だから、あわてて買い求めるということはなかったけれど、なんたって私、恐怖の80歳以上でしょ。

息子から70枚入りのマスクが送られてきたけれど「外出自粛ではなく、外出禁止。出たら死ぬ」と云われているので、ヤボ用でたまに外出することはあっても、4月は仕事で出たのは3日だけという、わが生涯始まって以来の新記録を樹立。

外出しないので、マスクはほとんど減らいなどころか、友人3人から手製の布製マスクを13枚も貰い、マスクの在庫は増える一方という・・・マスク不足の皆さん、どうもすみません。これも、じっとじっと我慢して外出を止めている努力の賜物なんデス。

ところが、我がニッポン国の賢明なソーリが、どんな山間僻地に住んでいようとも、あまねく全世帯に2枚ずつ布製マスクを配布すると発表!!!!

「たったの2枚?」などと言ってはなりません。賢明なソーリが熟慮のうえに下さる贈り物だから、有難く頂戴すべきです。

でもね、大金466億円也を使うのにケチをつける訳じゃないけれど、個人に配るより病院でも使えるようなマスクを作り、必要な所に必要な数だけ配った方が合理的な気がします。でも、合理的精神より「国民が一番」と博愛精神に溢れたソーリですから、当然の判断なんでしょうね。ハイ。

わが国民から言えば、マスクがなくなった時は布製マスクを作くるなどして対応するし、それも知恵を絞って色とりどりにお洒落なマスクを作るなんて・・・ウーン、つらい日々のなかでも潤いを見つけるなんて、わが国民って捨てたもんじゃないんですね。

国民優先のマスク配布になったので、わが街では多くの団体が、施設などは後回しとなるだろうと心配し、ソーリに代わってという訳じゃないけれど、いろいろな施設に布製マスクを作り送っています。わが国民って捨てたもんじゃないんですね。

国民に配られるマスクの写真を見るとなんだか小さいマスクみたい。わが国のソーリがつけているマスクは、この小さなマスクみたいだけれど、ソーリを取り巻く大臣や議員のオエライ方々は、大きなマスクや布製のマスクをつけているでしょ。ソーリは「マスク配布」の言い出しっぺだから、意地でもこの小さなマスクをつけているのでしょうね、

だけど、国民の皆様に大金470億円也を使ってマスクをふるまう訳だから、オエライ方々は、こんな時にこそソーリに忖度して、同じ小さなマスクをつけたらいいのに・・・ホント、一人で小さいマスクをつけて頑張っているソーリはお可哀そうデス。

わが街にいつマスクが配られるのか知らないけれど、わが街を歩く人を見ると、ほとんど顎の下まで届くマスクをつけているでしょ。私の家にあるマスクは全て顎の下まで届く大きいマスクばかり。

私、心配!!! わがニッポン国が大盤振る舞いをする有難いマスクが届いたら・・・ウーン、どうしよう? 大きいマスクをつけて街に出たら、ソーリに対し「失礼な振る舞い!!!」と顰蹙を買うかもしれません。

みなさん、どうします?

恨めしや・・・

わが街北九州市は福岡県の関門海峡に面している街である。そして、かの恐るべき「緊急事態宣言」が出された街である。

「緊急事態宣言」が出されるのは首都圏と関西圏と思っていたのに、なんと名古屋や京都を出し抜いて、地方にあるわが福岡県に出されたのに驚天動地!!!

全国で7番目に豊かな県というのなら鼻高々なんだけれど、全国で7番目にヤバイということでしょ。鼻底々になって右往左往!!!

そりゃ、私の関係している7団体の総会は全て中止か延期。これらの団体が予定していたアレヤコレヤの行事は、多くの施設が使用禁止となったこともあって、とりあえず6月まで中止。60年の歴史を誇る「小倉歩こう会」は、8月まで中止という有様なので、天下の一大事であることは分かっていたけれど、まさかわが県とは・・・。

デパートや大型複合商業施設3カ所などすべて閉館。残念ながら、4館あるシネコンも当然休館。私、映画大好き人間でしょ、残念無念と言いたけれど、わが街でコロナがかしましくなる寸前の2月下旬に、しっかりと映画「パラサイト」を見に行きました。

「映画を見に行く」といえば、女房から「バカな真似は止めて」と言われるに違いないから「大事な用事あるので・・・」と言って・・・エート、お断りしておくがウソを云っている訳ではない。私にとって、映画に行くということは大事な用件である。

かくして、ハレバレと家を出てバスに乗ったら、いつも5分から10分は遅れてくるバスが、なんと時間通りに到着。乗っている人はマバラ。渋滞もなく、乗客も少ないなんて初めて・・・空前絶後!!!

シネコンが入っているチャチャタウンという大型複合商業施設に行くと、人はチョボチョボ。映画館の窓口があるホールに入るとガラーン。チケットを買って上映しているルームに行くと、座っている人は6人ポッキリ。これって前代未聞!!!

私の見る映画は原則として、ドンパチ映画と吉永小百合と今はなきゴジラの映画と決められているが「例外のない原則はない」という世の習わしにより、話題なった映画は見に行くことにしている。

見に行った映画「パラサイト」はアカデミー賞を取った韓国の映画である。アカデミー賞受賞の映画とあって、期待満々で行ったところが、なんと期待減免。かくして茫然自失!!!

だって、えげつない映画なんですね。これでもかこれでもかと、えげつないことがいっぱい。どうも私とはフーリングが合わないみたい。アカデミー賞の審査員の皆さんは、ドンパチ映画愛好者とは違って、高い知性と教養をお持ちでしょうから仕方ありません。トホホホと意気消沈!!!

私、四字熟語を駆使して、得体の知れないコロナウイルスに悲憤慷慨しています。

 

幸か不幸か

得体の知れぬウイルスのため、3月1日の夢旅人で「もう,タイヘン!&たいへん!!大変!!!&Oh my God!!!!」と書いたけれど、これって序の口。なんと3月になった途端、ズラズラーと予定していた行事が、ほとんどドタキャンしてしまった。

私、何故か忙し人間となっていて、1週間のなかで、予定が入っていない日は1日か2日位だったんですね。ところが、今や予定が入っている日は1日か2日で、お休みが5日も6日もズラズラーとあるという、それも3月いっぱい続くというお休み溢れんばかりの3月なってしまったんです。

「外出したらダメ、特に年寄りは絶対ダメ、死にますよ」と言われると、私、82歳。絵に描いたような生粋の年寄りでしょ。春爛漫の矢先にトホホ・・、何たる不幸と思ったけれど「不幸転じて幸となす」・・・今迄忙しくってやれなかったなことが出来るってことに気が付いてニコニコ。

「明日からお休み」と言われても、お休みが財布に直結している人にとっては「不幸転じて幸となす」なんてことはあり得ないことだから、そんな呑気なことは言えないでしょうけれど、私、エライ人が云った「生産性のない人間」なんでしょうから勘弁してくださいね。

かくして、録画していた洋画の「スカッと爽やかドンパチ映画」8本と「大好きアーチストの音楽番組」2本のDVDを片っ端から見て、つん読していた・・・ウーン・これって年寄語でしょうから、若い人には意味不明でしょうね。買ったままで積み上げている読んでない本のことデス・・・S・キングの「ミスター・メルデス」とリー・チャイルドの「パーソナル」とロバート・ロブレスティの「休日はコーヒショップで謎解きを」を読んで・・・なんだか借金を完済した気分。ウン、ハレバレ!!!

撃って撃って撃ちまくるドンパチ映画が何故「すかっと爽やか映画」というと、我がヒーローがピストルを撃ちまくると、敵はバッタバッタと倒れるでしょ。でも、撃たれても血がドバーと出る訳でもないし、ヨロヨロとよろめいて画面の外で死ぬ訳だから、死体累々ということもないし、かくして敵は全滅「ザマーミヤガレ」という具合で爽やかさ溢れて、すこぶるいい気分で映画館を出ることができる訳です。だから大好き!!!

録画していた音楽番組は、大好きな「井上陽水」と「竹内まりや」の2本。

井上陽水の50年の軌跡を辿るという訳で、NHKで1月に放映されたのは「5人の表現者が語る井上陽水」という番組。登場したのは宇多田ヒカル、奥田民生、玉置浩二、松任谷由実、リリー・ファランキーという錚々たるメンバー。これが楽しかったです。

陽水のとぼけたような話し方も大好きだけれど、それぞれ一家言ある5人のトークでしょ。これも面白くって楽しくってニコニコしっぱなし。

私的には摩訶不思議に見える陽水の一面が語られ、陽水のヒット曲も放映されたけれど、ウン10年前の曲なのに、懐かしのメロデイって感じはなくって、今、聞いても遜色がないのは不思議!!!

「陽水って人間ばなれしてるよね」と云った奥田民生や、「陽水の言葉は構築して作られているのではなく、香水を作るように言葉を調合してコントロールしながら作り、香水は初めて嗅ぐ人がいて完成するように、初めて聴いた人があって完成する楽曲」と言った宇多田ヒカルの話が印象的だったけれど、ウーン、納得です。それと宇多田ヒカルの洋服ってお洒落だったなァ、ファンになりそう・・・。

3月24日にNHKTVで」放映されたのは、竹内まりや Music&Life  特別編「いのちの歌の物語」

昨年の紅白歌合戦で竹内まりやが歌って大きな感動を呼んだ「いのちの歌」は、NHKの朝ドラ「だんらん」で使われた歌だけれど、この歌にまつわる400通を超えるエピソードが紹介されました。私、感受性の乏しくなった年寄りだけどウルウル。この歌が持つ力って凄いんですね。

私、まだ年寄以前に聴いた彼女の「駅」とか「元気を出して」でファンになり、ちょっぴり年寄りになって「人生の扉」に出会い、すっかり年寄りになった今は、この「いのちの歌」なんです。私の人生に寄りそった歌を提供してくれた彼女に大感謝。と、云うことで「人生の歌」の最後のフレーズを紹介します。

いつかは誰でも

この星にさよならを する時が来るけれど

生まれてきたこと 育ててもらえたこと

出会ったこと 笑ったこと

そのすべてにありがとう この命にありがとう

ネ、今の私にピッタリでしょ。