素敵あふれて 秋

 爽やかに 秋がきた。
 熱い夏は嫌いだし、冷たい冬はイヤだし、好きなのは春と秋である。春は華やかで、何かいいことありそうな気がする、心弾む季節。だけど、キラメキ年齢を卒業しヨレヨレ年齢に達している私にとって、言いたくはないけれどお似合いなのは、やはり秋。
 その秋の入り口の9月16日。私、とってもご機嫌!!!
 と、言うのは、北九州市を流れる紫川の川辺で開かれた「リバーサイドコンサート」に私の所属する合唱団「北九州を歌う会」が出演、團伊玖磨が作曲した合唱組曲「北九州」の中から8曲歌ったのである。
 この演奏会には、外に「爽ストリンングカルテット」と「ミュージックグループ紫音」が出演。そして、このコンサートの実行委員長は「ミュージックグループ紫音」を主宰するピアニスト谷口淑子さん。
 昔は「天は二物を与えず」と言って、美人だけれど頭が弱いというのが相場だったけれど、谷口淑子さんは華麗にしてダイナミックなピアノを弾くうえに、知的にしてかわいさいっぱい。おまけに、このコンサートを立ち上げるバイタリティの持ち主でもある。ゲネプロをはじめ、何度かの打ち合わせに来た時の彼女のテキパキした話し振りと立ち振る舞いに、魅せられてホレボレ。
 まさに天は二物どころか三物を与えたような女性である。
 彼女が率いる「ミュージックグループ紫音」は、ヴィブラホォンが岩崎雅子さん、マリンバが楢橋順子さん、パーカッションが椋尾奈穂さんとミーンナ美人の4人編成。
 ピアノと打楽器だけの演奏なんて、初めは「エ?」と思ったけれど、それがスッゴイ!!! 
 誰の編曲かは知らないけれど、最初に演奏されたド迫力のある「剣の舞」を聴いて、ビックリ、ウットリ、心ゆらめいて・・・・淑子さん。 
 私は、もともと美人に弱いうえに、その美人が演奏するんだから、見とれるやら聞き惚れるやら、タイヘンである。居眠りする暇などありゃしない。
 そして、最後は彼女たちの演奏で「ふるさと」を、会場の皆さんと一緒に大合唱。一体感に包まれて、心の音色も爽やかにコンサートはTHE END。
 そして、その日の夜、NHKBS放送で「スーパーライブ 井上陽水」が放映。8月19日に東京の昭和女子大学人見記念講堂で行われたライブを収録したものである。
 東京にある数多くのコンサートホールの中で、私の一番のお気に入りのホールは、この昭和女子大学人見記念講堂である。
 エ? 何? 「行くと、女子大生がいっぱいいるから、好きなんだろう」って?
 ウーン、それもある・・・てなことは、いくら心で思っていても、口に出して言わないことにしているから、そんなことはゼッタイない。ホントである。
 と、言うのは、ほかのコンサートホールは「それ見たことか」と豪華絢爛風を装っているけれど、このホールは、シンプルでお洒落な雰囲気がいっぱい。だから大好き。
 その大好きホールで大好き陽水のライブ。おまけに大好き楽曲がいっぱい流れて、もう大満足。「大好き」の字を続けて3つもある文章を書けるなんて、シ・ア・ワ・セ・・・・。
 秋の入り口の素敵あふれる9月16日でした。

天文学者って アホ!!!

 フンだ!!!
 冥王星ことプルートが惑星でなくなるなんて、そんなアホなことってある?
 火星とか水星とか木星とか金星とか土星とか、カレンダーじゃあるまいし、味もそっけもない名前の中で冥王星って、言葉の響きもいいし夢のある名前なのに、ホント、惑星でなくなるなんて、私は怒り狂っている!!!
 朝日新聞によれば、8月24日の夜、国際天文学連合が定めた新しい定義による「8つの惑星」のリストが「学者の国会」とも言うべき日本学術会議から、報道資料としてファクスで送られてきたそうである。
 それによると、なんとうれしいことには、8つの惑星とは「彗星・近世・地球・化成・木製・土製・天皇制・海王星」となっていたそうである。
 冥王星が消された代わりに、残りの惑星の名前も変更しますと言うのなら分かる。だけど、発信元の国立天文台も、それをコピー・ペーストしてファクスで送った日本学術会議も、入力の変換ミスではない、だけど、どうしてこういう間違った表示になったのか分からないと言っているそうである。
 フンだ。分からないなんてソラゾラしいことを言っているけれど、これって、はじき飛ばされた冥王星が、怒り狂ってトンデモハップンプンと呪文を唱えて変えたに違いないのである。
 国際天文学連合が定めた惑星の新しい定義は、太陽の周りを回っていること、自分の重力で丸い形を保っていること、それと自分の軌道の近くに他の天体がないことの3つらしいが、冥王星は3つ目の条件を満たしていないそうである。
 冥王星が発見されたのは1930年。76年間惑星と認めておりながら、新しい基準を設けたからダメだなんて、それは天下の暴論、ン? 訂正、宇宙の暴論である。
 だって、分かり易く言えば、
「明治時代の美人は、今の基準から言えば美人とは言えないので、明治時代にさかのぼって美人でなかったことにする」ってことと同じでしょ。それって、いくらなんでも明治時代の美人に失礼じゃない?
 それゃあ
「若い頃は“ミス素敵”だったけれど、シワクチャおばあちゃんになったので、今は”ミス素敵”とは言えません」と言うのなら分かる。これと同じように
「冥王星が縮んで変形したから、惑星ではなくなった」と言うのであれば、これも納得出来る。だけど、冥王星は、今も昔も変わっていないのである。だから
「惑星の新しい基準を決めたので、新しい星が発見されたら、今後はこの基準で惑星かどうか判断します」と言うべきであろう。タイムマシンでも、過去を変えることはご法度なのに、惑星の歴史を過去に遡って変えるってのは、宇宙の正義に反する。
 正義正義と言っても、地球の正義は「自称正義」が多くって、「?」と思うことが多いけれど、宇宙の正義にはインチキなどさらさらないのである。
 それに、である。これが一番大事なことであるが、太陽系の最先端にある冥王星は、アニメ「宇宙戦艦ヤマト」や「銀河鉄道999」の敵の前線基地が置かれた由緒ある惑星である。
 それと、宇宙のはるか彼方のナンジャモンジャ星雲のチチンプイプイ星人が、地球を訪問する時の前進基地ともなるはずである。もし、冥王星が惑星でないことがバレたら、チチンプイプイ星人がバッカにして、タチションベンなどするやもしれぬ。その意味からも、冥王星は絶対に惑星であらねばならぬ。
 それに、かてて加えて、我が愛する手塚治虫の「地上最大のロボット」をリメイクした浦沢直樹の漫画が「プルート」。プルートといえば冥王星の英語名。
 浦沢直樹の「プルート」の単行本は3巻まで出ているけれど、私と同じように、怒り狂った浦沢直樹が
「本家のプルートが惑星でなくなりましたので、連載止めます」なんて、ヤケクソになるのではないかと心配で心配で・・・・・。
 エ? 何? 浦沢直樹は、ソーハチさんのようにアホじゃないから、大丈夫だって?
 ちがう! 違う!! アホなのは、夢のない地球の天文学者だって!!! ホント、分かっていないんだから・・・・。

夏 長崎から さだまさし

 私の好きな“さだまさし”が毎年8月6日に長崎で開いていたコンサート『夏 長崎から さだまさし』が、20回目となる今年、最終回を迎えることになった。
 ウーン、残念!!!
 このコンサートは、広島に原爆が落とされた8月6日に
「1年に1度は平和について考えてもいいんじゃない」と、平和を祈ってさだまさしが長崎の稲佐山の野外ステージで、1987年から入場料無料で開いていたものである。
 この20年間で、全国から約50万人を動員したこのコンサートを、どういう理由で止めるようにしたのか知らないが、さだまさしが伝えようとしたメッセージは、コンサートに来た人たちには届いているのかもしれないけれど、それだけで終わっているのではないか、というもどかしさを感じたのかもしれない。
 それとも、誰もが「戦争反対、平和賛成」と唱え「戦争賛成、平和反対」と主張する人はいないというのに、この地球という星のどこかで、絶え間なく戦争や内乱やテロが起こり、コンサートを始めた20年前よりも悪くなっているという現実に、むなしさを感じたのかもしれない。
 このコンサートの模様は、毎年TVで放映されているのを見ているものの、とっくの昔のそのまた昔に、夢見る頃を卒業してしまった私は、稲佐山のコンサートには行ったことがない。
 でも、今年、最後のコンサートということならば・・・と思ったものの、今年の夏はアツくってあつくって暑くって熱くってアーーーーーーーツくって、とてもじやないが、外に出るとヨレヨレになりそうなので、断念することにした。
 さだまさしのコンサートには4~5回しか行ったことがないので、稲佐山に20回も通ったファンからみれば、ファンとは言えないのかも知れないが、私のファン暦は長いのである。
 最初聴いたのは、今から25年前。当時高校生だった長男がよく聴いていたレコードが、さだまさしと中島みゆき。
 子供が、親の聴いている歌に影響されて・・・という話はよく聞く話であるが、我が家は反対で、子供が聴く歌に影響されて、親の私がファンになってしまった。長男は、さっさと、さだまさしと中島みゆきを卒業してロックにはまってしまったが、落ちこぼれ常習犯の私は卒業できず、依然としてさだまさしと中島みゆきのファンのままでいる。
 今年はファイナルコンサートとあって、全国から約3万人も集まったそうで、8月27日NHKTVでその模様が放映された。
 その中で、ゲストとして出演した大竹しのぶが涙を浮かべながら「ありがとう」と挨拶した姿がとっても印象的で、私も胸が熱くなってしまった。
 そして、さだまさしは
「みなさんの胸に20年間、種をまいてきた。これからは、皆さんが、この会場を埋め尽くすような沢山の花を咲かせください。そして、あなたの大切な人の笑顔を守るために、何が出来るか分かったら、自分の力を使って“動いてくさい”」と言ってコンサートを終えた。
 さだまさしの歌を聴き続けて25年、私の好きな歌も、年を経るごとに変わってきたが、老朽化して情緒過剰となってくると、好きな歌は『防人の歌』とか『道化師のソネット』に変わってしまった。さだまさしの歌の根底にある“やさしさ”が伝わってくるこの歌に、私の心は涙してしまう。
 作家辻邦生は
『先日、久々で「防人の歌」を聞き、魂が星空にのぼっていくような気持ちを味わった。それは、たしかに悲しみの感情に違いなかったが、試験に落ちたり、友達と喧嘩したり、財布をとられたりする悲しみではなく、もっと深い人間がこの世に在ることから生まれる悲しみなのだった』と書いているが、人生の残り時間のカウントダウンが始まった今、私もこの歌の持つ悲しみが分かるような気がする。

防人の歌    作詞・作曲 さだまさし

おしえてください この世に生きとし生けるものの
すべての生命に 限りがあるのならば
 海は死にますか 山は死にますか
 風はどうですか 空もそうですか おしえてください
私は時折 苦しみについて考えます
誰もが等しく 抱いた悲しみについて
 生きる悲しみと 老いてゆく悲しみと
 病の苦しみと 死にゆく悲しみと 現在の自分と
答えてください この世のありとあらゆるものの
すべての生命に 約束があるのなら
 春は死にますか 秋は死にますか
 夏が去る様に 冬が来る様に みんな逝くのですか
わずかな生命の きらめきを信じていいですか
言葉で見えない 望みといったものを
 去る人があれば 来る人もあって
 欠けてゆく月も やがて満ちて来る なりわいの中で
おしえてください この世の生きとし生けるものの
すべての生命に 限りがあるのならば
 海は死にますか 山は死にますか
 春は死にますか 秋は死にますか
 愛は死にますか 心は死にますか
 私の大切な故郷もみんな 逝ってしまいますか
 海は死にますか 山は死にますか
 春は死にますか 秋は死にますか
 愛は死にますか 心は死にますか
 私の大切な故郷もみんな 逝ってしまいますか

わたしが一番きれいだったとき

私が一番きれいだったとき         茨木 のり子

私が一番きれいだったとき
街々はがらがら崩れていって
とんでもないところから
青空なんかが見えたりした
私が一番きれいだったとき
まわりの人達が沢山死んだ
工場で 海で 名もない島で
わたしはおしゃれのきっかけを落してしまった
私が一番きれいだったとき
だれもやさしい贈物を捧げてはくれなかった
男たちは挙手の礼しか知らなくて
きれいな眼差しだけを残し皆発っていった
私が一番きれいだったとき
わたしの頭はからっぽで
わたしの心はかたくなで
手足ばかりが栗色に光った
私が一番きれいだったとき
わたしの国は戦争に負けた
そんな馬鹿なことってあるものか
ブラウスの腕をまくり卑屈な町をのし歩いた

私が一番きれいだったとき
ラジオからジャズが溢れた
禁煙を破った時のようにくらくらしながら
わたしは異国の甘い音楽をむさぼった
私が一番きれいだったとき
わたしはとてもふしあわせ
わたしはとてもとんちんかん
わたしはめっぽうさびしかった
だから決めた できれば長生きすることに
年とってから凄く美しい絵を描いた
フランスのルオー爺さんのように
                    ね

※ 茨木のり子・・・・1926年~2006年  標題の詩は1958年発刊詩集「見えない配達夫」から

ああ 雨情

 ようやく、ながーーーくって、つらーーーい梅雨が終わった。
 全国あちこちで被害が続出。その地区の長老が異口同音に
「こんな水害は生まれて初めて・・・」と絶句。被害に合われた方々の絶望感を思うと、心が痛む。
 しかし、ここ数年というもの、雨や雪や台風の被害が、毎年大きくなっていくようである。
 かって、雨は「しとしと・・・」と、雪は「しんしん・・・」と音もなく降っていたものである。ところが、いまや雨は「バシャバシャ!!!」と、雪は「ドカドカ!!!」と情け容赦なく降るようになってしまった。
 そして、詩人 八木重吉が書いた詩「雨」のように、静寂でいて心がきらめくような世界は、幻となりつつある。

雨がふってゐる
雨がふってゐるけれど
すこしもきこえない
雨はみえるきりだ
雨をみゐると
こころが かがやいてくる

 また、1953年に上映されたミュージカル映画の傑作「雨に唄えば」で、ジーン・ケリーが雨の中を傘をさして踊りながら唄った主題歌「Singin’the Rain」のように

雨に唄えば
弾む心 よみがえる幸せ
黒い雲に笑いかければ
心には太陽 愛が芽生える

 と、雨に歌い踊って、心華やかになっていた時代もあったのである。
 ところが、時代は進み、科学の進歩に比例して、自然もそれに抵抗するために進化し、今や、雨は獰猛に人間に襲いかかるようになってしまった。
 地球が誕生したのは46億年前。この46億年前から現在までを1年と考えて作られた地球カレンダーを見ると、恐竜が出現したのが約2億5000年前、地球カレンダーでいうと12月13日頃。現生人類といえるホモ・サビエンスの出現が12月31日23時37分頃ということで、人類が誕生して、まだ、たったの23分しかたっていないのである。
 地球が、46億年という途方もない年月をかけて営々と築き上げた資源や自然を、地球カレンダーで言えばたったの23分で、人類は浪費し破壊しつつあるのである。
 だから、はるか宇宙の彼方のナンジャモンジャ星雲のチチンプイプイ星人から
「宇宙の貴重な星・地球を、自ら住めなくなるようにしているヒト科の生物は、なんたるアホ!!! 生かしてはおけぬ」と啖呵をきられても、致し方ないかもしれぬ。 
 だけど、時計の針を巻き戻すことは不可能だから、今から出来るのは、地球が悪化していくスピードを遅くする位であろう。
 しかし、人間が、なんとか地球と折り合いをつけて生き永らえたとしても、太陽はあと50億年後・・・地球カレンダーで言えば、あと1年後にはその命を終えるそうである。そして、残念ながら、地球も今から早くて10億年後・・・地球カレンダーで言えば、あと3ヶ月後には、太陽の温度が上がり人間が住めなくなるそうである。
 そうなりゃ、大変である。しかし、その頃は、カシコイ地球人のことだから、アカチパラチー星雲のスカンピン星にでも引っ越すことになるであろう。
 しかし、地球人全員を引越しさせるのは難しいだろうから、当然、人選しなければならぬ。そうなると、コンピューターで無作為に選ぶといっても、アタマのいいハッカーが出てきて、自分が選ばれるようにインチキするだろうから、公平を期するために、インチキが絶対に出来ないようにジャンケンの勝ち抜き戦か、アミダ籤で選ぶことになるに違いない。
 しかし、私は勝負事に弱いから、ジャンケンの勝ち抜き戦には負けるような気がしてならない。そうかと言って、クジ運も悪いから、アミダ籤にも当たらないかもしれない。そうなると、ホント、心配で、心配で・・・・・・。
 エッ? 何? お前はその頃は死んでいるのだから、何も心配することはないだろうって?
 ウーン、そうか、3ヶ月後というのは地球カレンダーで、実際は10億年後か・・・。そう言われれば、生きている訳ないよな。ウン、心配しなくってもいいんだ。ヤレヤレ・・・・。

※ 八木重吉 ーー 1898年~1927年。「雨」は詩稿「木と ものの音」に掲載された。