黙してはならぬ

今日、8月15日は「終戦の日」。むかし昔その昔、この日のことを「敗戦記念日」と言っていたらしいけれど、カシコイ人が、忌まわしい記憶から逃れるために「終戦の日」と変えたに違いありません。
後世の人は「終戦の日」と言ったって、戦争に勝ったのか、負けたのかも判然としなくなり、カシコイ人の狙いは的中して、我がニッポン国の面目が立つようになることでしょう。
今でさえ、ワーカイ人の中には「アメリカと戦争した」と言ったら「本当? 信じられない。どうしてアメリカと?」と言う人がいるみたいです。
だけど、戦争の記憶が薄れていくなかで、詩人中川悦子は、戦争のさなかに親元を離れ疎開して逃げまわった少女の頃の切ない思い出を『遠い少女』という詩に書きました。
この詩の中で、戦争をかいくぐった者は、あの時代のことを〈黙してはならぬ〉と書いています。黙したら、あたらしい時代になったとはいえ、昔のままに・・・あの時代が寄せてくる・・・と。

遠い少女     中川悦子

草いきれのする
日なたのにおいのなかで
目を閉じると
遠い少女が
ひっそりと目をさます

町をはなれた日
見しらぬ村で
不安という銃口を
未熟な胸に押し当てられ
おびえながら嗅いだ 空気

青春など ことばもしらず
幸福など すぎた日の断片
ただ
きょう ひもじくなく
あす 死なぬよう

かたくなにみずからを守った
途方にくれ
戸惑いながら
こばみながらも
あのとき少女がそっと祈り
真に夢みたものは 何だったのか

飢えをまぬがれ
死をまぬがれ
時代をまぬがれたものは
  〈黙してはならぬ〉
あたらしい飢え
あたらしい死
あたらしい時代が昔のまま寄せてくる
ほら 波のように――

草いきれのする
日なたのにおいのなかで
目を開ければ
少女は 遠い村に疎開したまま
いまも かえらない

※中川悦子・・・1930年、日本現代詩人会・北海道詩人協会会員。「核」同人。詩集「雪の貌」「北の四季」など。

※このプログのカテゴリーに『ハードボイルドに恋をして』という頁を追加しました。
私がウン10年にわたって読んだ海外のミステリイ等から、私が気に入ったお洒落な表現とか、ニヤニヤする表現とか、さもありなんといった文章などを、その都度ノートに書きとめてきました。
そして、私、いい加減年寄りですから、感性もサビついて夢旅人のプログに書くネタがない時があります。その時に・・・まあ、手抜きじゃないけれど・・・このノートから適宜選択して掲載すればポカを出さずにすむと、我ながら名案を思いつき「これってハードボイルド」でというタイトルで掲載することにして、今迄6回にわたり掲載してきました。
ところで、これらの書きとめていた文章を、皆さん方にも読んで頂こうと、テーマごとに編集してまいりましたが、今回なんとか纏まりましたので、『ハードボイルドに恋をして』というシリーズにして、順次掲載すことにいたしました。
第1回目は『ハッピイですか』というタイトルで「愛」「結婚」「夫婦」「セックス」「浮気」と掲載しておりますので、お暇な時にでも目を通してください。

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