私が一番きれいだったとき 茨木 のり子
私が一番きれいだったとき
街々はがらがら崩れていって
とんでもないところから
青空なんかが見えたりした
私が一番きれいだったとき
まわりの人達が沢山死んだ
工場で 海で 名もない島で
わたしはおしゃれのきっかけを落してしまった
私が一番きれいだったとき
だれもやさしい贈物を捧げてはくれなかった
男たちは挙手の礼しか知らなくて
きれいな眼差しだけを残し皆発っていった
私が一番きれいだったとき
わたしの頭はからっぽで
わたしの心はかたくなで
手足ばかりが栗色に光った
私が一番きれいだったとき
わたしの国は戦争に負けた
そんな馬鹿なことってあるものか
ブラウスの腕をまくり卑屈な町をのし歩いた私が一番きれいだったとき
ラジオからジャズが溢れた
禁煙を破った時のようにくらくらしながら
わたしは異国の甘い音楽をむさぼった
私が一番きれいだったとき
わたしはとてもふしあわせ
わたしはとてもとんちんかん
わたしはめっぽうさびしかった
だから決めた できれば長生きすることに
年とってから凄く美しい絵を描いた
フランスのルオー爺さんのように
ね
※ 茨木のり子・・・・1926年~2006年 標題の詩は1958年発刊詩集「見えない配達夫」から