誰かが誰かに恋をして

 6月はジューンブライド。街のあちこちでウエデングベルがキンコンカンと鳴り響き、しあわせマーチがピッカピッカに輝いて幸せあふれる季節となる。
 恋にはそれぞれのストーリイがあって、そのハッピイエンドが結婚となる訳であるが、映画やTVではこのエンドマークで終わりをつげてしまう。しかし、人生というストーリイの第2章はこれから開くのである。
 しかし、よく考えてみると、星の数ほどいる男女の中で、
「このひと!!」という相手にめぐり合うのは至難の業である。3億円の宝クジに当たるより難しいといっていいのかもしれない。それにラブストーリイ進行中であれば《あばたもエクボ》となるが、エンドマーク後とならば《エクボもあばた》となってしまい、今「このひと!!」が将来「あんなひと!!」になりかねないのである。
 だけど、将来にわたって「このひと!!」的相手になるかどうかは、今は分からない。だから、ミステリイ作家ディック・ロクティが《眠れる犬》の中で

おれは結婚したことがある。1度ならず3度まで。1回目は若き日の過ち。2度目は中年の好奇心のためだ。3度目は――そう、3度目はいわば老年期の愚行で、おれは貴重な人生のうちの10年を奪われ、貴重な経験をえた

と、書いているようなことが起こるかもしれないのである。
 だけど、それが人生というものであろう。「絶対ガチガチ本命このひと!!」的相手に巡り合うなんてことは、ハレークインの世界にしかないと思えば、
「ウーンまあまあこのひと!」的相手であっても素敵と思って結婚し、人生賭けてみることである。
 そう、結婚はラブストーリイのエンドマークではなく、人生のクラン・クインなのだから。

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