さようなら 河野裕子さん

 歌人の河野裕子さんが8月に亡くなった。64歳。早すぎる死である。まだまだ生きていて欲しかった歌人でもある。
 私は、2005年12月15日のプログ「悲しき濡れ落ち葉」に、彼女の歌を引用したことがる。

たとへば君 ガサッと落葉すくふやうに私をさらって行ってはくれぬか

 鮮烈なこの歌に出会った時、私はタジタジとなったけれど、こんなに爽やかな啖呵を切られたら、ウンウンと云いそうな気もする。 
 この歌は、1972年に出版された彼女の処女歌集『森のように獣のように』に掲載された歌である。
 この歌集のあとがきに『これは私の青春の証である。他にも生き方があったのではなく、このようにしか生きられなかったのである。悔いだらけの青春ではあるけれども、もういちど生まれて来ても、今日まで生きて来たのと同じ青春を選び取ろう』とあるように、迷うことなく、心のままに歌を詠んできた彼女は、恋の歌人としても有名だが、この歌から感じられるように強い人でもある。
 「勁い人」と評した人がいたけれど

わたしはまつ直に立って此処にゐる風がなくてもそよいだりして

 と、あるように風にそよぐ鋭い感性の持ち主でもあったと思う。もう、彼女の新しい歌を読むことも出来なくなったが、ここで彼女が詠んだ青春と恋の歌を紹介して、彼女を偲ぶことにする。

ブラウスの中まで明るき初夏の日にけぶれるごときわが乳房あり

逆立ちしておまえがおれを眺めてた たった一度きりのあの夏のこと

透明を重ねゆくごとき愛にして汝は愛されることしか知らぬ

夕闇の桜花の記憶と重なりてはじめて聴きし日の君が血のおと

炎ゆる髪なびかせ万緑に駆けゆきし青春まぎれなくま裸なりき

青林檎与えしことを唯一の積極として別れ来にけり

吾が為に薔薇盗人せし君を少年のごとしと見上げてゐたり

わが頬を打ちたるのちにわらわらと泣きたきごとき表情をせり

振りむけばなくなりそうな追憶の ゆふやみに咲くいちめんの菜の花

さやうなら きれいな言葉だ雨の間のヒメシバの茎を風が梳きゆく

 ※ 河野裕子ーーー1946年生まれ。京都女子大学在学中に第15回角川短歌賞受賞。「塔」会員。歌集「ひるがほ」「桜森」「体力」「葦舟」等多数。

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