1000年の時を超え


NHKの大河ドラマ「光る君へ」が放映されてから、「源氏物語」が1000年の年をこえて脚光を浴びてきたが、北九州市立文学館でも8月10日に「山崎ナオコーラさん トークライブ~ミライの源氏物語~」の特別講演会が開催された。
文学館館長の今川英子先生が聞き手となってのトークライブである。

講師の山崎ナオコーラさんって、なんだかヘンテコな名前と思っていたが、冒頭に今川英子先生が、ナココーラさんに名前のいわれを聞いた時、たちまち疑問解消、嬉しさ100倍!!!

ナオコーラさん曰く「わたしの名前はナオコ、コーラが好きだからナオコーラ」と、アッケラカン。
私、それを聞いてたちまちナオコーラさんのファンになってしまった。

と、いうのは、私、コーラ大好き人間なのである。
今からほぼ60年ほど前、花の東京で華の学生時代を謳歌していた頃、喫茶店に行くと「これアメリカの飲み物、日本で新販売のコカ・コーラ、タダだから飲んでみて」と云われて「ヘンな味」と云いつつ、喫茶店に行けばタダ・コーラを飲んだのが運の尽き。
タダは3か月で終了したけれど、何故かクセになり喫茶店に行くと、コーヒーを差し置いて「ハイ、コーラ」となる始末である。アホまるだし。コーラにおかされてしまった。

わが家では、私、アルコールダメ男なので、アルコールごとき飲み物は置いていないが、冷蔵庫にはコーラがいつもたくわえてある。

ナオコーラというヘンテコな名前をつけたのは、性別を曖昧にするためだとのこと。ウン、納得。
私、アンケートなどの書面に性別の欄があって「男」か「女」の〇を付けるようになっているのが多い。どうでもいいことかもしれないけれど、性別を区別する必要があるのかと???しているので、ナオコーラさんの「ジェンダーっておかしいよ」との思いを、ペンネームで表現するなんて流石である。
私、それを聞いてたちまちナオコーラさんのファンになってしまった。

それから、ナオコーラさんの趣味は「育児」だそうである。高尚な趣味を持っているのがエライ作家の方々と思っているのに「育児」とアッケラカン。
親しみ抜群。私、それを聞いてたちまちナオコーラさんのファンになってしまった。

文学館で特別講演会が開催されるとき、いつも講師になった作家の本の即売があり、買った本にその作家がサインをしてくれることになっている。
私は文学ミーハーだから、必ず本を買ってサインをもらっているので、今回も、買った本にサインして貰ったのは当然である。
置いてあった多くの本の中で、買ったのは無論「ミライの源氏物語」。サインは「森荘八様 ありがとうございます  山崎山崎ナオコーラ」うれしい・・・だけでは終わらなかったんですね。
なんと「山崎ナオコーラさんと写真を撮ってもいいですよ」との由。うれしさ200倍。我が生涯にとって最初で最後の有名人とのツーショットとなるに違いない。
たちまちナオコーラさんのファンになってしまった。

そこで、この記念すべき写真を披露することにした。エッヘン。ウン、凄いでしょ。

山崎ナオコーラさんの「ミライの源氏物語」についてトークは、アッケラカンにしてとってもユニーク。楽しいトークライブになりました。

夢旅人の7月15日の「艶っぽくって」に、私の本棚に鎮座している谷崎潤一郎の「新々訳 源氏物語」全11巻を読むことにすると宣言したものの、ツン読してあったクイーム・マクドナルドの「平凡すぎて殺される」などの海外のミステリー本4冊をようやく読み終わって、今から「谷崎潤一郎の源氏物語」にかかれるようになったばかりである。

それで、今回のトークライブを聞いたうえで、購入した「ミライの源氏物語」を読むと、今から読む「谷崎潤一郎の源氏物語」について・・・そう、深読みが出来そうです。楽しみ・・・。

ウーン、山崎ナオコーラさんにお願い。「源氏物語」を「ミライ」でなくて「今」訳してくださいね。

※ 山崎ナオコーラさんーー北九州市生まれ。2004年に「人のセックスを笑うな」で文芸賞受賞し作家デビュー。エッセイ「ミライの源氏物語」はBUNKAMURAドゥマゴ文学賞受賞。新刊「あいらめる」など著書多数。

すべての人につたえたい

今日は8月15日。終戦記念日。

広島で原爆が落とされ142.000人の人々が死亡し、長崎で原爆が落とされ71,000人の人々が死亡、その213.000人の犠牲があってようやく降参した日本。

しかし、広島に原爆が落とされる前に、多くの都市で焼夷弾がばらまかれ、すでに200.000人の人々が亡くなっているのである。

そして沖縄が焦土化し、世界一を誇る戦艦大和が巨大な大砲を1発も撃つことなく撃沈されているというのに、どうして「降参」の白旗をいさぎよく挙げなかったのか・・・。

もし、沖縄で惨敗した時点で白旗を挙げていたら、原爆が落とされることもなく、213.000人の人々が無残に殺されることもなかっただろうに・・・。

詩人堀場清子さんが、疎開先の広島で原爆を悲惨さを目撃し「その空が・・・」と詩を残した。
長い詩で読むのも辛い詩。でも、詩の冒頭に「すべての人につたえたい」と書いてある。
だから、読んで下さい。これが原爆なんですから・・・。。
   

その空が・・・   堀場清子

すべての人につたえたい

百万の眼穿が雨にうたれ 陽にやかれ
しらじらと見あげていた
  その空がどんなに青かったかを

死んでしまった胎児らの網膜に
一瞬 永遠の深さでやきつけられた
地獄よりもひどい地獄 爛れた大地のうめき声を
黙然と包んでいた
  その空がどんなに青かったかを

山脈をはるかにこえて 毒茸のように
純白のパラシュートが流れていった
  その空がどんなに青かったかを

二日目 蒼黄色に膿がながれた
三日目 生きながらウジがこぼれおちた

くるひもくるひも死の蝶の羽うらで
産卵のように死体がふえた

廃墟の町の夜々を
にんげんの脂が明るくてらした

まひるま 川原の砂のくぼみに
だれともしれない灰がつもった

生きながら焦がれた苦しみが 死んでふたたび焼かれるとき
ほのあおい気体となまぐさいにおいになって
生き残ったものの鼻孔に弱々しい訴えをした
くるひもくるひも
〝水清い〟太田川の流れにそって
林のように かいもない祈りのように
ほそぼそと煙がのぼり
つめたく晴れた空のただなかで
ゆれてはとけた

ひと夏を死体の煙でやしなわれた
その空がどんなに青かったかを

 ※ 堀場清子ーー1930年~、広島県生まれ。現代詩人会、詩集「首里」他多数。

100年の時を超え

北九州市立文学館で竹久夢二生誕140年を記念して「〝かわいい〟のパイオニア 竹久夢二展 大正浪漫のマルチクリエイター」の開会式が7月20日10時から開催され、私、文学館友の会のメンバーでもあるので出席した次第である。

文学館で特別企画展で取り上げられるのは、ほとんどわが街北九州市にかかわる文学関係の人々。
「竹久夢二は画家なのに???」とか、「夢二と北九州市???」とか、疑問符付きで出席したものである。

私、男だから美人大好き。だから竹下夢二の絵大好き。夢二の描く大きな眼にしなやかな身体など、ホレボレ見ている。要するにミーハー。

開会式で、今川英子館長の挨拶を聞いたら2つの「???」がたちまち解消!!!
いつも特別企画展での今川英子館長のお話は、文学にド素人の私にでも、いつも簡潔にしてすこぶるわかりやすく、素晴らしい。

夢二は、当初、詩や絵に添える文章など書いていたそうである。夢二は

「ある時ふと詩の替わりに画で自分の心を語ろうとした。ところが文字よりも線の方が自分の情緒を語るのに的しているように思われた」

恋多き夢二は、親しまれている歌「宵待草」を作詞したり、大正時代に「かわいい」というキャッチコピーを作ったりして、詩人、グラフィックデザイナー、翻訳家、小説家など画家の範疇を超えたマルチクリエイターとのことである。
ウーン、夢二は画家オンリーではなかったんだ。ハイ。

それに夢二は16歳の時、竹久一家は明治33年に岡山県瀬戸内市からわが街北九州市の八幡東区枝光に移転し、1年ほど八幡製鉄所で製図筆工として働いたものの、家出して上京したとのこと。
枝光には遊歩道に「夢二通り」があり、そこに夢二の絵などを掲載した大きな「モニュメント」や「文学碑」、JR枝光駅の駅名表示板には「宵待草」の原画を使っているなど夢二がいっぱい・・・私、ちっとも知らず失礼しました。
ウーン、夢二はチョッピリだけど、わが街北九州市に住んでいたんだ。ハイ。

開会式では北九州市都市ブランド創造局長の井上保之さんなどのご挨拶があり、テープカットのあと学芸員さんの説明で展覧会場を一巡。美人画をはじめ多くのジャンルにわたる夢二の作品をたらふく解説付きで見て回り、大大満足。

11時から夢二研究家として知られる大平直樹さんの「開会記念講話」があった。
大平先生のお話は、いわゆる美術評論家の絵画の専門的な解説ではなく、とってもユニークなお話が散りばめられて、ニコニコ&ニコニコ。
なかでも、一番心に残ったエピソ-ド・・・夢二が結核にかかり、八ケ岳山麓にある富士見高原診療所の文芸仲間である所長に招かれ療養したが、看取る人もなく1934年に亡くなったそうである。享年49歳。

だが、亡くなって3年後に、たまたま診療所が求人募集をして採用した女性が、こまめに働いてくれるので、所長がねぎらいの言葉をかけたところ、夢二が結婚したものの3年後に離婚した〝たまき〟という女性と分かったそうである。〝たまき〟さんは
「夢二が亡くなった場所と聞いて、せめて夢二のお世話をさせて貰っているつもりで来ました」とのこと。
とってもいい話である。

※ 竹久夢二展は9月23日(月・振休)まで開催。
文学館友の会は、私にような文学ド素人でも入会出来ます。いろいろ特典がありますので、どうぞ入会のほど・・・。
北九州市立文学館 電話番号 093-571-1505。

艶っぽくて・・・

わが家では、テレビはズズズーイと昔からNHKの大河ドラマと紅白歌合戦は、何が何でも見ることになっている。面白くなくても、知らぬ歌手がゾロゾロ出てきても、何故か見なければならぬ。

今年の大河ドラマは吉高由里子さん出演の「光る君へ」。1000年前に源氏物語を書いた紫式部が主役となるドラマである。
NHKの大河ドラマは戦国時代の武将が定番となっているので、色恋沙汰あふれる源氏物語なんてなんと場違い・・・きっと視聴率最低と思っていたら、これが凄い!!!

朝日新聞の金曜日テレビ版に、20位までのテレビ視聴率が毎週掲載されている。なんと凄いことに「光る君へ」はこの欄の常連となっている。10位以内もしばしばある。今迄は大河ドラマが20位以内に入るってこそは、ほんのチョッピリであった。
これって、大河ドラマを見るなんて「アホみたい」と、見向きもしなかった女性諸君が、色恋沙汰の源氏物語なら見てみようと思ったのに違いない。

色恋沙汰溢れるストーリーを書く紫式部は、それなりの色恋沙汰あふれる女性であろうと思っていたので「光る君」で紫式部を演じる俳優さんも、きっと色恋沙汰あふれる女優さんがなるに違いないと期待していたら、これが吉高由里子さん。

私は邦画もTVドラマも、よほど話題にならない限り見ることはない。だから、吉高由里子さんって初めて聞く名前で、出演した映画もTVドラマも見たことはない。
最初の頃は、吉高由里子さんて色恋沙汰とはほど遠い清潔感触れる女優さんと見ていたら、なんと放映の回数を重ねるごとに、彼女、お色気あふれる女性に見えてきたのである。

お色気といっても、エロっぽいお色気ではない。ほのかににじみ出るお色気である。
源氏物語は、色恋沙汰をストレートに描いてあるのではなく、和歌などに託して恋心を訴えるといった、ほのかににじみ出る色恋沙汰を書いた小説らしい。それなら、吉高由里子さんは紫式部ぴったり。はまり役であろう。

彼女がキスをするシーンが何度かあったが、彼女の艶めかしい顔にうっとり。ウーン、すっごく素敵!!!

それに、ドラマの最初に出演する俳優さんやスタッフのクレジットが出てくるが、そのバックの映像に女性の手のひらがアップされて何度も出てくる。
それが、なんと艶めかしいこと・・・。きっと吉高由里子さんの手のひらに違いない。手のひらに艶めかしさを感じさせる女優さんて凄い。彼女のファンになることにしよう。

大河ドラマのクレジットのバックの画面は、いつもおどろおどろしい画面が映し出されるものだが、「光る君へ」のテーマを女性の手のひらで表現させた映像スタッフも凄い、

何の取り柄のない私は、55歳の定年になったら・・・昔は55歳が定年・・・本でも読むかと、30歳になったころから、全集物を、見境もなく買いあさり、私の本棚には13セット、233冊の全集が鎮座している。

その中に、昭和39年に・・・今から60年前・・・箱入りで中央公論社から発行された谷崎潤一郎の「新々訳 源氏物語」全11巻がある。
無論、買った時はパラパラと頁をめくってはいるものの、以後本棚で60年間冬眠。

恥ずかしながら、私、71歳で仕事を辞めたものの、以後、昨年85歳になるまで、自治会等アレヤコレヤ仕事をさせられていたので、読んだのは「世界ミステリ全集16巻」迄である。

しかし、今回「光る君」の放映とあって「新々訳 源氏物語」を取り出してみたら、11巻目は別冊となっていて「隆能源氏物語絵巻」が現代語訳で掲載され・・・これってすっごくイイ!!!・・・あとは各種資料が満載されていた。

第1巻を開くと、挿絵も挿入されていて、1頁の「桐壺」の出だしの文章は、

「何という帝の御代のことでしたが、女御や更衣が大勢司候していました中に、たいして重い身分ではなくて、誰よりも時めいているお方がありました。」

漢字には全て振り仮名が付いてあり、うれしいことにはすこぶる読みやすい。私の残り時間はほんのチョッピリだから、今から読む全集の優先順位がら除外していた「新々訳 源氏物語」を読むことにした。

ウン、これも吉高由里子さんあってのこと。「光る君へ」は、私の読書計画にまで多大な影響を及ぼすドラマになってしまった。

夢物語

与党のオエライさんの悪知恵をのせて・・・ン? 失礼、与党のオエライさんの希望をのせて「改正政治資金規正法」がめでたく成立した。

1988年のリクルート事件後「企業・労働組合・団体などから政党・政治団体への政治献金を制限する代償」として、政党交付金を国庫から支給することが決まった。

かくして、毎年約310億円前後の交付金が9党に、自民党には160億円前後の交付金が支給されているにもかかわらず、岸田ソーリ曰く「政治にはコストがかかる」から、160億円ポッチでは政治活動に支障が起きるとのお言葉である。

しかし、本来であれば国から160億円で政治活動をしなさいと決められているのだから、その範囲で政治活動をしなければならないはずである。

我々しもじもの人間は、収入が少なければやりくりして収支を合わせるしかないが、なにしろオエライさん達は頭脳明晰ときているから、パーテイーを開いてパーテイー券を押し売りし・・・ン、訂正、パーテイー券を販売して活動資金を稼ぐことを思いついたのであろう。

30年ほど前、私が単身赴任で東京支社で勤務していた時、会社は3人のオエライさんと付き合いがあり、その秘書様が毎年パーテイー券を持って来たものである。
総務部長であった私が対応していたが、秘書様はオエライさんの使いで来たのだから、やはりエライのである。だから「パーテイー券を買って下さい」などというお願いムードなしで、当たり前の顔をして
「ハイ、パーテイー券5枚」と封筒を差し出されると、断るなんて失礼なことが出来る訳がない。
「わざわざお出で頂きありがとうございます」と、私の方が頭を下げてパーテイー券の代金を差し上げるような仕組みになっている。

なじしろ、秘書様はアチコチ回らねばならぬので忙しい。お茶を出す暇もなく5分位で取引終了。営業活動なんて皆無。

パーテイー券は買うだけでいいのである。オエライさんにしてみれば、参加者が少ないほどホテルに対する支払いも少なくてすむから、秘書様は「パ-テイーに来て下さい」なんて余計なことは言わない。
しかし、私、単身赴任である。晩メシは自分で作らねばならぬ。パーテイーは3か所とも一流ホテル。私、ニコニコとパーテイーに出かけ、オードブル形式で出された豪華なご馳走をたらふく食べるようになっている。

どこの会社も、自動的に支払うようになっていると思うので、営業努力なしでノルマ以上の売り上げがあるのは当然であろう。
かくして、まっとうな政治活動だけでなく、胡散臭い政治活動をするためには「お小遣い的」に気ままに使えるお金が必要となるが、頭脳明晰なオエライさんはノルマ以上のパーテイー券の売り上げがあったら、ポケットに入れようと考えるのは当然の成り行きであったに違いない。

53人の「ポケットにポイ」のオエライさんは「胡散臭い政治家活動に使ったなんてとんでもない。まっとうな政治活動に使いました」と云うのなら「政治倫理審議会」に出席して、支出明細と領収書を提示すればいいのに、誰も出席しないってことは、胡散臭い使い方をしたと白状したと同然である。

オエライさんって「政治倫理審議会」に出席して「申し訳ない」と頭を下げることも出来ない無責任人間?

お店の売り上げを計上していないのがバレた時、売り上げを修正しても脱税に問われるが、オエライさんはポケットに入れたお金を、会計帳簿に計上さえすればおとがめなしになっているらしい。

「改正政治資金規正法」を作っても頭脳明晰にして思慮遠謀なオエライさんのことだから、あの手この手を駆使して抜け道を見つけるに違いない。
だから、今迄とおりパーテイーをやって「お小遣い」的にお金を使い、10年後に「ナントカ料亭」や「カントカ百貨店」や「支払先未記入の謝礼金」など不可解な領収書が出てきても、
「10年前のことですから、支出した目的など覚えていません。しかし政治活動として使ったに違いありません」と言われたら追求のしようがない。これにてチョン。

だから、パーテイーを禁止すれば、有象無象の問題は全て解消するだろうが、多数決を誇る与党OKする訳がない。夢物語である。