政治は数

衆議院が解散され、国会議員のオエライさんたち465人の首が飛ばされた。

そりゃ、自民党のオエライさんたちは、自分達が選んだ人の命令だから致し方ないかも知れないが、可哀そうなのは内閣や官邸のオエライさんと野党のオエライさんたち。今から本領発揮とばかり張り切っていたのに、1年足らずに首を切られるなんて、ホント、可哀そう・・・。

1年ちょっと前の選挙の時、オエライさんからタダの人に成り下がり、有り金をはたいて・・・でもないか・・・立候補してニッコロ笑って会う人ごとに頭を下げてまわり、ようやく当選して頭を下げてもらえるオエライさんになった途端、首だなんて・・・。

高市ソーリのことだから、解散理由の説明の時は、スゴイことを言うのだろうと期待していたら、「自民党」という言葉より「高市早苗」を連呼。今まで主張していた政策をエンエンと話すだけなので、チョッピリ退屈していたら最後のスゴイことを言いました。

高市ソーリ曰く、選挙で過半数を取れなかたら総理の進退をかけます。だから、今度の選挙は「高市早苗」を選ぶか「野田佳彦」や「斎藤てつお」を選ぶかの選挙ですだって・・・。

これにはドッキリ!!!
一瞬、野田総理とか斎藤総理より高市早苗と思ったが、高市早苗が辞めたら、自民党内部から総理を選ぶだけなので、野田総理とか斎藤総理なんて目は全くないと気が付き・・・さすが高市ソーリです。ごまかされそうになりました。

でも、これって高市ソーリの人気投票をするっていうことでしょ。野党の皆さん、人気投票のために首になったなんて、も一度言うけど、ホントお可哀そう・・・。

それに、短期間に選挙に突入することになったので、選挙はまだと思って油断していたオエライさんはもとより、選挙を実施する事務方は、1年間で最も忙しい年度末なのに、バタバタアタフタ×バタバタアタフタとなって、上に下に大騒ぎ。

18歳以上の人には選挙権が与えられているのに、受験勉強でそれどころではない学生さんや、想定外の大雪が降って投票に行かれない人が出るかもしれないのに、どうして、今、選挙するの?

ハイ、わがニッポン国で一番エライ高市ソーリは、そんなこと先刻承知のうえ。

高市ソーリから、公約をズラズラーと並べてアレをしますコレをしますと言われ、皆々さんが期待に胸を躍らせているうちに選挙はやらなければならないのです。

私、ドンパチ映画大好き人間。映画館で予告編を見て「スゲー、ドンパチ シーンいっぱい」と思って映画を見に行ったら「ナーンだ、ガッカリ」ということがあるんですね。

これと同じように、本予算を通して実績が出なかったら「ナーンダ、高市ソーリって口だけ」になって「猿も木から落ちる」ことになるでしょ。だから予告編のうちに、皆々さまが期待に胸を躍らせているうちに・・・そう、実績など出る前に選挙はやななければなりません。

エ? 何? それって「ゲスの勘繰り」だって・・・。
そう「高市ソーリってわがニッポン国で一番エライ人ですから、そう八さんのような平々凡々人には考えもつかないような高尚な理由で解散したんだって」
フーン、そうなんだ。反省することにしよう。

立憲党と公明と合併して新党を作ったので、与党のみなさん、理念もない選挙の前の当選者数目当ての「野合」といっているけど、自民党も支持率最高の時に選挙して単独過半数の当選者数目当ての選挙で、どっちもどっち。

でも、いくら高尚な政策を掲げても民主主義は多数決。多数を占めなければ「高尚な政策」も「絵にかいた餅」。
多数を占めるのは、政党で一番大事な骨幹をなすべきものです。多数を占めるために策略をこらすのは、政党としてとうぜんのことなんです。文句を言ってはダメなんですね。

権力を持つと、しがみつくのは人間の業。普通のオエライさんでも、常時頭から離れないのは、わがニッポン国のことだはなくて、次の選挙に当選すること。
まして、わがニッポン国の総理になることを目的として生きてきた高市ソーリが、総理の椅子にとどまるのはどうしたらいいかと考えているには当然のことでしょう。

許せないのは・・・ 2

今日の夢旅人は、前回に引き続きテレビで見る映画番組とドラマです。

4月には、スゴイことには私の映画の見方を変えた映画が2本も放映された。2本ともテレビで何度も放映されてきているが、しっつこくしみじみ見ることにしている。

NHKBSで「セーラー服と機関銃」が放映。私の趣味は「映画」だけど、44年前に上映されたこの映画を見るまでは、ただ漫然と映画館通いをしていたのである。

この映画は薬師丸ひろ子の「可愛い」という前評判につられ、私、可愛い大好き人間なので見にいったところ、彼女が
「快感!!!」と叫びながら機関銃をぶっ放すシーンを見た途端、私の好みは「ドンパチ映画」に一変してしまった。

以来「ドンパチ映画」を見てテキがバタバタ倒れると「快感!!!」と心の中で叫ぶ。すこぶるイイ気分!!! ストレス解消このうえなし。

2本目はNHKBSで放映された映画「怪盗ルビー」。37年まえに上映されたこの映画の原作はヘンリー・スレッサー。ミステリィ大好き人間なので原作は読んでいたし、監督はお洒落なカットで有名な和田誠。何が何でも「見なきゃ」と行ったところが、なんとアイドルの小泉今日子が主演。

小泉今日子といえば、突飛な装いでキョンキョンとしか知らなかったが、映画では場面が変わるごとにお洒落な装いで登場し、アッケラカンと演じて可愛いさいっぱい魅力いっぱい。そして相手役の真田広行と交わす軽妙な会話にすっかり魅せられてしまった。以来、私は小泉今日子は歌手でなく俳優であると信じている。

ドラマはNHKの大河ドラマを見ることになっているので、面白くないと云われていても見るのが我が森家の伝統である。

「ドンパチ ドラマ」などは、わがニッポン国は世界に冠たる安全な国となっているので「アホみたい」と差別されて制作されないことになっている。放映されるのはせいぜいピストルを一発ぶっぱなすくらいの刑事ものぐらいである。これって「アホみたい」だから見ない。

「恋愛ドラマ」は、自分が愛した恋したというのならともかく、他人の愛した恋した物語である。別世界の出来事としか思えぬので「アホみたい」に思える。だから見ない。

シリアスな人生を描くようなドラマは、シリアスな人生を生きているのに、今更テレビでダメ押しして見ることはなかろうと思って、これも見ない。

とはいえ、ドラマをまったく見ないことはない。なんと、4月から小泉今日子が出演する「続・続・最後から二番目の恋」第3話の放映がフジテレビ系で始まった。じっくりしみじみ見るために録画して見る。

11年前、新聞の番組頁の「最後から二番目の恋」というお洒落なタイトルに目が止まり、出演者を見るとなんと小泉今日子が出演。
心ふくらませてみると、タイトルどおり素敵いっぱいのドラマとなっていて、ますます小泉今日子が大大好きになってしまった。
以来「続」も次の「続」も見たのは当然のことであろう。

今回の「続・続・最後から二番目の恋」見ると、まずタイトルの文字の書体は私好みの書体で素敵! それにドラマの最初と最後にタイトルや出演者が打ち出される場面のカットがすこぶる付きにお洒落!! それが「一見 和田誠」風!!! センスいいなと、感服した。

彼女はテレビ局のプロデューサーを演じ第1話の時から年を重ねもう定年前になっているけれど、年齢に合わせたその装いはやっぱりお洒落!!!
鎌倉市役所を定年となって嘱託として働いている中井貴一とのほのぼのとした関係がさりげなく描かれているうえに、テンポよく軽妙洒脱な会話が飛び交って、心ほんわりとニコニコしてしまうドラマである。

もう第5回まで進んできたけれど、最後は「めでたし目出度し」とならずに「続・続・続・最期から二番目の恋」が放映されるようにして欲しい。

かくして、私、テレビで見る番組は限定されているので、毎日ヅヅヅーイとテレビのとりこになっている訳ではない。
毎日見るのはニュース番組だけ。

トランプ大統領が、毎日のようにテレビに姿をみせているが、
許せないのは、ローマ法王の逝去に伴いコンクラーベが行われるというのに、トランプ大統領自身がローマ法王の衣装を着た合成写真をメデアに公表した場面。冗談にもほどがある!!!

許せないのは、トランプ大統領が演説会場で、両手を握りしめお尻を振りながら満足気にステップを踏む場面。大統領の品位なんてマルッキリなし。これって世界冠たるアメリカ大統領の仕草!!!

100年の時を超え

北九州市立文学館で竹久夢二生誕140年を記念して「〝かわいい〟のパイオニア 竹久夢二展 大正浪漫のマルチクリエイター」の開会式が7月20日10時から開催され、私、文学館友の会のメンバーでもあるので出席した次第である。

文学館で特別企画展で取り上げられるのは、ほとんどわが街北九州市にかかわる文学関係の人々。
「竹久夢二は画家なのに???」とか、「夢二と北九州市???」とか、疑問符付きで出席したものである。

私、男だから美人大好き。だから竹下夢二の絵大好き。夢二の描く大きな眼にしなやかな身体など、ホレボレ見ている。要するにミーハー。

開会式で、今川英子館長の挨拶を聞いたら2つの「???」がたちまち解消!!!
いつも特別企画展での今川英子館長のお話は、文学にド素人の私にでも、いつも簡潔にしてすこぶるわかりやすく、素晴らしい。

夢二は、当初、詩や絵に添える文章など書いていたそうである。夢二は

「ある時ふと詩の替わりに画で自分の心を語ろうとした。ところが文字よりも線の方が自分の情緒を語るのに的しているように思われた」

恋多き夢二は、親しまれている歌「宵待草」を作詞したり、大正時代に「かわいい」というキャッチコピーを作ったりして、詩人、グラフィックデザイナー、翻訳家、小説家など画家の範疇を超えたマルチクリエイターとのことである。
ウーン、夢二は画家オンリーではなかったんだ。ハイ。

それに夢二は16歳の時、竹久一家は明治33年に岡山県瀬戸内市からわが街北九州市の八幡東区枝光に移転し、1年ほど八幡製鉄所で製図筆工として働いたものの、家出して上京したとのこと。
枝光には遊歩道に「夢二通り」があり、そこに夢二の絵などを掲載した大きな「モニュメント」や「文学碑」、JR枝光駅の駅名表示板には「宵待草」の原画を使っているなど夢二がいっぱい・・・私、ちっとも知らず失礼しました。
ウーン、夢二はチョッピリだけど、わが街北九州市に住んでいたんだ。ハイ。

開会式では北九州市都市ブランド創造局長の井上保之さんなどのご挨拶があり、テープカットのあと学芸員さんの説明で展覧会場を一巡。美人画をはじめ多くのジャンルにわたる夢二の作品をたらふく解説付きで見て回り、大大満足。

11時から夢二研究家として知られる大平直樹さんの「開会記念講話」があった。
大平先生のお話は、いわゆる美術評論家の絵画の専門的な解説ではなく、とってもユニークなお話が散りばめられて、ニコニコ&ニコニコ。
なかでも、一番心に残ったエピソ-ド・・・夢二が結核にかかり、八ケ岳山麓にある富士見高原診療所の文芸仲間である所長に招かれ療養したが、看取る人もなく1934年に亡くなったそうである。享年49歳。

だが、亡くなって3年後に、たまたま診療所が求人募集をして採用した女性が、こまめに働いてくれるので、所長がねぎらいの言葉をかけたところ、夢二が結婚したものの3年後に離婚した〝たまき〟という女性と分かったそうである。〝たまき〟さんは
「夢二が亡くなった場所と聞いて、せめて夢二のお世話をさせて貰っているつもりで来ました」とのこと。
とってもいい話である。

※ 竹久夢二展は9月23日(月・振休)まで開催。
文学館友の会は、私にような文学ド素人でも入会出来ます。いろいろ特典がありますので、どうぞ入会のほど・・・。
北九州市立文学館 電話番号 093-571-1505。

明日を信じて

昨日も今日も、屁理屈的にはちっとも変わりはないけれど、だけどお正月。まずは

明けましておめでとうございます。

私にとって、ひとつ歳を取るっていうのは、人生の残り時間がそれだけ短くなったということでしょ。だから、
「明けましておめでとうございます」なんて言われても・・・なんて、嫌味なことは言わないことにしましょう。なんたってお正月なんですから。

私、今年85歳。75歳の後期高齢者をあたふたしながらもスイスイと過ごし、80歳の末期高齢者をなんとかかんとかスイと過ごして、遂に85歳の終末高齢者となりました。90歳の終了高齢者までヤットコサットコ生き延びても、私、赤ちゃん返りになっているでしょうから、エンエン生き延びるのも問題です。ハイ、ホドホドに生き延びていきます。

ニコニコハートでお正月を迎えた人もいるでしょうけれど、
でも、諸星詩織さんの短歌にあるように

寂しさと貧乏だけがある部屋を お正月がのぞいています

という人もいらしゃると思います。
今、「お正月もへちまもあるか」とうそぶいておられるかもしれませんが、でも、正月ですから、宮脇欣子さんの詩「積木」のように、明日を信じて・・・ね。

積 木

あすの日に
昇る朝日があるように
わたしの未来にも
よろこびの声にめざめる
朝の訪れが必ずくることを信じ
わたしは 今日の日を生きていく
積み重ねては 築きいく
積木のように わたしは

わたしの人生を
一つ一つ力一杯
積み重ねていく
今日という この日を
色づかせながら

あすの日に
咲く花があるように
私の未来にも
幸せの花があざやかに咲き
ほころぶ日の訪れが必ずくることを信じ
わたしは 今日の日を生きていく
踏まれても 踏まれても

芽を出す 雑草のように
私の人生を
一歩一歩力強く
歩いていく
苦しみと手をとり
語りあいながら

※諸星詩織ーー本名 糸満久美子。 1949年沖縄生まれ。詩集「憑かれた口笛」「愛ポポロン」など。
宮脇欣子ーー盲目の詩人。NHK第一放送の「朝のポエム」で「今を生きる」という詩が朗読された。1971年わたぼうし音楽祭で入賞し毎日新聞社賞を受賞した。掲載の詩は詩集「だから お母さん」より。

※このプログの「ご挨拶」のページに、私の近況などを綴った今年の年賀状を掲載しております。ご一読頂けたら幸甚です。

ゴールデンウイークをどうぞ

5月。10連休のゴールデンウイークがスタート。なんと素敵!!!

とっても年寄り私などは365連休だろうから、ゴールデンウイークは関係なかろうと思われるかもしれませんが、とんでもハップン!!!
スマホのスケジュール表で、プライベートを含めると空白な日は3月も4月も三日だけという散々たる有様。

エ? 何?「それってプライベートがほとんどでしょ。イイ年をして遊びすぎ」・・・だって。
ウーン、まあ、花見は4回だけ(弁当付きは2回、すみません)映画は4本のみ、演奏会は1回だけ、その他エトセトラ・エトセトラだけで・・・後は仕事がらみ。

ホントです。これでも私、自治会と老人クラブの会長、老人クラブ連合会の会計&副会長をやっているものだから、年度末と年度初めは会議と行事がいっぱい。

でも、私、84歳の末期高齢者でしょ、「男の死にどき」の真っただ中。そして来年は85歳の終末高齢者となって、天の彼方から「もういいよ」と言われゴールすることになっているそうです。
だから、なけなしの余生を楽しむため、背負い込んでいる3団体は85歳までと断言していますので、それからは夢の365連休となるに違いありません。
ウーン、あといくつゴールデンウイークを迎えられるのでしょうか???・・・トホホホホ。

そう、竹内まりやの「人生の扉」にあるように

満開の桜や 色づく山の紅葉を
この先 いったい 何度見ることになるだろう

4月でようやく仕事のケリはついたし、ここで、わが生涯最後の・・・ではないと念じて・・・ゴールデンウイークを満喫しようと思ったけれど、TVで観光地の様子を見ると、こりゃとっても年寄りの出る幕ではないとガマンがまん我慢の連続!!!

そこで、貴重な10連休を、私の大好きな井上陽水や中島みゆきを聴きながら、ツン読していたミステリー・・・ギリアン・ロバーツの「死体と一緒にヴァケーション」とローレンス・ブロックの「殺しのリスト」に土屋賢二のユーモア・エッセイ「日々是口実」を読破し、録画してある懐かしの洋画・・・「黄色いリボン」や「北北西に進路を取れ」とか「ティファニーで朝食を」など6本をしみじみ楽しむことにしましょう。

そして、井上陽水の「5月の別れ」をどうぞ・・・ネ、これって5月がピッタリでしょ。私の大好きな歌!!!

5月の別れ

風の言葉に諭されながら
別れゆく二人が五月を歩く
木々の若葉は強がりだから
風の行く流れに逆らうばかり

鐘が鳴り花束が目の前で咲きほこり
残された青空が夢をひとつだけ
あなたに叶えてくれる

いつか遊びに行きたいなんて
微笑みを浮かべて五月の別れ
月と鏡はおにあいだから
それぞれにあこがれ 夜空をながめ

星の降る暗がりでレタスの芽がめばえて
眠りから醒めながら夢をひとつだけ
あなたに叶えてくれる

果てしなく星達が訳もなく流れ去り
愛された思い出に夢をひとつだけ
あなたに残してくれる