祭りだ! わっしょい!! 夢をありがとう!!!

 東京オンリピック 決定!!!
 とにもかくにも良かった。
 IOC総会のプレゼンテーションで我がニッポン国のソーリが、原発の汚染水について大ハッタリ・・・ン? ゴメンナサイ、訂正します・・・見栄をはって啖呵を切ったでしょ。
 これって凄いことデス。
 だって、7年後にクリーンな福島を見せなかったら、わがニッポン国のソ-リは、世界に恥をかくことになるでしょ。だから、何が何でも、経済のことは差し置いてでもクリーンな福島を目指し、「経済のソーリ」から「福島のソーリ」に大変身。粉骨砕身、初志貫徹を図るに違いありません。
 そして、7年後はクリーン福島実現!!! 
 我がニッポン国民は、目標に向かって猪突猛進するスグレた性格を持っているから、、オリンピックも大成功!!! 
 かくして、メデタシ! めでたし!! 万々歳!!!
 エ? 何? ソーハチさんの方が、メデタシ、めでたしだって・・・。
 だって、「福島のソーリ」なんて話、聞いたことないし、それにわがニッポン国のソーリって、ポイポイ変わるでしょ。7年後も、今のソーリがしぶとく残っているっているという保証はないの。
 だから、クリーン福島が実現できなくっても
 「あれは、7年前のソーリの大ハッタリでした」ということで、責任転嫁を図ってウヤムヤの内に幕・・・と、いう訳。
 でもね、今、世間はウキウキしているでしょ。疑惑の眼差しで見るのは、取りあえず横の置いて、景気は良くなったと言うけれど、シモジモには、まだ光が見えてこないから、せめて
 祭りだ、わっしょい、夢を見ましょうね。

ピースとハイライト

 8月7日の朝日新聞の広告を見てスッゴイ! ビックリ!! 
 なんと、サザンの4ページにわたるCD「ピースとハイライト」の全面広告が載っていたのである。2ページの全面広告はよく掲載されているけれど、4ページというのは記憶にない。
 私って、下衆にできているから、広告を見て思ったのは
「この広告料、全国紙全部に出したのだったらウン千万円?」
「タバコの宣伝をサザンがするの?」。
 ホント、これってピントはずれ。
 この曲はメッセージソングで、「ピース」は”平和”、「ハイライト」は”もっと日の当たる場所”という意味だそうである。
 この広告は、サザン復活35周年ということで、自動車会社&生命保険会社とタイアップしたCDの宣伝だけれど、紙面構成がスッゴイ! ビックリ!!
 無論、「ピースとハイライト」の歌詞は掲載されていたけれど、それよりもスッゴク! ビックリ!! したのは、2ページにわたり各界の第一人者10人がこの曲に寄せる想いを書いた「VOICES TO サザン」。
 これに寄稿したメンバーは、放送作家の小山薫堂でしょ、歌人の俵万智でしょ、思想家の内田樹でしょ、経済アナリストの森永卓郎でしょ、精神科医の齋藤環でしょ、衆議院議員の有田芳成でしょ、爆笑問題の太田光でしょ、精神科医の香山リカでしょ、作家の阿川佐和子でしょ。コラムニストの泉麻人でしょ。
 10人が寄せた個性的なセンス溢れるコメントは、楽しく読ませてもらったけれど、私の大好きな俵万智のコメントはこれまた、スッゴク 素敵!!!
 「愛と毒のあるこの歌詞にしびれた。”ピースとハイタイト”。ここにある言葉は砂場で遊ぶ子供から一国の命運を握る政治家まで、それぞれに向けた色彩を帯びて届く。79年のコンサートに行ったとき、自分はまだ高校生だった。時代を映してきた、いや時代そのものだったサザンの音楽。今は、桑田さんにここまで歌わせる時代なのだと思う。うん、20世紀で懲りたこと、いっぱいあるはず」
 そう、「ピースとハイライト」はメッセージソング。今までのサザンのサウンドとは異なる政治的な色合いを込めたこの曲は、ファンからは「?」と思はれたかもしれないけれど、それを承知で桑田佳祐がこの曲を作ったのは、俵万智のコメントにあるように
 「時代を映してきた、いや時代そのものだったサザンの音楽。今は、桑田さんにここまで歌わせる時代なのだと思う」 
ウーン、そう時代なんですね。残念・・・・。

 この広告、質も量も今年の広告ナンバー1と思うけれど、この企画をした広告代理店のセンスって、スッゴイ!・・・でも、これって桑田佳祐との合作でしょうね、

 ところで、広告が出た2日後にNHKTVで「30周年スペシャル 復活! サザンオールスターズの流儀」が放映された。
 この番組で、私の好きな「夏をあきらめて」などのヒットソングが演奏されたけれど、圧巻は、今度販売されたCDの収録曲「ピースとハイライト」「蛍」「栄光の男」「人生の散歩道」4曲も演奏されたのである。
 ハイ、4曲ともいい曲ばかりです。とっても納得。
 「ピースとハイライト」と「蛍」「栄光の男」は重たい曲だけれど「栄光の男」は、我が愛するジャイアンツの長嶋さんをモチーフにした曲だし、「蛍」は映画『少年H』を見に行った時に、「永遠の0」の予告編に流れていて胸キュンした曲である。
 そして原由子が作詞した「人生の並木道」は、明るく軽やかで黄昏時の私向き。
 そんなこんなで、今度の新曲はゼ-ンブ大好き!!!
 でも、桑田佳祐さん、ごめんなさい。まだこのCD買っていません。
 だって、NHKで放映された番組、チャカり録画しています。それで、この録画を何度も見ているものですから・・・。ホント、ごめんなさい。

母よ 誰が

 北九州市立文学館で「忘れてはイケナイ物語~北九州編」の展覧会に先立ち、8月1日に「開会記念講演」として、黒田征太郎さんの講演会があり聞きに行った。
 この展覧会は、野坂昭如さんの「戦争童話集」に、イラストレーターの黒田征太郎さんが絵を入れ、「忘れてはイケナイ物語り」として映像作品&絵本を作り、その基になった「戦争童話集原画展」の展覧会である。
 黒田征太郎さんの1時間にわたる講演で、心に残った言葉は、8月15日はかって「敗戦記念日」だったのが「終戦記念日」に変わったけれど、本当は『まだ戦争は終わっていない』ということだった。

母よ誰が    黒田三郎   

母よ
誰があなたの頬から美しい輝きを奪い
あなたのしなやかな指を刷子のように荒らしてしまったのか
母よ
誰があなたの澄んだ湖水から静かさを奪ってしまったのか
僕は問い
いく度となく僕に問い
いたずらに昨日も同じ問いを問うたことを思い出し
壁を眺め
そして壁を眺めるのみである
戦争は父や息子や兄弟を
妻や母や妹の手からもぎとった
木の実のようにもがれた男たちが
次々に船艙をみたし
海の彼方へ送られて行った
故国をはなれ
五年の間椰子油と黒砂糖と石油の臭いのなかで
僕は暮していたのである
故郷が戦火に焼かれ
故郷が死んだひとの臭いであふれているときにも
僕は南十字星のかがやく空の下で
暮していたのである
母よ
そのときあなたの傍で
どんなに激しく火が燃え上がったか
どんなに激しく爆弾が搾裂したか
僕は万里の海の彼方で
しょせん叶わぬ思いと
ひそかに星を眺めていたのである
母よ
髪は白く
栄養失調に肌は黄ばみ
ひとりの見知らぬ老婦のように
あなたはそこに生きていたのであった
故郷に
母よ
再び相逢うために
僕らは何を賭けねばならなかったのか
僕は問い
いく度となく僕に問い
壁を眺め
ああ
明日もまた僕が僕に問うことを思うのである

 ※黒田三郎――1919年~1980年。1943年~1945年ジャワ島で勤務の後、現地招集を受ける。1955年「ひとりの女に」がH賞受賞。詩誌「荒地」創刊。掲載の詩は詩集「時代の囚人」(1965年刊)より。

 「忘れてはイケナイ物語~北九州編」の展覧会は、北九州市文学館(館長 今川英子)で9月8日(日)まで開催中。

真夏の夜の夢?

 参議院選挙が終わってヤレヤレ。
 私は、今年も投票所の立会人となったため、投票場となっている小学校に行くことになった。
 7時から13時30分まで講堂の「立会人席」とレイレイしく書かれている席にレイレイしく座り・・・でもないか・・・投票にくる人をジロジロとではなくて、それとなく見なくてばならぬ。
 我が選挙区の美人が何人來るだろうかと、胸弾ませて・・・なんてことは、これっぽちも考えていないけれど、今年は今までと比べてチョッピリ多くて、ウーン、幸せ気分。
 投票にくる人も、例年に比べて出足が良く、それに若い人も多かったので、ネット解禁の効果があったのかと期待したところ、投票率が低くってガッカリ。
 よく考えたら、昼からだと暑くなるので、午前中に行こうとなっただけに相違ない。
 選挙の結果は予想通り。マスコミの選挙予想は、どういう手法でやるのか知らないけれどほとんどはずれがない。なんたって、開票開始時の20時に当選確実が打ち出されるのだから、開票場で投票枚数を計算している職員の人たちは、「これ、数えったってしょうがない」とヤル気をなくしてしまうに違いない。
 それに、自民党圧倒的勝利などと、マスコミで報じられると、自民党贔屓の人は投票に行かなくても大丈夫と思うし、その他の政党贔屓の人も、投票に行ったって当選する訳ないから行ったって仕方ないと思うに違いないのである。
 なんたって、何か事を起こすに当たっては、それなりの努力と「やるか!」という気持ちが必要だけれど、やらなくてもいいという理由には事欠かない。
 暑いから外出しないで裸でゴロゴロしていたいとか、新婚真っ只中だから家でイチャイチャして過ごしたいとか、恋人とアアしてコウしていたいとか、今日新台が入るからパチンコ屋に行かなくちゃとか、月に一度の休みだから録画していたTVを見たいとか・・・以下、大勢の決まっている選挙の投票なんかには「行かなくてもいいや」という理由がエンエンと出てくるに違いない。
 これって、もしマスコミの選挙予想がなかったとしたら、「投票に行かないとあの人が落選するかも・・・」と心配になって、投票場に足を運ぶ人が多くなるではないかという気がする。
 投票率が低いのは、投票に行かない人が悪いのではなくって、行く気をなくさせるマスコミにも責任の一端があるのではないかと思う。
 だから、マスコミの選挙予想を禁止すれば、投票率が上がるのは確実・・・と、言いたいけれど、これって真夏の夜の夢?

 参議院って、むかし昔は「良識の府」と言って、見識のある人が議員となって議論をする場と言われ「緑風会」という政党に属さない会派が最大党派となっていた時代があったけれど、今や様変わり。
 参議院は「政党の府」となってしまい、議員さんも単なる「1票の人」と化して、政党のオエライ人の命令一下「右に並べ」となってしまった。
 だけど「参議院議員の存在価値って何?」なんて失礼なことは云いたくないから、議決にあたっては党の命令にかかわらず、自分の判断で投票してもいいと云うことにしたら・・・と思う。
 ね、参議議員の方たち、ちゃんと良識のある方なんでしょ?
 そして「良識の府」の戻り、自分の信じるところに従って投票する・・・と、いうようになったらいいと思うけれど、これって真夏の夜の夢?

夏まつりに憧れて・・・

 北部九州は、8日に梅雨明け。もう「夏気分」真っ盛り・・・と、云えば爽やかな夏がやって来たような気分がするけれど、とんでもハップン、うそコンコンキチ!!!
 一夜開けたら「夏日」を通り越して30度以上の「真夏日」ばかり。
 これって、「異常な気象」って云っているけれど、どうもこれが「当然な気象」という気がする。
 今や、ビルやマンション、住宅のクーラーが放熱し、工場や街を走る車が熱を発生させて、人間界はすっかり人工熱で覆われてしまい、それに準じて自然界もレベルアップ。
 かくして、30度以上の気温が「夏日」35度以上が「真夏日」40度以上が「猛暑日」と変更されたに違いない。
 だから、30度以上はフツーの「夏日」。騒ぐに当たらず・・であろう。
 でも、むかし昔、人は自然の中で生きていたけれど「快適な生活」を求めて、自然を利用するどころか、自然を加工して生きようとしているのだから、自然からしっぺ返しをされても仕方ないことかもしれぬ。
 一旦ことあれば怪物化するような、そして一旦ことがなくても放射能の残りカスの始末も出来ないような「原発」なんて道理に合わないと思うけれど、人は、自然ではなく人工の「贅沢」に慣れ親しんでいるので、あの映画「三丁目の夕日」のような時代に戻っても良いなんてことは、決して云わないのであろう。
 そして、私の大好きな井上陽水が「夏まつり」で歌ったようなほのぼのとした夏は、懐かしの風景になっていくに違いありません。
 ウーン、残念・・・。

夏まつり   井上陽水

十年はひと昔 暑い夏
おまつりはふた昔 セミの声
思わずよみがえる夏の日が
ああ今日はおまつり 空もあざやか
自転車のうしろには妹が
ゆかた着てすましてる かわいいよ
もらったおこずかいなくすなよ
ああ今日はおまつり 早く行こうよ
綿菓子をほおばればすぐとける
友達もみんな居る 笑い声
道には並ぶ店 オモチャ売り
ああ今日はおまつり 何を買おうか
十年はひと昔 暑い夏
ふるさとはふた昔 夏まつり