火野葦平さんと中村哲さんと・・・

北九州市立文学館で第28回特別企画展「没後60年 火野葦平展~レッテルは悲しからずや~」が開催された。

私、文学にはさらさらエンはないけれど、なぜか文学館の「友の会」に入っていて、特別展が開催される時はいつも招待状がくる。でも、今回はコロナの関係で開会式典はなし、開会記念講話の案内だけありました。

火野葦平と言っても、若い人達は「ン? 誰?」と云うかもしれないけれど、火野葦平は我が街北九州市出身。「糞尿譚」という小説・・・この題名を聞いただけでソッポを向かれるかもしれないけれど、この作品でなんと1938年に「芥川賞」を貰っているのである。葦平さんは先の戦争で従軍記者となり「麦と兵隊」などの三部作で「国民的作家」となったものの、戦争が終わったら「兵隊作家」というレッテルを貼られて公職追放、それでもメゲずに追放解除後に「花と龍」や「革命前夜」を発表して流行作家となった。この「花と龍」は、何度も映画化され、石原裕次郎・中村錦之助・高倉健などが主演している。

講演会では、文学館 館長の今川英子先生からご挨拶があった。今川先生の顔はマスクで半分は隠されているものの、奇麗を絵にかいたような知的美人。私は、今川先生を10年位前から存じているけれど、何故かちっとも年を取らない不思議な女性である。今川先生は館長でもあり文学者でもあるので、お役所のオエライさんの門切り型の挨拶と違って蘊蓄にあふれ、いつ聞いても楽しい挨拶をされる。

記念講話の講師はNHKのエデュケーショナルプロデューサー渡辺考さん、タイトルは「葦平の眼差しの力~テレビ屋が見た小説家の神髄」。だいたい講演会の講師は評論家とか研究者の先生方が出てくるものだけれど、なんと視点の違うテレビのプロデユーサーでしょ。凄いですね、これって、きっと今川先生の発想に違いない。

渡辺考さんは、2013年にNHKで放映されたETV特集「戦場で書く――作家・火野葦平の戦争」を制作し、多くの反響を呼んでこの年の橋田賞を受賞、これをベースに『戦場で書く 火野葦平のふたつの戦場』という本も出版しているそうである。

火野葦平は、従軍記者として中国・フィリピン・ビルマ・台湾などに行き、インパール作戦にも従軍したそうで、渡辺考さんは、その葦平の足跡を辿ろうと中国と台湾に取材に行ったそうである。中国では、なかなか下りなかった取材許可をなんとか貰ったものの、中国に着いた途端、取材を管轄する当局に呼ばれ、ヅラーと並んだオエライさんの前に連れていかれて取材の理由を聞かれたそうである。中国当局は、葦平さんを利用して中国との戦争を美化するために取材にきたとの疑いを持ったらしいとのこと。中国の言論統制の一端を見た気がして、オッソロシイ・・・。

フイリッピンは、日本とは仲が良い国となっているけれど、高年齢の方たちは日本が統治していた時代の出来事を忘れてはいないということでした。閉ざされた過去があったんでしょうね。知らなかったではすまされないんでしょうけれど・・・。

講演会で初めて聞いたのだけれど、葦平さんはペシャワール会の中村哲さんのおじさん、つまり中村哲さんは葦平さんの妹の息子、つまり甥っ子だそうです。

渡辺考さんが、2019年5月末にアフガニスタンから一時帰国した中村哲さんに会った時、彼の信念のベースとなった場所を聞いたところ、「いろいろあるけど、やはり北九州市の若松だと思いますね」と答えたそうです。北九州市の若松は、葦平さんの故郷。それで「一緒に行っていただけませんか」と話したところ承諾され、一緒に北九州市に行ったそうです。そして最後に向かったのは、若松の高塔山。そこでに葦平さんの碑を見たりした後、北九州市が一望できる高塔山の展望台に行った時、中村哲さんが一言。

「やっぱり、いろんな意味でここが出発点ですね」

渡辺考さんは取材を通して、葦平さんは従軍記者として動いていたけれど、戦場でつらい思いをして戦っている兵士を、兵隊としてではなく人間としての視線で見ていたということが分かったそうです。そして中村哲さんも、いつもアフガニスタンに住む人たちと共にいたことを思うと、渡辺考さんは、中村哲さんの行動の中に伯父である火野葦平の精神があった、と思ったとのことです。

私の本棚には、もう亡くなった父の蔵書の中から貰った昭和33年出版の「火野葦平選集」全8巻があり、その第1巻に「火野葦平」と筆で書かれたサインがあります。多分、若松に3年ほど住んでいた時に、父が葦平さんから貰ったのだと思いますが、私、恥ずかしながらまったくこの選集を読んでいません。葦平さんと中村哲さんの関係を聞いた今、文学にヨワイ私だけれど遅まきながら読むことにしました。皆さんも「糞尿譚」なんて敬遠せずに読んで下さいね。

※ 今川英子・・・ 福岡県生まれ、北九州市立文学館館長。主な編著書に『林芙美子 巴里の恋』『林芙美子 放浪記アルバム』、共著に『迷羊のゆくえ漱石と近代』など多数。
※ 渡辺考・・・東京生まれ、ETV特集やNHKスペシャルなど担当。担当した番組でギャラクシー賞選奨、放送文化基金賞、橋田賞など受賞。著書に「プロパガンダラジオ」「特攻隊振武寮」ほか多数。近著の「ゲンバクとよばれた少年」は24回平和・協同ジャーナリスト基金賞を受賞、ほかに「まなざしの力」。

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