好 感
「・・・わたしがあなたを堕落させていると思ってるんだわ」
「その可能性はある」ぼくは言った。
「ぼくには自分の意志というものがないからね。簡単に惑わされちまうんだ」
「わたし、人間のそういうところがすごく好き」シェリーは言った。
二見書房「ピンク・ウォッカ・ブルース」ニール・バレット・ジュニア/飛田野裕子訳
人を好きななることは本当にかなしい。かなしさのあまり、その他のいろいろなかなしいことまで知ってしまう。果てがない。
福武書房「うたたか/サンクチュアリ」吉本ばなな
ぼくはキャンディを見やった。〝あなたを心配しているんだから知らんぷりをしないでちょうだい〟目線で、あいかわらずぼくを穴の開くほど見つめている。
早川書房「図書館の親子」ジェフ・アポット/佐藤耕士訳
23歳の彼はハンサムで物静かで、婚約者もまた、彼同様にチャーミングな〝ここにいるだけで幸せよ〟的女性だ。
早川書房「ロンリー・ファイター」バーラン・コーベン/中津悠訳
予 感
これに加えて、過去の災厄のかすかな思い出と今後の災厄のもっと正確な予感でいっぱいだった。
早川書房「素晴らしき犯罪」クレイグ・ライス/小泉喜美子訳
(私を尾けていた男を捕まえて)
「それで、今までのところどんなことがわかった?」と私は尋ねた。
「あんたはひとりで夜を過ごし、大酒を飲むということだけだ」
なんだか自分の墓銘碑を聞かされたような気がした。
早川書房「神なき街の聖歌」トマス・アドコック/田口俊樹訳
(ハーチャーが殺されたが)
日頃からイエス・キリストとフリーダイヤルで直接つながっているかのように振る舞っているくせに、自分の運命が危ないことを、前もって察知できなかったのだろうか。
早川書房「図書館の死体」ジェフ・アポット/佐藤耕士訳
~当然、こうしたエデンの園のような完全無欠ぶりは、土地っ子を落ち着かなくさせている。良いことには、必ず隠れた犠牲があるのが世の常で・・・。
早川書房「スタンド・アローン」ローラ・リップマン/吉沢康子訳
>反 感
犬はテスを見上げ、垂れた尾をわずかに振った。昔、尾を振ったことをかすかに思い出したとでも言いたげな風情だった。テスも犬を見た。テスは犬好きではない。猫好きでも、魚好きでも、馬好きでもない。それどころか、日によっては人間好きでもない。
早川書房「チャーム・シティ」ローラ・リップマン/岩瀬孝雄訳
ウェイトレスは、店内での移動が雪中の行軍と同じ意味を持つ、褒賞にさえ値する営為であるかのように、のろのろとちかよってきた。マイロンは、数種類工夫したユニークな笑みのひとつを浮かべて、彼女を暖めてやった。それはクリスチャン・スレータ・モデルという笑みで、愛想はいいが悪魔的でもある。同じく愛想はいいが悪魔的でもあるジャック・ニコルソン・モデルと混合しないでほしい。
早川書房「カムバック・ヒーロー」ハーラン・コーベン/中津悠訳
アクセルが彼女に会ったのは、この10年のあいだにたった一度だけだ。--2年前にサンチェゴから予告なしにやってきて7日間泊まり、腹痛と、頼みもしないのにくれた一生分の助言を残していった。
早川書房「手ごわいカモ」ピート・ハウトマン/伏見威蕃訳
ユージニアは、肥満症で独身で中年で、そのすべてに対して復讐の決意を固めているように見えることがしばしばだ。
文芸春秋「推定無罪」ストット・トゥロー/上田公子訳
(ジャックは)
優雅な紳士服の広告から抜け出たみたいにしゃれていて、千ドルはするあつらえもののスーツを着こなしている。わたしが煙草に火をつけると嫌悪感をむきだしにしたが、癌撲滅協会に電話したりはしなかった。なかなかいいやつだ。
早川書房「秋のスローダンス」フイッリプ・リー・ウィリアムズ/坂本憲一訳
冷 淡
(彼女は)
生命保険の勧誘員やエホバの証人のためにとってある冷たい疑いの視線をよこして、わたしの鼻先でドアを閉めようとした。
早川書房「ダウンタウン・シスター」サラ・バレッキー/山本やよい訳
(ハリウッド大通りのレストラン「ムッソー・アンド・フランク」で酒のオーダーをした後)
「ダシール・ハメットはここではじめてリリアン・ヘルマンと出会った。それが長いロマンスのはじまりだった」
ジュリアンは腕時計に眼をやった。
「本論にはいりましょう」つかの間のロマンス。・・・酒が運ばれてきた。普通なら一年かかるが、今夜はすばらしく早い。・・・
「きつい一日だったようだね」
「だから、どうだというのです。ミスター・コール。そのような話なら、電話でもできたはずです」
「電話じゃ、きみの美貌を愛でられない」
きれいな爪がいらだたしげにグラスを叩いた。早急に本論にはいるべし。
早川書房「追いつめられた天使」ロバート・クレイス/田村義進訳
(食事中に婦人警官が何度もノックするので、頭にきてドアを開け)
「何の用?」あたしはすごく冷静に訊いた。最後のジャムつきパンを手にもってなかったら、もっと迫力があったかもしれないけど、厄介事の真っ最中には何もかもに気を配るってわけにはいかない。
早川書房「汚れた守護天使」リザ・コディ/堀内静子訳
(6年間も音沙汰のなかった昔の恋人から電話があったものの、断ったら)
「驚いたわ、サム。冷たくなったのね」
「いや、おれは冷たくなったんじゃない。38歳になったのさ」
さっさと電話を切って、私の人生から消えてなくなってくれ、と言おうとしたのだが、彼女は耳を貸そうとしない。
東京創元社「マンハッタン・ブルース」ピート・ハルミ/高見浩訳
孤 独
ゴンザレスは行ってしまい、グローガンはウオータークーラーの前に、生活の苦渋と漏れる紙コップとともに残された。
早川書房「逃げるアヒル」ポーラ・ゴズリング/山本俊子訳
「・・・あなたにお目にかかりたくなりました。おじゃまでしょうか?」
「孤独のじゃまをなさっただけで」
「孤独はとても高尚なものといえますわ」
「わたしにはそうでもありません。・・・」
早川書房「感傷の終わり」スティーヴン・グリンリーフ/斎藤数衛訳
さびしさを感じないで、ひとりでいるってすてきなことだわ。
早川書房「ラスコの死角」リチャ-ド・N・パタースン/小林宏明訳
もともと物思いにふけるのが癖みたいなもので、ゆっくり落ちつけそうなバーを見つけては、周囲と隔絶した薄暗い隅っこに座り、思考の深い淵に沈むことがおうおうにしてあった。
早川書房「バラは密かに香る」デイヴイット・M・ピアス/佐藤耕士訳
めったにないことだが、ドアに鍵をかけ濡れたジャケットと帽子、ローファーとソックスを脱いだ。ベッドに横になり、慈愛に満ちた素早いとどめの一撃があれば、と思った。人は私が慢性優柔不断症で死んだなどつゆしらず、「彼は片思いで死んだ」と言ってばかにするだろう。
早川書房「バームビーチ探偵物語」ローレンス・サンダース/眞崎嘉博訳
マンハッタンはどうしようもないほど蒸し暑く、レッド・ソックスは4位。みんな人生の些細事だ。一人っきりにしておいてほしかった。
二見書房「スキャンダラス・レデイ」マイク・ルピカ/雨沢泰訳