「秋がきた!!!」 と喜ぶのは朝と夜だけ。
「秋はまだ!!!」 と嘆くのは30度前後の街を歩く昼下がり。昼は半袖、夜は長袖とややこしいこと、この上もない。
ウン、でも、大好きな秋がそこまで来ていることは間違いないみたい。
秋と云えば、読書の秋という訳だけれど、私は岩波書店のPR誌「図書」を何故か毎月購読している。
「図書」は、A5版の小雑誌で約100頁。前半の65頁がエッセイや対談、後半の35頁が新刊案内となっていて、購読料は年間タッタの1000円也。安いでしょ。それに郵送料はあちら負担だから、まあ、タダみたいなものなんです。
それで、送られてきた10月号をみるとビックリ!!!
なんと800号だって・・・。創刊号は1937年(昭和12年)。なんと私が生まれる前。戦争中一時休刊したそうだけれど、それからはエンエンと続いて今年10月で目出度く800号。スゲー!!!
エッセイは一篇が4~5頁で短かくって読みやすく・・・と云いたいところだけれど、内容はカターイものばかり。ちなみに800号の一部を内容を紹介すると、
高橋睦郎さんの「クセノボンとは誰か」とか、柄谷行人さんの「実験の史学」とか、池澤夏樹さんの「自由恋愛のない文明史」とか・・・。
ウーン、分かる? クセノボンとは哲学者ソクラテスの弟子だって・・・。私にとって「???」の人のことが、かくかくしかじかと書かれてる訳だけれど、わたしにとってはチンプンカンプン。だけど、辛抱してエンエンとそれを読む訳。
エ? 「そう八さんて読むのは小説はハードボイルド、映画はドンパチでしょ。そんなおカタイ本読む訳ないでしょ」って・・・。
ピンポン、当たり!!!
だけどね、こんな難しそうな雑誌を読むなんて、わたし、なんとエライでしょと秘かに自画自賛。気分は一見「教養あふれるインテリ風」にさま代わりして、すこぶるいい気分。
それに、わたし、生来のケチでしょ。だから、面白かろうと面白くなかろうと、分かろうと分からないだろうと、1頁からズズズイーと読まなきゃソンソンって気分になる訳。
どうも残り少なくなった人生を浪費しているみたいだけれど、もって生まれたケチ根性は直りそうまないから諦めることにしている。
それに、末尾についているエンエン35頁にわたる「新刊案内」。発刊された本がズラズラーと150冊ほど掲載されているけれど、これが凄い。
「岩波講座 現代第1巻:現代の現代性」とか「セミネール第8巻:転移(上)」とか「嘘の思想家ルソー」とか「まず美にたずねよ」とかなんとか・・・。
わたしにとっては、とっても買う気を起こさせないような本ばかりズラズラズラリーと紹介されているんです。ホント、岩波書店さん、ごめんなさいね。
でも、「新刊案内」の頁をパラパラとめくるだけではないのデス。本の書名と内容が3~5行に纏めて書いてあるので、わたし、生まれながらのケチだからそれもシミジミ読んで
「フンフン、そうか」と、なんと難しいことを考えるものだと感心する訳だけれど、これらの本をお金を出して読む人がいるんですね。ホント、偉い!!!と、思う。
世間は「アベノミックス」は「アホノミックス」とか、「平和法案」は「戦争法案」だとか、かしましいけれど、自若泰然としてこういう本が読んでいる人がいるなんて、我がニッポン国って捨てたもんじゃないんだ、文化国家なんだと毎月感銘を受けることばかり。
だけど、面白い企画もあって「容赦なき対決フェアー 売れるのはどっち!?」と岩波現代文庫と平凡社ライブラリーから出された本がそれぞれ8冊ほど紹介されていて、
平凡社は「ゲイ短編小説集」とか「豊乳肥臀」とか「美少年尽くし」とか・・・。
岩波書店は「アンパンマンの遺言」とか「李香蘭と原節子」とか「大人にはわからない日本文学史」とか・・・。
エ? 何? 「きっと、そう八さんは、平凡社の方ね」だって・・・。
ホント、失礼なんだから。ウーン、でも本当だから仕方ないかも・・・。