挨拶 ――原爆の写真に寄せて―― 石垣 りん
あ、
この焼けただれた顔は
1945年8月6日
その時広島にいた人
25万の焼けただれのひとつ
すでに此の世にないもの
とはいえ
友よ
向き合った互いの顔を
も一度見直そう
戦火の跡もとどめぬ
すこやかな今日の顔
すがすがしい朝の顔を
その顔の中に明日の表情をさがすとき
私はりつぜんとするのだ
地球が原爆を数百個所持して
生と死のきわどい淵を歩くとき
なぜそんなにも安らかに
あなたは美しいのかしずかに耳を澄ませ
何かが近づいてきはしないか
見きわけなければならないものは目の前に
えり分けなければならないものは
手の中にある
午前8時15分は
毎朝やってくる
1945年8月6日の朝
一瞬にして死んだ25万人の人すべて
いま在る
あなたの如く 私の如く
やすらかに 美しく 油断していた。
※ 石垣りん・・・1920年生まれ、2004年12月逝去。表題の詩は1952年8月にアメリカが原爆被害者の写真の公表を許可した時に作られたものである。