涙なくして

九州は、もう梅雨明け。なんと昨年より20日も早い梅雨明けとのことです。
ヤレヤレ、雨の心配はしはくてもよい・・・と、安心してはいけなません。あの恐怖の夏が昨年より20日も早く来ると云うことなんですからね。

あつくて暑くてやりきれない・・・という訳で、私、「ナーンニモしたくなーい」けれど、「夢旅人」は書かねばなりません。トホホホ・・・。
ところで「ハードボイルドに恋をして」のシリーズは、すでにある原稿を機械的に転記するだけなんですね。なけなしのアタマを絞るなんてことはしなくてすむから、なんという幸せ・・・。
と、いうことで、今日の「夢旅人」は「ハードボイルドに恋をして13」の「涙なくして」です。これを読んでチョッピリでも暑さを忘れてください。

「わたしは是非とも諸君にニュースを伝えずにはいられない。ほかならぬレオ・Ⅿ・スライドに関する悪いニュースといいニュースをね。悪いニュースというのは、こうだ。飲み過ぎと、それから何か他のことをやりすぎて(爆笑)、レオは頓死した。つぎはいいニュースだが、クウォリティーの審査がいいかげんだったせいで、彼は天国に行っちまった」(さらに爆笑)
早川書房「相棒は女刑事」スーザン・ウルフ/幾野宏訳

(耄碌しているおばあちゃんについて)
「どうせじきに、天国の空席ランプがつくんだろうね」マークがそう呟いたとき、姉さんがキッチンに戻ってきた。
早川書房「図書館の死体」ジェフ・アボット/幾野宏訳

(5時間ほど前にタクシーにはねられて死んだミンディの家に電話したところが)
「はい、こちらミンディです。メッセージをどうぞ」
彼女が死んだなんて信じられない。彼女の声が聞こえるなんて信じられない。決して返事がこないメッセージを入れるよう求める声が。こんなつもりではなかった。過去の5時間を巻き戻して、別のエンデングにしたかった。ハリウッドでやっていることだ。エンデングを見て、大衆に受けそうもないとあれば、撮り直しをやるではないか。
私も撮り直しをしたかった。
講談社「リスクが多すぎる」ボブ・バーガー/笹野洋子訳

若くして殺されるのは、普通非常に弱いか、もしくは非常に強い人間だ。彼女はどちらだったんだろう。
早川書房「黒い風に向かって歩け」マイクル・コリンズ/木村二郎訳

「・・・病院のベッドで寝ていたオデイの母親が彼にこう言った、自分はもう死ぬ覚悟が出来てるってな。自分の人生はいい人生だった。自分はその人生から得られるすべての喜びをもう得てしまった。これ以上体にチューブを突っ込まれ、機械に生き延びさせてもらおうとは思わない。おまえはほんとうにいい息子だった。だから最後のキスをわたしにして、お医者さんにこのチューブを抜いてくれるよう、わたしをいかせてくれるよう頼んでおくれ。そう言ったんだ。
      ・・・医者は医者でそんな相談をされて弱りきっていた・・・
オデイは言った。〝先生、そんなに深刻に考えなくてもいいじゃないですか。私が頼んでることは、そんなにひどいことでもない。いいですか、先生、過去に死者たちも長い列があって母も私もいるんじゃないですか〟ってな」
二見書房「死者の長い列」ローレンス・ブロック/田口俊樹訳

人は一気には死なない。今ではもう、人は一度に少しずつ死ぬ。それが現代というものだ。
二見書房「償いの報酬」ローレンス・ブロック/田口俊樹訳

アメ あめ 雨・・もうイヤ

今日も雨。

私、雨に濡れるのが嫌い。そう、大嫌い。
だから、梅雨は嫌い。第一「梅雨」を「つゆ」と読むのに納得がいかない。
「梅」という字の読み方は「バイ」と「うめ」。「雨」という字の読み方は「あめ」か「あま」か「う」。
だから、素直に読めば「梅雨」は「ばいう」。どうしてこれが「つゆ」となるの?
どうこじつけたって「梅」が「つ」、「雨」が「ゆ」になる訳がない。
だから、こんな訳の分からない梅雨は大嫌い!!!

むかし昔、梅雨と言えば「しとしと降る雨」、台風と言えば「土砂降りの雨」と相場が決まってたが、従来の「異常気象」が今や「通常気象」に激変したため、梅雨と言えば「土砂降りの雨」に「真夏模様の気温」が当たり前になってしまった。

私、雨に濡れるのは大嫌いだけれど、家にいて窓からしとしと降る雨を見ていると、ざわついた心もなにやら静まる気がする。

堀口大學が訳したポール・ヴェルレーヌの詩「巷に雨の降るごとく(1部)」にあるように、    

巷に雨の降るごとく 
わが心にも涙降る。
かくも心ににじみ入る
このかなしみは何やらん?

ウン、この詩が大好きなのに、しとしと降る雨は消えてしまった。

昔かった「Rsin Songs」2枚組CDをBGMに、このプログを書いているけど、30曲の中で、1番好きなのは小泉今日子の「優しい雨」。

心の隙間に 優しい雨が降る
疲れた背中を そっと湿らせてく
群れをなす魚たち
少し 楽し気に
駅に向かって走ってく
こんなに普通の毎日の中で
出会ってしまった二人
降りしきる雨にすべてを流して
しまえたらいいけれど・・・

「心の隙間に 優しい雨が降る」。このフレーズ、とってもすっごくいい!!!
ウーン、この曲、小泉今日子にとってもお似合い。

でも、雨をテーマにした曲は、ほとんど恋を失った曲が多い。恋に夢中は雨に似合う訳がない。
荒井由実が作曲しハイ・ハイ・セットが歌った「冷たい雨」は、切なくてやり切れません。こんな恋はゴメンにしましょうね。

冷たい雨にうたれて 街をさまよったの
ゆるしてくれたって いい頃だと思った
部屋にもどって ドアをあけたら
あなたの靴と 誰かの赤い靴
あなたは別の人と ここで暮らすというの
こんな気持ちのままじゃ どこにも行けやしない

しかし、恋に夢中の人にとっては、梅雨も満更でもない人もいるようですね。そこで俵万智の短歌をどうぞ・・・。

梅雨寒や 抱かれ心地のシャツ借りて しばし続きを読むミステリー

アホ?

江藤農林大臣が
「コメは買ったことがない。たくさんコメを貰うので売るほどある」と、側近にうっかり漏らしたのならともかく、セミナー会場で満員の来場者を前にして堂々と話したものだら、たちまちテレビで放映されて大騒ぎ・・・。

私、テレビを見た瞬間、
「アホか!」と思ったが・・・ウーン「アホ」なんて、天下の農林大臣に言ったら失礼ですね。ここは、やっぱり「とんま」とか「ぼんくら」とか「すかたん」とか「おたんこなす」とか「あんぽんたん」とか、愛を込めてくさした方がいいでしょう。

てなことを書いたけど、江藤農林大臣って本当はエライ人なんです。議員歴6期で自民党の農政部会長や農林水産大臣政務次官をはじめ農林水産大臣も経験している農林通としてピカ一だそうです。ハイ。
私などは、足元にも及ばないとってもエライ人。「アホ」なんて言える訳がありません。

でも、もともと国会議員さんて我がニッポン国を代表するエライ人のうえに、大臣ともなれば「如何にして我がニッポン国を平和に豊かに幸せに暮らせるようにするか」と、天下国家のことを日夜頭を絞って考えている超エライ人なんですね。
要するに「雲の上の人」だから、雲の下に住むシモジモのことなど、頭にないのも当然のことでしょう。無理を云ってはいけません。

私、すぐに辞表を出すと思ったら「深く反省しお米の値段を下げるよう努力する」とのたまい、総理も執行部も「アホか」なんて思わず「政務に励め」だって・・・。
やっぱり総理大臣をはじめ執行部の方々も「雲の上の人」。

しかし、おさまりがつかなくなって、後任に国民的人気を誇る小泉進次郎さんをあてがって汚名返上。備蓄米を2,000円台にすると発表してアッ気にとらせました。

小泉進次郎さんは、親父さんに似て農林水産省を「ぶっ壊す」ほどの力を発揮すれば、ひょっとして現在の4,000円台のお米の値段が3,000円台に下がるかも・・・。

そうなると、政権を維持するためのは、手段をいとまない自民党のことですから、石破総理に辞表を出させ小泉進次郎さんを総裁にして参議院選挙をやろうと画策するでしょうね。

かくして、自民党「バンザイ、万歳、万々歳」

野党の皆さん、そうなると少数与党が一党独裁政党に変貌してしまうので、ここは現在の4,000円台のお米の値段が3,000円台に下がらないように祈るしかありません。

ン? それって、シモジモの期待を裏切ることになるんじゃないの?

許せないのは・・・ 2

今日の夢旅人は、前回に引き続きテレビで見る映画番組とドラマです。

4月には、スゴイことには私の映画の見方を変えた映画が2本も放映された。2本ともテレビで何度も放映されてきているが、しっつこくしみじみ見ることにしている。

NHKBSで「セーラー服と機関銃」が放映。私の趣味は「映画」だけど、44年前に上映されたこの映画を見るまでは、ただ漫然と映画館通いをしていたのである。

この映画は薬師丸ひろ子の「可愛い」という前評判につられ、私、可愛い大好き人間なので見にいったところ、彼女が
「快感!!!」と叫びながら機関銃をぶっ放すシーンを見た途端、私の好みは「ドンパチ映画」に一変してしまった。

以来「ドンパチ映画」を見てテキがバタバタ倒れると「快感!!!」と心の中で叫ぶ。すこぶるイイ気分!!! ストレス解消このうえなし。

2本目はNHKBSで放映された映画「怪盗ルビー」。37年まえに上映されたこの映画の原作はヘンリー・スレッサー。ミステリィ大好き人間なので原作は読んでいたし、監督はお洒落なカットで有名な和田誠。何が何でも「見なきゃ」と行ったところが、なんとアイドルの小泉今日子が主演。

小泉今日子といえば、突飛な装いでキョンキョンとしか知らなかったが、映画では場面が変わるごとにお洒落な装いで登場し、アッケラカンと演じて可愛いさいっぱい魅力いっぱい。そして相手役の真田広行と交わす軽妙な会話にすっかり魅せられてしまった。以来、私は小泉今日子は歌手でなく俳優であると信じている。

ドラマはNHKの大河ドラマを見ることになっているので、面白くないと云われていても見るのが我が森家の伝統である。

「ドンパチ ドラマ」などは、わがニッポン国は世界に冠たる安全な国となっているので「アホみたい」と差別されて制作されないことになっている。放映されるのはせいぜいピストルを一発ぶっぱなすくらいの刑事ものぐらいである。これって「アホみたい」だから見ない。

「恋愛ドラマ」は、自分が愛した恋したというのならともかく、他人の愛した恋した物語である。別世界の出来事としか思えぬので「アホみたい」に思える。だから見ない。

シリアスな人生を描くようなドラマは、シリアスな人生を生きているのに、今更テレビでダメ押しして見ることはなかろうと思って、これも見ない。

とはいえ、ドラマをまったく見ないことはない。なんと、4月から小泉今日子が出演する「続・続・最後から二番目の恋」第3話の放映がフジテレビ系で始まった。じっくりしみじみ見るために録画して見る。

11年前、新聞の番組頁の「最後から二番目の恋」というお洒落なタイトルに目が止まり、出演者を見るとなんと小泉今日子が出演。
心ふくらませてみると、タイトルどおり素敵いっぱいのドラマとなっていて、ますます小泉今日子が大大好きになってしまった。
以来「続」も次の「続」も見たのは当然のことであろう。

今回の「続・続・最後から二番目の恋」見ると、まずタイトルの文字の書体は私好みの書体で素敵! それにドラマの最初と最後にタイトルや出演者が打ち出される場面のカットがすこぶる付きにお洒落!! それが「一見 和田誠」風!!! センスいいなと、感服した。

彼女はテレビ局のプロデューサーを演じ第1話の時から年を重ねもう定年前になっているけれど、年齢に合わせたその装いはやっぱりお洒落!!!
鎌倉市役所を定年となって嘱託として働いている中井貴一とのほのぼのとした関係がさりげなく描かれているうえに、テンポよく軽妙洒脱な会話が飛び交って、心ほんわりとニコニコしてしまうドラマである。

もう第5回まで進んできたけれど、最後は「めでたし目出度し」とならずに「続・続・続・最期から二番目の恋」が放映されるようにして欲しい。

かくして、私、テレビで見る番組は限定されているので、毎日ヅヅヅーイとテレビのとりこになっている訳ではない。
毎日見るのはニュース番組だけ。

トランプ大統領が、毎日のようにテレビに姿をみせているが、
許せないのは、ローマ法王の逝去に伴いコンクラーベが行われるというのに、トランプ大統領自身がローマ法王の衣装を着た合成写真をメデアに公表した場面。冗談にもほどがある!!!

許せないのは、トランプ大統領が演説会場で、両手を握りしめお尻を振りながら満足気にステップを踏む場面。大統領の品位なんてマルッキリなし。これって世界冠たるアメリカ大統領の仕草!!!

許せないのは・・・

私が見るテレビ番組は、ニュース番組と音楽番組に映画と時々ドラマ。バラエティ番組は見たことがない。

バラエティ番組は、出演者がいっぱい登場。そして事あるごとに、全員でゲラゲラと・・・これってヒンがない、失礼。オホホホと・・・でもないし、ニコニコと・・・でもない。まあ、要するにワハハとかハッハツハと大口を開けて笑いながら拍手しているのを見ると「???」という感じがして、見ないことにしている。

私、昭和の初めの生まれ。昭和ドップリ人間としては、拍手するのは式典でオエライさんの挨拶が終わった時とか、講演会やコンサートにお芝居・演芸等が終わった時にする位である。
だから、バラエティ番組で出演者の皆さんが拍手していても、こちとら一緒に拍手する気にはならない。

・・・てなことを云っても、これって時代遅れの人間のタワ言。バラエティ番組愛好者の皆さん、ご勘弁のほど・・・。

音楽番組で必ず見るのはNHKでは、大泉洋の「SONGS」。大泉洋の出演者から引き出すオシャベリが大好き。

4Kでは、リリー・フランキー&上白石崩歌の「The Covers」。リリー・フランキーの蘊蓄ある絶妙な会話が素敵。

それと「歌える!青春のベストソング」。ナビゲーターの広瀬智美が番組の最後に披露する歌がスゴイ!!! アッケにとられてスッゴク愉快。28日には大好きな忌野清志郎の「ザ・モンキーズ」が放映された。清志郎はド派手な装いでパフォーマンスを演じているけれど、本当はとってシャイなミュ-ジシャンと思っている。

民放では、フジテレビ系の仲間由紀恵&軽部真一の「MUSIC FAIR」。ほとんど馴染まない歌手がゾロゾロ。でも、別世界の音楽に接する唯一の番組なので「フーン」と感心しながら、若い女の子のグループが脚をピョンピョン上げながら歌うのを見ている。

クラシック番組では、NHKでは清塚信也&鈴木愛理の「クラシックTV」。清塚信也の解説が「目からウロコ。」
ほかに「クラシック音楽館」。この番組では放映されるオーケストラや曲名・指揮者によって、録画して見ることにしている。
テレビ朝日系の石丸幹二の「題名のない音楽会」。番組の構成がとってもユニーク。クラシックの新しい聴き方を教わる気が知る。

テレビで放映される映画は、BSが多いが全て録画して見る。見るのは、当然ながら弾が飛び交ってテキはバタバタ倒れるけれど、何故か我がヒーロには当たらないというドンパチ映画。
かみさんがいる時に、このような映画を見たら「フン」と軽蔑の眼差しになるので、録画してかみさんがいない時に気分爽快ハレバレと心おきなく見る。
でも、吉永小百合さんなど大好きな女優さんが出演する映画が放映される時は、何度でも見る。世間で話題になっている映画も見ることにしている。

放映されるのは昔の映画。私は大金を払って映画館で見ているのに、それがテレビではタダ。「こんな不合理な話はあるか!」と憤慨して、映画館で見た映画はテレビでは見ないことにしている。

ところが問題発生。ズズズーイと若いころは映画のタイトルを見ただけで「映画館で見た」とすぐ分かり、テレビでわざわざ見ることはなかったのである。
しかし、歳を重ねるにつれ、見ていないと思ってテレビをつけて見たところが「映画が始まるすぐに」見た映画だと分かって、たちまちスイッチOF・・・ならいいけれど「映画の途中までいったところで」見た映画だと分り、アホ化気分を味合わされながスイッチOFとなり・・・ならいいとしても「ラストちかくで」見たことが分かり、アッタマにきてスイッチOFとなることが多くなってしまった。

最近になると、許せないのは見た後で「どうも見たような気がする」となってしまい「見たか?見なかったのか?」と、悩み多き人生にどうでもいい悩みを加えるようになってしまった。

人生の残り少ない人生をムダに過ごしてしまい、口惜しいことこの上もない。私、86歳。歳は取りたくないものである。