何たる不思議

昔から「無理が通れば道理が引っ込む」ということわざがあるけれど、どうもわがニッポン国では「無理が通れば道理となる」という新しいことわざが出来たらしい。

と、云うのは「森友・加計問題」にしろ「桜をみる会」にしろ、私のような平凡人感覚から言えば

「エッ?」と思うけれど、エライ方たちはどうもアタマの出来が違うみたいで

「あれはおかしいことではありません」となって、あたり前のこととなってしまった。

以来「無理が通れば道理となる」が大手を振ってまかり通ることなったみたいである。

かくして、今度「検察総長の定年延長を内閣が伸ばすことができる」という法律が出来るらしい。私のようなサラリーマンのはしくれは、定年延長が出来るとなれば、上司にせっせと忖度に励むことにするが、

どうも「公明正大な検察のエライ人が忖度などする訳ないし、ソーリは賢明だから忖度されても無視して、延長など指示することはありません」ということになっているみたいである。

どうせ「やらない」と公言するのであれば、「内閣が延長できる」という特例を削ればいいと思うけれど、削らないことをみると、ヤッパ、やりたいと思っているに違いない・・・と、思うのはゲスの勘繰り言われるだろうから、云わないことにする。

この法律が通れば「無理が通れば道理になる」の実例として「モリ・カケ・サクラ・ケンサツカン」が、ことわざ辞書に登場すことになるに違いない。

ウーン、わがニッポン国って不思議な国なんですねェ。と、嘆いていないで、とにもかくのも生きているんですら、ビールでも飲んでウサを晴らしましょう。

 

  不思議  谷川 俊太郎

海ゆかば 高波 くらげ コレラ菌

山ゆかば 落石 転落 人食い熊

道ゆけば ひき逃げ 衝突 ひったくり

うちにいれば 強盗 税務署 無理心中

どこにいたって 地震 台風 火山の爆発

でなきゃ 革命 内乱 ジェット事故

精神病者が野放しなら

核実験も野放しだ

それなのに ああそれなのに

何たる不思議 何たる奇跡

ぼくはぴんぴん生きている

37度の炎天下

汗とビールをバランスさせて

 

※ 掲載の詩は「落首99 その他の落首」から。

どうしよう?

わが街北九州市では、ドラッグストアー等が「マスク在庫なし」の表示をしているけれど、街ゆく人々はほとんどマスクをつけているので、医療施設や高齢者施設等は別として、街からはマスク不足はなくなっているみたい。

わが家では、女房はマスクをつけて寝るし私も花粉症ということもあって、常時マスクは買い置きしてある。だから、あわてて買い求めるということはなかったけれど、なんたって私、恐怖の80歳以上でしょ。

息子から70枚入りのマスクが送られてきたけれど「外出自粛ではなく、外出禁止。出たら死ぬ」と云われているので、ヤボ用でたまに外出することはあっても、4月は仕事で出たのは3日だけという、わが生涯始まって以来の新記録を樹立。

外出しないので、マスクはほとんど減らいなどころか、友人3人から手製の布製マスクを13枚も貰い、マスクの在庫は増える一方という・・・マスク不足の皆さん、どうもすみません。これも、じっとじっと我慢して外出を止めている努力の賜物なんデス。

ところが、我がニッポン国の賢明なソーリが、どんな山間僻地に住んでいようとも、あまねく全世帯に2枚ずつ布製マスクを配布すると発表!!!!

「たったの2枚?」などと言ってはなりません。賢明なソーリが熟慮のうえに下さる贈り物だから、有難く頂戴すべきです。

でもね、大金466億円也を使うのにケチをつける訳じゃないけれど、個人に配るより病院でも使えるようなマスクを作り、必要な所に必要な数だけ配った方が合理的な気がします。でも、合理的精神より「国民が一番」と博愛精神に溢れたソーリですから、当然の判断なんでしょうね。ハイ。

わが国民から言えば、マスクがなくなった時は布製マスクを作くるなどして対応するし、それも知恵を絞って色とりどりにお洒落なマスクを作るなんて・・・ウーン、つらい日々のなかでも潤いを見つけるなんて、わが国民って捨てたもんじゃないんですね。

国民優先のマスク配布になったので、わが街では多くの団体が、施設などは後回しとなるだろうと心配し、ソーリに代わってという訳じゃないけれど、いろいろな施設に布製マスクを作り送っています。わが国民って捨てたもんじゃないんですね。

国民に配られるマスクの写真を見るとなんだか小さいマスクみたい。わが国のソーリがつけているマスクは、この小さなマスクみたいだけれど、ソーリを取り巻く大臣や議員のオエライ方々は、大きなマスクや布製のマスクをつけているでしょ。ソーリは「マスク配布」の言い出しっぺだから、意地でもこの小さなマスクをつけているのでしょうね、

だけど、国民の皆様に大金470億円也を使ってマスクをふるまう訳だから、オエライ方々は、こんな時にこそソーリに忖度して、同じ小さなマスクをつけたらいいのに・・・ホント、一人で小さいマスクをつけて頑張っているソーリはお可哀そうデス。

わが街にいつマスクが配られるのか知らないけれど、わが街を歩く人を見ると、ほとんど顎の下まで届くマスクをつけているでしょ。私の家にあるマスクは全て顎の下まで届く大きいマスクばかり。

私、心配!!! わがニッポン国が大盤振る舞いをする有難いマスクが届いたら・・・ウーン、どうしよう? 大きいマスクをつけて街に出たら、ソーリに対し「失礼な振る舞い!!!」と顰蹙を買うかもしれません。

みなさん、どうします?

恨めしや・・・

わが街北九州市は福岡県の関門海峡に面している街である。そして、かの恐るべき「緊急事態宣言」が出された街である。

「緊急事態宣言」が出されるのは首都圏と関西圏と思っていたのに、なんと名古屋や京都を出し抜いて、地方にあるわが福岡県に出されたのに驚天動地!!!

全国で7番目に豊かな県というのなら鼻高々なんだけれど、全国で7番目にヤバイということでしょ。鼻底々になって右往左往!!!

そりゃ、私の関係している7団体の総会は全て中止か延期。これらの団体が予定していたアレヤコレヤの行事は、多くの施設が使用禁止となったこともあって、とりあえず6月まで中止。60年の歴史を誇る「小倉歩こう会」は、8月まで中止という有様なので、天下の一大事であることは分かっていたけれど、まさかわが県とは・・・。

デパートや大型複合商業施設3カ所などすべて閉館。残念ながら、4館あるシネコンも当然休館。私、映画大好き人間でしょ、残念無念と言いたけれど、わが街でコロナがかしましくなる寸前の2月下旬に、しっかりと映画「パラサイト」を見に行きました。

「映画を見に行く」といえば、女房から「バカな真似は止めて」と言われるに違いないから「大事な用事あるので・・・」と言って・・・エート、お断りしておくがウソを云っている訳ではない。私にとって、映画に行くということは大事な用件である。

かくして、ハレバレと家を出てバスに乗ったら、いつも5分から10分は遅れてくるバスが、なんと時間通りに到着。乗っている人はマバラ。渋滞もなく、乗客も少ないなんて初めて・・・空前絶後!!!

シネコンが入っているチャチャタウンという大型複合商業施設に行くと、人はチョボチョボ。映画館の窓口があるホールに入るとガラーン。チケットを買って上映しているルームに行くと、座っている人は6人ポッキリ。これって前代未聞!!!

私の見る映画は原則として、ドンパチ映画と吉永小百合と今はなきゴジラの映画と決められているが「例外のない原則はない」という世の習わしにより、話題なった映画は見に行くことにしている。

見に行った映画「パラサイト」はアカデミー賞を取った韓国の映画である。アカデミー賞受賞の映画とあって、期待満々で行ったところが、なんと期待減免。かくして茫然自失!!!

だって、えげつない映画なんですね。これでもかこれでもかと、えげつないことがいっぱい。どうも私とはフーリングが合わないみたい。アカデミー賞の審査員の皆さんは、ドンパチ映画愛好者とは違って、高い知性と教養をお持ちでしょうから仕方ありません。トホホホと意気消沈!!!

私、四字熟語を駆使して、得体の知れないコロナウイルスに悲憤慷慨しています。

 

幸か不幸か

得体の知れぬウイルスのため、3月1日の夢旅人で「もう,タイヘン!&たいへん!!大変!!!&Oh my God!!!!」と書いたけれど、これって序の口。なんと3月になった途端、ズラズラーと予定していた行事が、ほとんどドタキャンしてしまった。

私、何故か忙し人間となっていて、1週間のなかで、予定が入っていない日は1日か2日位だったんですね。ところが、今や予定が入っている日は1日か2日で、お休みが5日も6日もズラズラーとあるという、それも3月いっぱい続くというお休み溢れんばかりの3月なってしまったんです。

「外出したらダメ、特に年寄りは絶対ダメ、死にますよ」と言われると、私、82歳。絵に描いたような生粋の年寄りでしょ。春爛漫の矢先にトホホ・・、何たる不幸と思ったけれど「不幸転じて幸となす」・・・今迄忙しくってやれなかったなことが出来るってことに気が付いてニコニコ。

「明日からお休み」と言われても、お休みが財布に直結している人にとっては「不幸転じて幸となす」なんてことはあり得ないことだから、そんな呑気なことは言えないでしょうけれど、私、エライ人が云った「生産性のない人間」なんでしょうから勘弁してくださいね。

かくして、録画していた洋画の「スカッと爽やかドンパチ映画」8本と「大好きアーチストの音楽番組」2本のDVDを片っ端から見て、つん読していた・・・ウーン・これって年寄語でしょうから、若い人には意味不明でしょうね。買ったままで積み上げている読んでない本のことデス・・・S・キングの「ミスター・メルデス」とリー・チャイルドの「パーソナル」とロバート・ロブレスティの「休日はコーヒショップで謎解きを」を読んで・・・なんだか借金を完済した気分。ウン、ハレバレ!!!

撃って撃って撃ちまくるドンパチ映画が何故「すかっと爽やか映画」というと、我がヒーローがピストルを撃ちまくると、敵はバッタバッタと倒れるでしょ。でも、撃たれても血がドバーと出る訳でもないし、ヨロヨロとよろめいて画面の外で死ぬ訳だから、死体累々ということもないし、かくして敵は全滅「ザマーミヤガレ」という具合で爽やかさ溢れて、すこぶるいい気分で映画館を出ることができる訳です。だから大好き!!!

録画していた音楽番組は、大好きな「井上陽水」と「竹内まりや」の2本。

井上陽水の50年の軌跡を辿るという訳で、NHKで1月に放映されたのは「5人の表現者が語る井上陽水」という番組。登場したのは宇多田ヒカル、奥田民生、玉置浩二、松任谷由実、リリー・ファランキーという錚々たるメンバー。これが楽しかったです。

陽水のとぼけたような話し方も大好きだけれど、それぞれ一家言ある5人のトークでしょ。これも面白くって楽しくってニコニコしっぱなし。

私的には摩訶不思議に見える陽水の一面が語られ、陽水のヒット曲も放映されたけれど、ウン10年前の曲なのに、懐かしのメロデイって感じはなくって、今、聞いても遜色がないのは不思議!!!

「陽水って人間ばなれしてるよね」と云った奥田民生や、「陽水の言葉は構築して作られているのではなく、香水を作るように言葉を調合してコントロールしながら作り、香水は初めて嗅ぐ人がいて完成するように、初めて聴いた人があって完成する楽曲」と言った宇多田ヒカルの話が印象的だったけれど、ウーン、納得です。それと宇多田ヒカルの洋服ってお洒落だったなァ、ファンになりそう・・・。

3月24日にNHKTVで」放映されたのは、竹内まりや Music&Life  特別編「いのちの歌の物語」

昨年の紅白歌合戦で竹内まりやが歌って大きな感動を呼んだ「いのちの歌」は、NHKの朝ドラ「だんらん」で使われた歌だけれど、この歌にまつわる400通を超えるエピソードが紹介されました。私、感受性の乏しくなった年寄りだけどウルウル。この歌が持つ力って凄いんですね。

私、まだ年寄以前に聴いた彼女の「駅」とか「元気を出して」でファンになり、ちょっぴり年寄りになって「人生の扉」に出会い、すっかり年寄りになった今は、この「いのちの歌」なんです。私の人生に寄りそった歌を提供してくれた彼女に大感謝。と、云うことで「人生の歌」の最後のフレーズを紹介します。

いつかは誰でも

この星にさよならを する時が来るけれど

生まれてきたこと 育ててもらえたこと

出会ったこと 笑ったこと

そのすべてにありがとう この命にありがとう

ネ、今の私にピッタリでしょ。

 

大変! その4

前回のこのプログで「てんやわんや」と書いたけれど、それって序の口。この世の溢れている「大変」から言えば、取るに足らないほどのちっぽけな「大変」。

今や、めったやたらに「大変」が出現し、中国を脱出した得体のしれないウイルスが地球上でバッタバッタと跋扈。わがニッポン国でも学校はズズズイズーンとお休みで暇があふれ、わが街の公共施設はスッカラカンと人はまばらで寂しさ漂い、株はドドドーンと下がってウン千億円がドロンと消え、売り上げは景気を道連れにしてズルズルズルーと落ちてため息が蔓延し、経済界もわがニッポン国のソーリもジタバタ&ドタバタ!!!

かくして、わがニッポン国は悲鳴がいっぱい・・・。この深刻な「大変」状況からみると、我がプログの「大変!」は、ちっぽけなどうでもいいような「大変」。これを読んで「大変疲れ」を癒してください。

逃 避

人間だれしも一生に一度、穴を掘ってもぐりこみ、中から穴をふさぎたくなる時がある。

角川書店「俺には向かない職業」ロス・H・スペンサー/上田公子訳

つまるところ、ひとりになって箱入りのフライドチキンと三文小説をかかえて、現実をシャットアウトしたいだけなんだ。

早川書房「逃げるアヒル」ポーラ・ゴズリング/山本俊子訳

上着を着てマジノラインをこえ、ミス・エイムズを彼女の巣に、そして、そのすさまじいお茶とともに残して、彼は部屋を出た。

新潮社「別れを告げに来た男」フリー・マントル/中村能三訳

シャワーを浴びて夜を洗い流し、ベッドにもぐりこんだ。

早川書房「殺人ウエディングベル」ウイリアム・L・デアンドリア/真崎義弘訳

 

失 敗 

(それをやるには)

「ダイエットに失敗するみたいに簡単だぜ」

早川書房「最高の悪運」ドナルド・E・ウェストレイク/木村仁良訳

「準備をしくじるってことは、しくじる準備をしているってことだ」

東京創元社「ストリート・キッズ」ドン・ウィンズロウ/東江一紀訳

・・・結局、ぼくのしたことは骨折り損のくたびれもうけだった。世の中、えてしてこういうものだ。必要なとき、必要なものは決して手もとにはない。なんとしても手放すまいと思っていると、昨年のクリスマス以降手に入れたものがすべて他人の敷物上のこぼれ落ちてしまうのだ。

二見書房「ピンク・ウォッカ・ブルース」ニール・バレット・ジュニア/飛田野裕子訳

月並みなことでも、それが過ちであれば月並みにはならない。

早川書房「ブリリアント・アイ」ローレン・D・エスルマン/村田勝彦訳

アリーは始め、死に物狂いで完璧を求めようとしたが、その努力が無駄に終わると、無関心を決め込むようになり、最後には、わざとへまをやるようになった。完璧な成功は成し遂げられなくても、完璧な失敗なら成し遂げられる。理想的な王女になれなくても、完璧な悪女になられる。

東京創元社「ストリート・キッズ」ドン・ウィンズロウ/東江一紀訳

苦 手

わたしは大のコンピュター・オンチで、扱い方などどうせわからないのだ。彼らに対して含むところはなく、ただ向こうが嫌っているだけなので、わたしは〈羽ペンとインクを普及する会〉の設立メンバーになった。それも大きな団体ではないが。

早川書房「天使の火遊び」マイク・リプリー/鈴木啓子訳

昔、付き合ていた恋人から電話をもらいたくないものだ。親指2本でオイル交換をやろうとするようなもので、厄介なことこの上もない。

早川書房「図書館の美女」ジェフ・アポット/佐藤耕士訳

エマ・ウォルッシュは賢かった。わたしはそれが良く分かった。わたしよりずっと頭が切れた。頭が切れるボスというやつは始末が悪い。わたしは落ち着かない気持ちになった。

東京創元社「裁きの街」キース・ピーターソン/芹沢恵訳

この娘と議論しても利益はない。ノイローゼに悩むガールフレンドに拳銃の撃ち方を教えてくれと頼まれた時と同様に、勝てる見込みはない。

早川書房「眠れる犬」ディック・ロクティ/石田善彦訳

(電話をかけたところ)

私が何か言う前に相手はすぐにテープに切り替えてしまった。機械、の、声、が、数字、を、ひとつ、ひとつ、しゃべる、あれ、だ。どうしてあんなことをするのか、彼らに説教のひとつでもしたいところだが、私もそれほど暇人ではない。

二見書房「処刑宣言」ローレンス・ブロック/田口俊樹訳

(グレッチェンは義母だが)

ぼくとしては、グレッチェンを雇うくらいなら、犯罪学の棚の新刊注文は切り裂きジャックに頼み、戦記物はチンギス・ハーンに任せ、精神病理学はスターリンにでも扱ってもらうほうがまだましだったけど、ボブ・ドンは僕に「雇ってくれ」と懇願したのだ。

早川書房「図書館の親子」ジェフ・アポット/佐藤耕士訳

過 剰

ジャズはスローなブルースだった。・・・ダンスフロアーで彼女がやったことは、50年前なら強姦罪とよばれたろう。こっちもまんざらではないが、こうさとるだけの分別はあった。この女はなにかを狙っている。それがなんであるしろ、えらくご執心だ。照れがない。準備運動のつもりか、わたしの首すじをチューチュー吸いはじめた。

早川書房「ハリーを探せ」リチャード・ホイト/浅倉久志訳

(フランがドライブをしながらいろいろな店で買い物をしたけれど)

私は一度も車からおりなかった。それでもなんだか、“ぶっ倒れるまで買いまくれ”というアメリカの国民的スポーツに参加しているような気がした。

早川書房「いまだ生者のなかで」ザカリー・クライン/黒原敏行訳

「つまり大胆すぎる。自身がありすぎる。いつも、ギャを一段上に入れすぎる。バランス感覚が欠如している」

文芸春秋「推定無罪」ストット・トゥロー/上田公子訳

当 惑

メイザおばあちゃんは新聞の死亡広告欄を、娯楽欄を読むみたいに熟読する。よその地域共同体には、カントリークラブとか友愛組合があるようだが、バーグには葬儀会館がある。人々が死ぬのをやめたら、バーグ社交生活はストップするだろう。

扶桑社「あたししかできない職業」ジャネット・イヴァノヴィッチ/細美瑶子訳

(二日酔いでまったく記憶がないのに、なぜかギャングに追われ)

・・・いったいなにをしたのかさっぱりわからない。もちろん、だからといって、なにもしていないという証拠にはならない。“さっぱりわからない”というのが、本日の顕著な傾向だ。

二見書房「ピンク・ウォッカ・ブルース」ニール・バレット・ジュニア/飛田野裕子訳

タイニーが戸惑いの海で溺れているのを見た。

早川書房「天から降ってきた泥棒」ドナルドE・ウエストレイク/木村仁良訳

・・・に電話をかけると、本人はいなかったが正体不明の生き物がいたので、その日の午後オフイスにきてもらいたいというメセージを残した。

早川書房「チコの探偵物語」ウォーレン・マーフィー/田村義信訳

(男は私を商品としてしか見ていないというモナに対し)

私は自分の手を見つめながら考えた。世界のどこへモナを連れていけば、毛皮を着て買い物包みを抱え、雪の中を歩く女の子に戻してやれるか。さらにそんな私の思いをどう伝えれば、むなしく聞こえずにすむか。

早川書房「神なき街の聖歌」トマス・アドコック/田口俊樹訳

多 忙

朝の病院のざわめきは最高潮に達していた。・・・他のある商売でもそうだが、仰向けになっているのは、病院でも実はとても多忙な行為だった。

早川書房「虹の彼方に」ナンシー・ピカート/宇佐川晶子訳