涙なくして 2

ウクライナやガザの惨劇をはじめとして、世の中は無常にして悲惨なことがいっぱい、涙なくしてはいられません。

トランプさんは、大統領になったら即時争いを止めさせると大言壮語していたけれど、ロシアもイスラエルも聞く耳を持たずやりたい放題。
むかし昔、世界のどこかで紛争が起きたら、国連が国連軍を派遣して戦いを収束させていたものだけど、世界の警察と名乗っていたアメリカも身を引いて、今や、弱肉強食の時代に戻りつつあるような気がします。

せめて、このプロブ「夢旅人」のハードボイルドの世界に浸って、現実世界の「涙なくしてはいられない」ことから、ちょっぴりでも離れてみましょうね。
と、言うことで今日の「夢旅人」は「ハードボイルドに恋をして13」の「涙なくして」の続編です。

悲 惨

家は木造の二階屋で、冷淡な医者が生命維持装置をはずすのを待っている末期症状の病人のようだった。要所にもたりかかりでもすれば、医学部のほこりにまみれた骸骨標本みたいにばらばらに崩れ落ちるだろう。
早川書房「秋のスローダンス」フィリップ・リー・ウィリアムズ/坂本憲一訳

(ボビーは)
いつも咳をしていた。五臓六腑が痛むこともあって、夏の夜空を引き裂く彗星のように激痛が体を駆け抜けると、目を見開き、胸や腹を押さえた。年齢は34。本当の人生はこれからだったのに、もうすっかり老いさばらえていた。
早川書房「死の蔵書」ジョン・ダニング/宮脇孝雄訳

私は網戸を押し開けて入った。家の中は残飯、汗、煙草の煙、失われた人生のにおいが入り混じった汚臭に満ちていた。
早川書房「スターダスト」ロバート・B・パーカー/菊池光訳

(ピストルをかまえようとしたが)
あまりにも失意と挫折の雰囲気を漂わせているので、バナナよりも驚異的な物を突きつける必要はないように思えた。
早川書房「最高の悪運」ドナルド・E・ウエストレイク/木村仁良訳

「ルイス、悲惨そのものといった姿だな」
早川書房「黒いスズメバチ」ジェイムス・サリス/鈴木恵訳

つらつら思うに、これは瀟洒な一戸建てでの暮らしから路上生活へ転落したといった生やさしいものではない。下水溜めへの転落に例えるべきものであろう。
早川書房「お熱い脅迫状」H・フレッド・ワイザー/仙波有理訳

残 念

(若い女がボクシングのリンク上で第4ラウンドと書いたブラカードを示していたが)
彼女がわれわれに示していたのはただそれだけではなかった。なにぶん彼女の着ていたものが、余分なものを一切省いたコスチュームだったので。テレビの視聴者はそのショーは見られない。彼女が自らの持てるものを世界に示しているあいだ、テレビの視聴者はビールのコマーシャルを見ているのである。
二見書房「倒錯の舞踏」ローレンス・ブロック/田口俊樹訳

(酒びたりのミロに対しダフィーが)
「あなたは少し下品で、不幸な方なんですね?」
「それくらいなら、まだ救いようがあるんですがね」
早川書房「酔いどれの誇り」ジェイムス・クラムリー/小鷹信光訳

ホウムビー・ヒルズはロスアンジェルスの最高住宅地で・・・裕福な富の小さなポケットである。わが家とは、経済的には何光年も離れているが、真南にわずか1マイルのところに位置している。
新潮社「サイレント・パートナー」ジョナサン・ケラーマン/水澤和彦訳

アビゲイルは20分遅れたが、真に重要なときでもないかぎり必ず遅れるスーザンに訓練されているので、私は落ちついていた。
早川書房「プロフェッショナル」ロバート・B・パーカー/加賀山卓朗訳

涙なくして

九州は、もう梅雨明け。なんと昨年より20日も早い梅雨明けとのことです。
ヤレヤレ、雨の心配はしはくてもよい・・・と、安心してはいけません。あの恐怖の夏(今からは35度以上が夏日、40度以上が真夏日、45度以上が猛暑日)が昨年より20日も早く来ると云うことなんですからね。

あつくて暑くてやりきれない・・・という訳で、私、「ナーンニモしたくなーい」けれど、「夢旅人」は書かねばなりません。トホホホ・・・。
ところで「ハードボイルドに恋をして」のシリーズは、すでにある原稿を機械的に転記するだけなんですね。なけなしのアタマを絞るなんてことはしなくてすむから、なんという幸せ・・・。
と、いうことで、今日の「夢旅人」は「ハードボイルドに恋をして13」の「涙なくして」です。これを読んでチョッピリでも暑さを忘れてください。

「わたしは是非とも諸君にニュースを伝えずにはいられない。ほかならぬレオ・Ⅿ・スライドに関する悪いニュースといいニュースをね。悪いニュースというのは、こうだ。飲み過ぎと、それから何か他のことをやりすぎて(爆笑)、レオは頓死した。つぎはいいニュースだが、クウォリティーの審査がいいかげんだったせいで、彼は天国に行っちまった」(さらに爆笑)
早川書房「相棒は女刑事」スーザン・ウルフ/幾野宏訳

(耄碌しているおばあちゃんについて)
「どうせじきに、天国の空席ランプがつくんだろうね」マークがそう呟いたとき、姉さんがキッチンに戻ってきた。
早川書房「図書館の死体」ジェフ・アボット/幾野宏訳

(5時間ほど前にタクシーにはねられて死んだミンディの家に電話したところが)
「はい、こちらミンディです。メッセージをどうぞ」
彼女が死んだなんて信じられない。彼女の声が聞こえるなんて信じられない。決して返事がこないメッセージを入れるよう求める声が。こんなつもりではなかった。過去の5時間を巻き戻して、別のエンデングにしたかった。ハリウッドでやっていることだ。エンデングを見て、大衆に受けそうもないとあれば、撮り直しをやるではないか。
私も撮り直しをしたかった。
講談社「リスクが多すぎる」ボブ・バーガー/笹野洋子訳

若くして殺されるのは、普通非常に弱いか、もしくは非常に強い人間だ。彼女はどちらだったんだろう。
早川書房「黒い風に向かって歩け」マイクル・コリンズ/木村二郎訳

「・・・病院のベッドで寝ていたオデイの母親が彼にこう言った、自分はもう死ぬ覚悟が出来てるってな。自分の人生はいい人生だった。自分はその人生から得られるすべての喜びをもう得てしまった。これ以上体にチューブを突っ込まれ、機械に生き延びさせてもらおうとは思わない。おまえはほんとうにいい息子だった。だから最後のキスをわたしにして、お医者さんにこのチューブを抜いてくれるよう、わたしをいかせてくれるよう頼んでおくれ。そう言ったんだ。
      ・・・医者は医者でそんな相談をされて弱りきっていた・・・
オデイは言った。〝先生、そんなに深刻に考えなくてもいいじゃないですか。私が頼んでることは、そんなにひどいことでもない。いいですか、先生、過去に死者たちも長い列があって母も私もいるんじゃないですか〟ってな」
二見書房「死者の長い列」ローレンス・ブロック/田口俊樹訳

人は一気には死なない。今ではもう、人は一度に少しずつ死ぬ。それが現代というものだ。
二見書房「償いの報酬」ローレンス・ブロック/田口俊樹訳