ご機嫌いかが 3

春はアッという間にやってきて、アレヨアレヨと云う間もなく、もう夏の気配が漂ってきました。
私、夏は暑いから大嫌い、冬は寒いから大嫌い。だから春と秋は大好き。
特に春になると、コートを脱ぎすて超ミニスカートでボインボインを誇らしげに、エロっぽい眼差しで見る男どもを見くだして闊歩する女性を見るのが大好き。

でも、私、とっびきりの年寄りだから、

夜桜を見に行かないかと君が言う 思いっきり幸せを抱きしめる瞬間   諸星詩織

という世界からは程遠い存在でしょ。だから

のんびりと春を探しに出かけます 寂しい者はこの指とまれ  諸星詩織

という世界なんです。ウン、誰かこの指に止まってくれないかなァ。

ところで、今日の「ハードボイルドに恋をして10」は、2022年2月15日のプログ「ご機嫌いかが 2」の続編です。
ウクライナのTVニュースを見るたびに、私、機嫌は悪くなるばかり。そして「怒り」はますばかり。そこで、ハードボイルドの「怒り」を読んで、チョッピリうさ払らしをして下さい。

怒り

けんかは不得意だから、すぐに相手に殴り倒されてしまった。正義の味方を気どるには体重も軽すぎるし、年もとりすぎている。それは自分でも十分承知しているにもかかわらず、時として、世界の不公平さを特別に見せつけられると、ついそれを忘れてしまうのだ。
角川書店「暗くなるまで待て」トニー・ケンリック/上田公子訳

いかし、わたしがいくら理性的な性格にできていても、わが長所のトップは忍耐ではない。
早川書房「ダウンタウン・シスター」サラ・バレッキー/山本やよい訳

エレベータは、奇数偶数方式だった。こんなものを設計したデザイナーには本年度の「アホバカ大賞」をやるべきだ。この種のエレベーターときたら、やたらスピードがのろい。
早川書房「絞殺魔に会いたい」パーネル・ホール/田中一江訳

(男のトイレはあっても、女性トイレがないので、エヴァは頭にきて)
連中はたとえ寒い夜でも、女には鉄の膀胱があるから大丈夫だと思ってるんだろうが、そんなの公平じゃない。金持ちで有名になったら、あたしも文句が言えるかもしれない。金持ちでも有名でもないときに文句をつけるのはいいことじゃない。だって、コルクの栓でもしろと言われるのがおちだし、こっちはますます頭に血が昇るからだ。
早川書房「汚れた守護天使」リザ・コディ/堀内静子訳

患者から金を奪った上に、人格まで奪ってしまう病院の日課なるものを押しつけられると・・・。
早川書房「ダウンタウン・シスター」サラ・バレッキー/山本やよい訳

(性倒錯者が少年を傷つける秘密ビデオを見せられたエレインは)
「・・・この世の中には、変質者や頭のいかれた人間がうじゃうじゃいる。そんなことは百も承知よ。・・・そりゃ時には、人類に取りつけられている生命維持装置を誰かがもうはずすべきだ、なんて思うこともあるけれど、でも、大丈夫、とりあえずわたしはこの世界と折り合いをつけている。でも、今見たビデオだけは我慢ならない。このビデオだけは絶対に許せない」
二見書房「倒錯の舞踏」ローレンス・ブロック/田口俊樹訳

俺の怒りは順調に進行し・・・彼の顔は、不吉な桑の実のような暗赤色を呈していた。
早川書房「大あたり殺人事件」クレイグ・ライス/小泉喜美子訳

ニッキは端然として椅子に座っている。そのひっそりとして静かな物腰は、まるで感情のギアが入れ忘れられているかのようだ。
早川書房「アリバイのA」スー・グラフトン/嵯峨静江訳

(整備してもらったばかりの車がぶっ壊れたので)
「こんちくしょう!」あたしは叫んだ。
「この日本製のくそったれトラックめ。あの大嘘つきの詐欺師のしょんべんたれの整備工め!」
あたしは一秒ほどハンドルに顔を押しつけた。まるでお父さんみたいな口をきいてしまった。タイタニック号に乗って沈んでいくときに、きっとこんなことを思うのだろう。
扶桑社「モーおじさんの失踪」ジャネット・イヴァノヴィッチ/細美遥子訳

(探偵の資格をなくすと脅されて)
「探偵の資格を剥奪されたって、この世の終わりがくるわけじゃない」
この世の二日前ぐらいの気分にはなる、ということはいわないでいた。
早川書房「偽りの契り」スチィーヴン・グリンリース/黒原敏行江訳

※諸星伊織ーー本名 糸満久美子、沖縄県出身。詩集「雨上がりの窓」より。

 

ご機嫌いかが 2

今日の「ハードボイルドに恋をして10」は、2018年11月15日のプログ「ご機嫌いかが」の続編です。
コロナ防止3原則を守っているのにコロナをうつされた人や、バレンタインで義理チョコばかりで本命チョコのなかった人など、とかくままならぬのが世の中ということで、悲しさいっぱいの人もいると思います。
そこで、ハードボイルドの世界の「悲しみ」を、ちょぴりですが覗いてみてください。

悲しみ

クリーヴィやトレイの死に関して、ぼくがひそかに感じていることを、略語のアルファベットだらけの肩書をもつ同情風を吹かしたどこかの精神科医に打ち明けるなんて、金輪際ごめんだ。
早川書房「図書館の親子」ジェフ・アボット/佐藤耕士訳

未亡人は落ち着いていたが、心の中は、涙のしずくのように、絶え間なく震えているように思われた。
東京創元社「ピアノ・ソナタ」J・J・ローザン/直良和美訳

目は悲しみをたたえたライト・ブルーだった。人生を色つきで見ることができなくなったような目だった。
早川書房「ラスコの死角」リチャード・N・バタースン/小林宏明訳

そのとき、女の子がそんなに悲しそうな声を出すのは、法律で禁止すべきだと思ったのを覚えている。
早川書房「殺人ウェディング・ベル」ウイリアム・L・デアンドリア/真崎義博訳

その日、私は未亡人にあまり近よらず、形式的なお悔みの言葉をぼそぼそと述べただけだった。彼女は、骨が砕けるのをおそれるようにそっと身じろぎし、視線をわたしにとめたが、わたしを通して無限の彼方を見透かしているように覚えた。
角川書店「ミッドナイトゲーム」デビット・アンソニー/小鷹信光訳

ブラント・ホテルのようなところでは、クレジット・カードに敬意を払うばかりでなく、それを好み、それに従うものなのだ。カードなら現金を手にして別れを惜しむことがないので、支払いのときの悲しみが薄れるという寸法だ。
早川書房「殺人オン・エア」ウィリアム・L・デアンドリア/真崎義博訳

(自殺した)
あの子は、神が与えたもうた肉体に宿って生きていることに、くたびれただけなんだよ。
早川書房「探偵の帰郷」ステーヴン・グリーンリーフ/佐々田雅子訳

この世の悲劇のなかには、あまりにも悲惨すぎて、他人にはせいぜい進化論的な理解しかできないものもある。
文芸春秋「推定無罪」ストット・トゥロー/上田公子訳

動転していた点では彼も同じことだ。体の真ん中にリンゴのように悲しみの芯がある、ということに気付いていないだけだ、と俺は思った。
扶桑社「最後に笑うのは誰だ」ラリー・バインハート/工藤政司訳

リーアンはふたたび溜息をついた。悲哀の一歩手前から、絶望の一歩向こうまでのあいだのどこからか漏れたような音だった。
早川書房「殴られてもブルース」スティーヴン・ウォマック/大谷豪見訳

だれかに胸が張り裂けそうな思いをさせるとわかっているとき、眠りはそう簡単に訪れない。
扶桑社「ぬきさしならない依頼」ロバート・クレイス/高橋恭美子訳

(スーザンはバークハーストから夫が死んだと聞かされて)
炉床に座ったバークハーストがキラキラ輝くダイヤモンドのような鋭い硬質の言葉をしゃべっているが、それはたちまち崩れて、ペチャンコになり、ドロドロに溶けて、窓ガラスを伝う雨滴のように流れ落ちてゆく。
早川書房「花嫁は警察署長」シャーリーン・ウィア/青木久恵訳

悲しみというものには、その原因がいろいろあるように、様々な種類がある。私たちが目にする悲しみのほとんどは、政治家や映画スター、あるいは保険の外交員などによって大げさに演じられるもので、それはアスピリンの広告と同じくらいインチキである。だが、ルーシーの悲しみはまったく個人的なものであり、とじられたドアのかげでも、おろされたシェードのかげでも、はずされた電話の受話器のなかでも消えることのない虫歯の痛さと同じで、いつわりもかけひきもない、真の悲しみだった。
早川書房「致命傷」スティーヴン・グリーンリーフ/野中重雄訳

なみだは人間の作る一番小さな海です。
かなしみはいつも外から見送っていたい。
新潮文庫「両手いっぱいの言葉」寺山修司

二人で悲しみを盆栽にして見ているようで、変だね。
福武書店「うたたか/サンクチュアリ」吉本ばなな