大菩薩峠~ハラハラ・ドキドキと

 1995年7月の山行は、目黒ハイキングクラブ(MHC)ではファミリーレベルとはいえ、かの有名な大菩薩峠である。なんたって2000mもある。かくしてメンバーはファミリークラスの健脚を誇る北山さん、島川さん、美人の西田さん、それに新人でオッカナビックリ初参加の私。リーダーはキュートな倉地さん。
 私は女性と一緒に山に登ると、何故か足取り軽くスイスイという癖がある。無論、前を歩く女性の偉大なオケツ・・・ン? 訂正、ヒップを見ながら登ると疲れを忘れる、なんてことはこれっぽちも考えたことはない。しかしながら、これで今日の大菩薩峠はバテなくてすむと安心する。
 7月30日新宿駅6時20分集合。前夜Am1時30分ベッドインの私にとっては、ウーン、これは早い。しかし、仕事の5時起きは許せないが遊びの5時起きは許せると、それでも夢見心地的顔つきで5時に起き、夢見心地的気分で新宿駅に着くと、すでに島川さんが一番乗り。島川さんも昨夜寝たのがAm1時過ぎと、夢見心地的喋り方である。
 そこで、2人揃って夢見心地的雰囲気で他のメンバーを待つが、ダーレも来ない。かくして夢見心地的雰囲気も次第に覚めて、
 エッ! ひよっとして二人とも夢見心地ついでに集合時間を間違えたのかとドッキリ。、
 そこに、北山さんがアタフタと到着。かくかくしかじか,倉地さんと西田さんが渋谷駅にいるけれど、ギリギリに来るから待ってというリーダーからの伝言である。すると、ギリギリに西田さんだけ到着。またもや、かくかくしかじかギリギリのギリギリに倉地さんも乗るので、先に電車に乗っていてと言う。と、云う間もなく電車が到着。発車ギリギリのギリギリまで待つが、倉地さんたが乗ったかどうか確認できないままに、ハラハラドキドキしつつ電車に乗ることにした。
 電車は高尾で乗り換えである。高尾で乗り換える電車を待つ時間が15分ほどあり、ハラハラドキドキしながら、その間新宿からの電車が入ってくるのを待つものの、倉地さんは見当たらない。
 「どうする?」ということになったが、ともかく塩山まで行こうということで、予定通り7時57分の電車に乗る。ところがである。なんとこの世は素晴らしい。電車が動き出して間もなく、倉地さんが
 「会えた!」と絶叫しながら登場。我ら4人は大歓声を上げて抱きつかんばかりである。ホント、遭難者が生還したような感激のシ-ンである。
 周りの乗客はアホかという顔つきで見ているが、我らがハラドキを3回も繰り返しているとは知らないだろうから、許してやることにしよう。
 しかし、倉地さんは、山から降りてきたばかりのように、精も根も使い果たした顔付である。さっそく、西田さんが水筒の水を飲ませる。山の女性は優しい。私は、すでに女房子供付なので間に合わないが、今度、結婚する時は山の好きな女性と結婚することにしよう。
 しかしながらリーダーは大変である。私はハラハラドキドキするだけですむが、リーダーはハラハラドキドキしたうえに、渋谷駅や新宿駅を上に下にと走り廻ったらしい。おまけに、後の4人はちゃんと電車に乗ったのだろうかと、心配もしなければならぬ。精も根も使い果たした顔になるのも仕方がないことだろう。
 しかし、さすがリーダーである。水を飲み我ら4人が遭難もせずニッコリ笑っているのを見るや、たちまち元気回復。アッケラカンとして、駅を上に下に走り廻ったことなどおくびにも出さない。エライものである。
 かくして、ヤレヤレ&ホットの5人を乗せて塩山に9時15分に着いた。タクシーで行くことになっていたので、
 「前に2人乗るので1台でいいでしょ」とリーダーがタクシーの運ちゃんに交渉する。言外に「私達女性はスマートだから大丈夫、乗れるわよ」ということを含ませて交渉するものだから、運ちゃんニッコリ笑って「いいよ」ということになった。どうも、運ちゃんは私に似て女性に弱いらしい。
 ところで、私は昨年MHCに入る前に日帰りでこの山に登った時、塩山駅から登山口までバスで行き、そこから2時間かけて福ちゃん荘まで歩いたものである。その時、何度もタクシーの砂ほこりをかぶりつつ、フンぞり返って乗っている人間を睨み付け
「コン畜生。山に登るのにタクシーなんて」と怒り心頭に発して登ったものであるが、長生きはするものである。なんと、MHCのリッチな山登り。
 しかし、そうは言うもののタクシー代は6000円。一人当たり1200円。だから、この際タクシーの中でフンぞり返ろうと思っても、なにしろ1/5のリッチである。肩身の狭い思いでフンぞり返らねばならぬ。夜の中、とかくままならぬ。
 運ちゃんも肩身の狭い思いで運転しているものの、なにしろ女性二人がピッタリ密着しての運転だから、ご機嫌でおしゃべりをする。
 「スゴイ! 目黒から来たの。目黒は金持ちばかり住んでる街だってね」と、感動の眼差しで我々を見渡す。しかし、話に熱中するあまり、つい片手運転になるものだから、リーダーが
 「キャー、ハンドルから手を離さないで」と叫ぶ。それでも運ちゃん、ついつい話に夢中になって、それから3度もハンドルから手を離すものだから、リーダーはその度
 「キャー」と叫ぶ。なにしろ曲がりくねった山道である。我ら4人の命を預かるリ-ダーは、肩身の狭い思いでフンぞり返る暇もなくハラハラドキドキせねばならぬ。
 しかし、無事福ちゃん小屋に着き、リーダーの命令一下、体操をしてオシッコをして全員元気ハツラツ10時50分に出発。足取り軽く気も軽く・・・といきたいところだけれど、時々、ゴロゴロと遠雷が鳴る。
 たちまちにして、4人の命を預かるリーダーとしては、気も軽くどころではなくなり、ハラハラドキドキせざるを得なくなったらしい。そして
 「大丈夫かしら?」と云うものの空はマッ青、炎天下。我ら無責任4人組はウワのソラで「大丈夫」と口を揃えて保証する。
 なにしろ、リーダーは我ら4人組がウワのソラで保証しているとは知らないから一応安心はするものの、それからは、ゴロゴロハラドキ「大丈夫?」を繰り返しつつ無事大菩薩峠に到着した。
 10時45分。早い! 東京からハラハラドキドキでようやくたどり着いたという思いはあるものの、息を切らしてやっとの思いでたどり着いたという感じではない。全員、元気ハツラツである。
 しかし、4人の命を預かるリーダーは元気ハツラツとはいえ
 「これから大菩薩嶺までは稜線でしょ、雷落ちたらどうしよう。逃げ場ないわ」と、依然としてハラドキしている。
 頂上では遥か南アルプスを望み、これぞ360度の「ザ・展望」を満喫したものの、頂上直下の日川でダムが工事中。緑を切り裂き土砂が露出して痛々しい。自然と文明と両立は難しいと考えさせられるが、完成すれば水と緑の領域になるんだろうと思って諦めざるを得ないのであろう。
 稜線は、一面のお花畑と云いたいところではあるが、なにしろ7月末である。それでもバラバラと一面にお花畑。温度は24度、下界はきっと35度。ザマーミヤガレ、イイ気分と「ザ・展望」を見つつお花畑を眺めながら足取り軽く気も軽く(但し、リーダーを除く)稜線を散策気分で歩く。これって、山登り? という感覚である。
 そこからはワンパターンで、ゴロゴロハラドキ「大丈夫?」を繰り返しつつ雷岩に着く。11時50分。まさに昼メシ時。しかしである。場所が場所である。なんたって雷岩。しかし、リーダーの心配をよそに「ここでメシ」という大合唱により楽しい昼メシ。
 ところが、私は単身赴任で東京一人暮らし。だから昼メシと云ったって、我が愛するコンビニご調達のお弁当だけ。しかし、我がリーダーは皆に「味噌汁をご馳走するわよ」と、ささやかな身体で背負ってきたでっかいリックからコンロをはじめ出る出る味噌汁の材料一式。さすがリーダーである。心くばりが違う。我ら4人の命だけでなく、食事まで心配してくれる。
 私などは、自炊していると威張っているものの、味噌汁なんて「あさげ」と「ゆうげ」しか食べたことがない。お手製の、それも我がリーダーのお手製の味噌汁を食べるなんて、これぞ
 「ザ・感動」である。暑い時に熱い味噌汁を食べるのが、こんなにオイシイとは! 私は、カンドウとオイシサの入り交じった味噌汁を2杯もお代わりして食べた位である。
 かくして、楽しく昼メシを食べ幸せ気分で12時45分に出発。10分くらいで大菩薩嶺に到着。標高2057m。だけど見晴らし0m。そのまま通り過ぎて幸せ気分のまま丸山峠に向かう。しかし、幸せは長く続かない。又もや遠雷がゴロゴロ鳴り始める。たちまち我ら4人の命を預かるリーダーは、幸せ気分を蹴飛ばしてハラドキ気分を復活させ、その度に「キャッ」と叫ぶ。
 「ねェ、雨具はリックの底でしょ。上の方に入れ替えた方がいいのじゃない?」と心配そうに言うものの、空はマッ青、炎天下。我ら4人は歩くのに忙しい。しかしながら、ゴロゴロゴロのゴロと鳴った時、リーダーはたまりかねて
 「ストップ。雨具を入れ替えて!」と命令する。地震雷火事リーダーに弱い4人は、たちまち心を入れ替えて、ついでに雨具も入れ替える。
 しかし、丸山峠までの1時間の下りは結構きつく、雷ゴロゴロに合わせて足もガクガクとなるが、なんとか両方共無事持ちこたえて、お花畑に囲まれた丸山小屋に14時にたどり着く。全員、ヤレヤレ気分だが、リーダーは日焼けクリームなど塗りながら
 「雷、もう大丈夫かしら?」とハラドキ気分で雨の心配もする。さすがリーダーである。和戦両様の備えをしなければならぬ。20分ほど休んで出発。途中、2度ほど休憩を取り雷ゴロゴロも消え代わりに足ガクガクだけれど、リーダーのハラドキ気分がなくなって全員幸せ気分に満ち溢れて裂石に到る林道にたどり着く。
 しばらく林道を歩くと、来るときに約束したタクシーと出会う。運ちゃんは来た時と同じ人である。
 「途中で桃を買ってそれから温泉に入って塩山駅に行く」と、一見目黒の金持ち風にリーダーが運ちゃんに話すと
 「桃も温泉も任せて。案内する」という。そして、地元直売の素朴な桃売り屋さんに寄り道する。
 なにしろ、タクシーを乗り付けたから、桃屋さんは大歓迎である。さっそく、取り立ての桃を取って食べさせてくれる。まだ固くってカリカリした感覚が新鮮でおいしい。
 しかし、置いてある桃は、みな5~6個の箱入りでいかにもタカソーである。しっかり者の我がリーダーは
 「こんな箱入りの上等でなく、傷物でいいからバラはないの」と、目黒に住む住民らしからぬ交渉をする。横で見ていた運ちゃんは最初に目黒住まいと聞いた時の感動の眼差しを、どうも疑惑の眼差しに変えたみたいである。私は「金持ちほどケチなんだ」と解説しようかと思ったが、弁解じみているので止めることにした。
 しかし、桃屋さんはタダで桃を食べさせた関係上、ターカイ桃を売りつけねばならぬ。かくして2箱買い、皆で分けることで相談が成立して次なる温泉場に向った。
 塩山駅近くの旅館で、温泉だけ入れさせてくれるということである。山に登った後での温泉というのはサイコーで最高である。心の垢を山で洗い流し、身体の汗を温泉で洗い流して、温泉から上がってきた時の5人の顔のすがすがしさ! 
 疲れも忘れて「今から山、登ろうか」という顔をしている。
 フロに入ればハラが減る。自然の摂理である。それで、女性軍が弁当の買い出しに行ってくれたが、さすが我らの女性軍である。スゴイ。他称目黒の金持ちは、ホカ弁当など買ゃあしないのである。
 にぎり寿司の大きな鉢盛にあれやこれやつまみも一杯。にぎり寿司は東京で買えばウンウン千円位するのに、ここではたったのウン千円である。さすが目の付け所が違う。ホカ弁と同じ金額で寿司を買ってくる。
 電車の出発にはまだ時間があるという訳で、さっそく駅のコンコースで「いざ酒盛り」と座り込んだ途端、電車のダイヤを見当違いをしていたことが判明。たちまちにして大騒ぎ。出発時の新宿駅のハラハラドキドキシーンを再現して、なんとか飛び乗ることが出来た。
 しかし、今回の山行はハラドキのシーンが続いたものの、なんとか予定通り行けたのは、これはやはり5人の日頃の行いが良いためであるに違いない。
 かくして、列車の中では楽しく美味しくハラドキのシーンもなく酒盛りをひろげて、無事新宿駅に到着することが出来た。
 これもあれも、リーダーの倉地さんのお蔭です。どうも有難う。ご苦労様でした。また、一緒に山、登りましょうね。

1995年10月 記

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