了見狭いねェ・・・

原爆の日の8月6日、石破総理は広島市で開催された平和記念式典に就任後初めて出席し、その挨拶で被爆した歌人正田篠枝さんの代表作「太き骨は先生ならむ そのそばに 小さきあたまの骨 あつまれり」を引いて追悼したそうである。

私、平和記念式典のTV中継は見ていなかったが、それを見ていた知人の女性が、石破首相がこの句を引用した時、ウルッとしたそうである。彼女はアンチ自民党だが、心をウルッとのさせたって聞いて、私、大ビックリ!!!

大体、どんな大会でも総理の挨拶っていうのは、頭脳明晰なエライ人が建前論に基づき書いた無味乾燥な原稿を読むものと思っているが・・・ン? 失礼、エート、たまには自分の考えも入れて添削したうえで読むものと思っているが・・・石破総理の引用した句は、どうも自分の心に感じた想いを詠んだものと思われた。

私、とっても年寄りだから感受性も鈍くなりウルッとはしなかったけれど、チョッピリ感心した次第である。

村山内閣が1995年の戦後50年終戦記念日に首相談話を出して以来、60年に小泉内閣、70年には安倍内閣で首相談話が出されている。
特に安倍総理の70年談話は、将来の世代に「謝罪を続ける宿命を背負わせてはならない」と、謝罪に終止符を打つ未来志向の内容ともなっていて、歴史認識を巡るこれまでの首相談話の集大成となっているそうである。

シンガポールでは、日本がシンガポールを占領した2月12日を「総国防の日」として、夕方にサイレンが全土に鳴り響くとのこと。
「もし、許しを求められれば許すべきだか、決して忘れてはならない」として定められたそうである。これは恨み続けるという意味ではなく、再び許す必要がないように記憶するためとも言われている。

今年は戦後80年の節目の年。てっきり石破首相談話が出されるかと思っていたら「首相談話は、集大成となっている70年の安倍談話で打ち止め」と決定。石破総理は出す必要ないとなって8月15日の首相談話はスルー。

石破総理は、ニッポン国で一番エライ人である。その人が談話を出したいというのであれば、ダメという権限をもつ人はいないと思ったが、なにしろ「自民党の方針」と言われたら従うようになっているらしいから仕方あるまい。

しかし、自民党に従順な石破総理が、なんと今回は「首相談話がダメなら個人談話を出したい」と反抗。それでもダメと脅かされているらしいが、わがニッポン国には言論の自由はないのかしらん。自民党って了見狭いねエ・・・。

私、石破首相談話を聞きたくなった。

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

日本語を含まない投稿は無視されます。(スパム対策)