どうする荘八

私、ホトホト困りぬいている。

私の趣味は、超平凡な読書、音楽鑑賞、映画、登山※・・・は卒業し、今や落ちぶれて「80歳以上の歩こう会」。トボトボと歩いている。

むかし昔の私の現役時代の定年は55歳。
定年退職後に趣味のない夫は、妻が出かけようとすると必ず「ワシも付いて行く」という 「濡れ落ち葉症候群」となり、「濡れ落ち葉離婚」につながるとの恐ろしい話があった。

自称「遠望深慮」の私はかくてはならじと、定年後は録りだめたミュージックテープをBGMに読書にいそしむことにしようと計画。
かくして40代から60代までに、私好みの全集の発行予告の新聞広告が出れば、見境もなくなじみの本屋さんに注文し、各巻が出版されるごとに配達してもらったのである。

30数年前に家を建て直し、私用の小さな部屋の壁一面に書棚を作り、3つの本箱や収納箱に分散していた全集やミステリー等の単行本等を収納したところ、全集だけでなんと書棚の半分を占めてしまった。かくして買い集めた全集は全て函入りで12セット、なんと227冊。

私、口をアングリ。長年にわたってチビチビ注文していたので、書棚の半分を占めるような部数になっているとは思わずに・・・茫然自失。
読むことも出来ないのに、気がつかず買い続けるなんてアホ丸出し。バッカじゃなかろうか!!!・・・と悔やんでも、時すでに遅し。
わが不肖の息子いわく「あれは、お飾り」

つらつら考えるに、55歳で定年になっても、一日中読書にいそしむ訳ではない。毎日のメシ、フロ、新聞以外に夜は家族団欒で一緒にTVを見たり、女房と「アアでもないけどコウでもない」と不毛の会話をしなきゃならない。
それに撮りためていた映画や音楽番組のDVDも見なきゃならないので、よくよく考えたら、全集など読む暇はないのである。

悪いことは重なるもので、55歳定年の予定が71歳まで働き続け、ようやく夢の「毎日が日曜日」になると胸を弾ませた途端、待ってましたとばかり、4団体からお呼びがかかり、
「マ、いいか」と軽い気持ちで引き受けたところ、トンデモハップン!!! 現役時代の最盛期と同じようにハチャメチャに忙しい毎日を送る羽目になってしまい、ズズズーイと、読書とはほど遠い世界に身を沈めてしまった。

いずれ死ぬまで生き続けていくだろうが、書棚半分の全集をしみじみ考察し、人生の残り時間を推察の末、従前から決めていた読む優先順位第1位の「世界ミステリー全集」18巻と第2位の「世界SF全集」35巻は、何が何でも読了することにして、「老いては子に従え」に基づき、残りの全集は「本棚のお飾り」と苦渋の決断をすることにした。トホホホ・・・。

ところが困ったことには、面白い新刊本が出版されたらついフラフラと買ってしまうという悪癖があるものだから、それを優先して読んだ結果、「世界ミステリー全集」18巻の内読んだのは14巻までで「世界SF全集」はゼロ。

実をいうと、この全集ものの惨めな結果は、新刊本のフラフラ買いのせいでもあるが、ホント言うとハードボイルド好みの私にとって「世界ミステリー全集」は、私の好みの範疇外のミステリーが多いのである。

それでも「世界ミステリー全集」を読んでいるのは、大金を払って買ったからには「読まなきゃソンソン」という私の根っからのケチ精神と「読まなきゃナラヌ」の義務感のため言えよう。

実は、机の上にツン読の本が5冊・・・単行本でローレンス・ブロックの「皆殺し」&マイクル・クライトンの「ライジング・サン」&矢崎泰久と和田誠の「夢の砦」&文庫本のジャナ・デリオンの「どこまでも食いついて」にアシュリー・ウイーヴァーの「金庫破りときどきスパイ」が、読まれるのを待っているのである。

85歳となっても、いまだに「天下晴れての素浪人」となっておらず、自治会会長とパソコン講座の講師をやっている始末なので、残り僅かな人生は、
なけなしのポッケトから無理して算出した全集だから、意地でも初志貫徹!!!。フラフラ買いなど浮気はやめて、せめて「世界ミステリー全集」と「世界SF全集」だけでも読了させるか、
それとも「遠望深慮」の結晶などクソくらえと・・・エート、これってヒンがないから訂正・・・「遠望深慮」の結晶など蹴っ飛ばし、フラフラ買いを実行して好きな本に徹した読書にするか、
「どうする?」と困りぬいている。

※ 登山ーーーこのプログの「空の彼方の空遠く」をご参照ください。
※ ためこんだ全集ーーー世界ミステリー全集18巻(早川書房):世界SF全集35巻(早川書房):異色作家短編集12巻(早川書房):世界教養全集38巻(平凡社):業書 文化の現代13巻(岩波書店):現代の詩人12巻(中央公論社);漱石 文学全集11巻(集英社);谷崎潤一郎訳 源氏物語11巻(中央公論社);図鑑 日本の歴史18巻(集英社):20世紀シネマ館6巻(KODANSHA):現代世界美術全集20巻(集英社):精選 名著復刻全集ー明治・大正時代の名作を復刻した単行本が33冊。これって、私の小遣いの限度を超えているので12回の月賦払い(日本近代文学館)ーー以上12セット 227冊。

その時が来た

今日は8月15日「終戦記念日」。最初の頃は正直に「敗戦記念日」といっていたが、いつのまにやら「終戦記念日」に代わってしまった。

「終戦記念日」とは、単に戦争が終わった日である。
物は言いようである。「敗戦」などという言葉は、どうしても「残酷な負け戦や過酷な戦災」が付きまとうから、そうゆう思いは忘れ去ってもらわねばならぬというわがニッポン国の頭脳明晰にして深謀遠慮なオエライさんがいたので「終戦記念日」となったらしい。

戦争を体験した年代の人がいなくなったら、わがニッポン国の頭脳明晰にして深謀遠慮なオエライさんの思う壺となるのかもしれぬ。

しかし、8月9日の長崎平和祈念式典で鈴木長崎市長が「平和宣言」で引用した「赤い背中」の谷口祾皣さんの言葉のように、悲惨な原爆のことを忘れてはならないし、平和を唱え続けていかねばならぬ。

「過去の苦しみなどを忘れ去られつつあるように見えます。私はその忘却を恐れます・・・」 

石垣リんさんの詩「雪崩のとき」に書かれているように、もう「その時」が来ているんでしょうか。そして、仕方がない、仕方がないと
あきらめるしかないのでしょうか、

雪崩のとき   石垣りん

 人は
 その時が来たのだ、という

 雪崩がおこるのは
 雪崩の季節がきたため、と。

 武装を捨てた頃の
 あの永世(えいせい)の誓いや心の平静
 世界の国々の権力や争いをそとにした
 つつましい民族の冬ごもりは
 色々な不自由があっても
 またよいものであった。

 平和  永遠の平和
 平和一色の銀世界
 そうだ、平和という言葉が
 この狭くなった日本の国土に
 粉雪のように舞い
 どっさり降り積もっていた。

 私は破れた靴下を繕(つくろ)い
 編物などしながら時々手を休め
 外を眺めたものだ
 そして ほっ、とする
 ここにはもう爆弾の炸裂(さくれつ)も火の色もない
 世界の覇(は)を競う国に住むより
 このほうが私の生きかたに合っている
 と考えたりした。

 それも過ぎてみれば束の間で
 まだととのえた焚木(たきぎ)もきれぬまに
 人はざわめき出し
 その時が来た、という
 季節にはさからえないのだ、と。

 雪はとうに降りやんでしまった、
 降り積もった雪の下には
 もうちいさく 野心や、 いつわりや
 欲望の芽がかくされていて
 “ すべてがそうなってきたのだから
 仕方がない ” というひとつの言葉が
 遠い嶺(みね)のあたりでころげ出すと
 もう他の雪をさそって
 しかたがない、しかたがない
 しかたがない
 と、落ちてくる。
 
 ああ あの雪崩、
 あの言葉の
 だんだん勢(いきお)いづき
 次第に拡がってくるのが
 それが近づいてくるのが

 私にはきこえる
 私にはきこえる。

  
※ 石垣りんーー19200年 -2004年。東京府生まれ。銀行員として働きながら定年まで勤務した。代表作に「表札」。 第19回H氏賞、第12回田村俊子賞、第4回地球賞[1]受賞。

暑いではなく熱い!!!

ニッポン全国猛暑日真っ盛り。
わが街北九州市の今日の気温は34度。とっても暑い!!!
でも、気温40度に近いアツアツの所に住む人のことを考えたら「とっても暑い」などと云ってはならないのであろう。「ほどほどに暑い」と云わねばならぬ。

もともと地球に生息するヒト科の生物は、地球上の他の生物や植物を痛みつけ、自然が壊れつつあるのを知りながら、温暖化をほったらかしてきたのだから、身から出た錆である。暑いなどと文句を言ってはならない。

「25度以上は夏日、30度以上は真夏日、35度以上は猛暑日」と云っているが、猛暑日なる用語を定めたのは2007年、今から16年前のことである。
すでに世界では45度以上の国が続出し、50度になることも予想されているのだから、この16年前の定義はもはや役に立たず、毎日が35度以上となった今「35度以上は夏日、40度以上は真夏日、45度以上は猛暑日、50度以上は酷暑日」と改めるべきである。

冬は厚着をして外出すれば寒さを凌げるが、夏は裸で外出する訳にはいかず・・・エート、ミステリィ作家のロス・H・スペンサーが「俺に恋した女スパイ」で書いたように

おれはいった。それはぜんぜんなにも着てないのと、ほとんどなにも着てないのと中間ぐらいだな

と、までもいかなくても、若いピチピチプリンの女性が、一見ビーチ風スタイルで街を闊歩しているのを見ると、心ときめいて、
「ウン、夏大好き」となるに違いない。

私、とってもすっごく年寄り。年寄りは熱中症になったらたちまちバタンキューとなるから、不要不急の外出は控えろとのお達しなので、一見ビーチ風スタイルの女性に出会う機会などありゃしない。フンだ。
だから、外出などしなくても、せめて俵万智の句のように、

暑く熱くなりそうな朝 朝霞の粒子の中に あなたを想う

てな人がおればいいが、とってもすっごく年寄りで枯れはてた私にとっては夢のまた夢である。

わが街北九州市では「まちなか避暑地」なる制度を作り、450の商店街やデパート、公共施設などが「まちなか避暑地」となった。
一見ビーチ風スタイルを求めての外出は不要不急になるかもしれぬが、映画館は「まちなか避暑地」に定められているので、映画を見に行くのはいいだろうとヘ理屈をつけ、映画「君たちはどう生きるか」を見に行くことにした。

私が原則として見るのは「ドンパチ映画」。ドンドンパチパチ弾丸が飛び交い敵はバタバタ倒れるが、わがヒーローには何故か弾丸は当たらないという「スカットと爽やかドンパチ映画」である。しかし、原則がはこびれば息が詰まるので、例外があるのが世の常である・・・てな訳で、世間の話題になる映画は見に行くことにしている。

映画「君たちはどう生きるか」は宮崎駿監督、事前の宣伝なし予告編なしと、公開まで一切の情報がなかったのである。
それでも、期待に胸を膨らませた宮崎ファンが、公開と同時に映画館に押し寄せたのは当然としても、映画館を出てきたら、皆さん一同に「ン?」。キョトンとしたらしい。

映画の下馬評は「チンプンカン」が多いようだが、どうも今迄の宮崎駿の映画とはまるで肌合いの違う映画になっているようである。
私、宮崎駿の映画は全部見ているが、若い人が「ン?」なら、いい加減とっても年寄りで感性の衰えた私が見たら「ンーーーーン???」になるに違いないけれど、まあ「チンプンカン」の正体をみたいと思って見に行くことにした次第である。

映画のタイトル「君たちはどう生きるか」は、吉永源三郎の児童文学の本から取ったということだったが、映画のストーリーとタイトルは関係ないということである。でも、宮崎駿がどうしてこの脈絡のないタイトルをつけたのか知りたくて映画を見たが、まったく「・・・???」

ストーリィは先の大戦の末期、母親を空襲で亡くした15歳の少年が郊外に疎開したところ迄は普通の展開。それからは、ストーリーはハチャメチャに吹っ飛んでアレヤコレヤにコレヤアレヤと・・・まあ最後は無事にTHE END.。

まあこの映画、画面も奇麗だし色彩も鮮やかだし、ストーリーはそっちのけにして宮崎駿ワールドを楽しめばいいのである・・・と、「チンプンカン」の正体なんて、暑いではなく熱いのだから、どうでもいい話とすることにした。

馬の鼻先に人参を

マイナンバーカードをめぐって、てんやわんや!!!

マイナンバーカードを取得するようにとの政府のお触れが出たとき、私、とってもすっごく年寄り。公的な証明書など取りに行くようなこともないし、健康保険証の代わりになるといっても、今の健康保険証でチラッとも不便を感じたことがない。今更カードに変える必要などコレッポッチもないのである。

かくして、政府にとってはメリットいっぱいのマイナンバーカードだとしても、私にとっては何等のメリットなしのマイナンバーカード。
私だけでなく皆々様も同じ考えをもっていたらしく、政府の願いむなしくマイナンバーカードはソッポを向かれてしまった。

岸田総理は組閣を組む時、総裁選のライバルだった河野さんをポイしたいと思ったけれど、太っ腹を見せようとデジタル大臣に指名。
デジタル庁は業務を遂行する官庁であまり政策など打ち出す官庁ではないから、しばし正論を吐いて国民的人気あふれる河野さんでも、出番がなかろうと思ったのがコンコンチキの大間違い。

ミステリー作家パーネル・ホールが「依頼人が欲しい」に

正論だ。ここがわが妻の大きな問題のひとつだ。彼女は頻繁に正論を吐く。

と、書いたように、議員仲間でも河野さんは問題の人なのである。

マイナンバーカードの発行が遅々として進まず、デジタル庁の権威が地に落ちてきたので、河野デジタル大臣は業を煮やして「馬の鼻先に人参をぶら下げる」訳ではないけれど・・・健康保険証と銀行口座を紐づけしてマイナンバーカードを取得すれば、一金20,000円也のポイントをあげましょうと、国民的人気をあおる素敵なアイデアを生み出した。

一金20,000円也という人参をぶら下げられたら、私、馬じゃないけれど「貰えるものなら何でも貰う」主義。
ホイホイと区役所に行ったら、私と同じ思いの人がウジャウジャ。待つこと40分、担当の人がパソコンのキイをカチャカチャカ叩いて「ハイ、おしまい」。うやうやしく一金20,00円のポイントをゲット。

今まで政府からあれこれ名目を付けて、なけなしのお金をむしり取られるばかりだったが、なんと、政府からむしり取ることが出来たなんて、すこぶるイイ気分。

ところがである。なんと現在の健康保険証は無効とし、マイナンバーカードに統一するとのビックリ&驚き桃の木山椒の木の方針が打ち出された。おいしい人参もはずだったが、うさんくさい人参だったのである。賢い政府が、タダで一金20,000円也を払う訳がないのである。

かくして、全国民は、健康保険証を捨てマイナンバーカードを必ず取得しなければならない羽目におちいってしまった。目的は健康保険証のカード化ではなく、全国民のカード化だったんである。なんという姑息な手段!!!

どうしても、デジタル時代になったので「マイナンバーカードが絶対必要」というのなら、国民が納得いくように説明をつくし賛同を得てスタートすべきである。
それなのに、自分の努力不足を棚にあげて、一金20000円也でカード登録100%を目指すなんて、国民をバッカにした話である・・・てなことを云っても、うやうやしく一金20,000円也を貰った身だから、取り消すことにしよう。

マイナンバーカードというのは私の分身みたいなものである。普段は必要ないから、自宅のしかるべき場所に大切に保管して置くはずである。ところが、病院に行く時は、本人自身が行くのにもかかわらず、私の分身まで引き連れていかねばならぬ。私のようなとってもすっごく年寄りは、物を落としたり置き忘れたりするのが日常である。もし失くしでもしたら・・・私の分身は行方不明、片身を剥がされた思いをするに違いない・・・どうしてくれる!!!

河野デジタル大臣は、功をあせって剛腕を発揮。デジタル庁の尻をひっぱたいた結果、予習もせずに見切り発車したものだから、ボロがボロボロ&ボロボロ。おまけに河野デジタル大臣は「木で鼻をくくる」ような国会答弁をして、国民的人気も落としてしまった。
その内、ことわざ辞典の「急いては事を仕損じる」の事例として、マイナンバーカードの申請ミスが取り上げられるかもしれぬ。

ここで「現行の健康保険証とマイナンバーカードの2本立てにする」と、河野デジタル大臣が持ち前の暴論・・・ン? 正論を吐けば一件落着、国民的人気を取り戻すはずである。
どうして言わないのか?
アア、そうか。そうしたら、人気が回復するかもしれないけれど、マイナンバーカードの取得者が減ってデジタル庁の評価はガタ落ち。
アチラが立てばコチラが立たず・・・ホント、悩み多き河野デジタル大臣!!!

林芙美子生誕120年

北九州市立文学館で、林芙美子生誕120年記念として企画展「拝啓 林芙美子様ー芙美子への手紙ー」が開催されると共に、文学館館長の今川英子先生の連続講座「林芙美子の生涯と作品」が2回にわたって開かれ、私、イソイソと受講した次第である。

私は、北九州市立文学館「友の会」の会員である・・・てなことを云うと、いかにも文学通と思われるかもしれないが、それはうるわしき誤解である。
私、文学館館長の今川英子先生のファン。
「ウン、そうか、今川英子先生が美人だからファンになったんだ」なんて、勘ぐられては困る。

私が南丘市民センターで働いていた18年ほど前、柄にもなく「文学講座」をやろうと思い立ったものの、何をやっていいのかまったく「?」。
そこで文学館に行き、面識はなかったけれど館長の今川英子先生に相談したところ、なんと快く承諾して頂き、表向きは「企画 森荘八」、本当は「企画 今川英子先生」で、「学んで楽しむ文学講座~松本清張生誕100年を記念して故郷の文学を辿りましょう」という講座が誕生した。
講座では松本清張のほかに森鴎外・火野葦兵・杉田久女などを取り上げ、毎月1回今川先生をはじめ7人の講師の方々から、毎月1回8ケ月にわたり開催することが出来た。。

私は司会をしただけだけど、市民センターホールいっぱい120名のお客さんがおしよせ大成功。すこぶる好評を得て、私、鼻タカダカ!!!
以来、私は今川英子先生の絶対的なファンとなり、「友の会」の中では文学通歴ゼロだが、ファン歴は誰にもヒケは取らないと自負している。

森光子主演で1961年(昭和36年)芸術座で初演された「放浪記」は、2017回にわたり演じられて有名になっているが、林芙美子の原作を読んでいる人は少ないに違いない。恥ずかしながら、私もこのお芝居をテレビで見ただけだが、すっかり「放浪記」を読んだつもりになっていた。
この小説は、昭和5年に出版されたもので、ひどい貧乏にもめげず、したたかに生き抜く女性を描いた自伝的小説でベストセラーとなっている。

特別展の会場には、北九州市立文学館所蔵の川端康成、井伏鱒二、宇野千代など同時代の作家をはじめ、ジャーナリスト、編集者67人が芙美子に書いた手紙73通と共に、林芙美子の生涯と作品、当時の社会情勢などが分かりやすく展示されている。

私、芝居「放浪記」だけしか知らないので、彼女は孤高の人とばかり思いこんでいたのに、交流した文壇の著名な人の多いことにビックリ。川端康成の毛筆で書かれた書簡、素晴らしかった。ホレボレ・・・。

林芙美子が随筆の中で「作家の手紙と云うものは、なんとなくうるおいがあって魅力があるのは、感情生活が豊かで、子供と同じように自分の生活をあまり隠さないからでしょう」と述べているように、とっても面白く読ませてもらいました。

今川先生の講座、先生の語り口は、居眠りを誘うように心地よいけれど、お話の内容は面白くって引き込まれ、アッという間にTHE END。とってもお上手。これ、お世辞ではありません。念のため・・・。

先生の講座の1回目は林芙美子の人生の行程をたどり、2回目は林芙美子の「浮雲」など5作品の「あらすじ」と「鑑賞」。この「鑑賞」は今川英子先生の作品に対する感想を綴ったもので、作品への愛情がにじみ出ていて素敵でした。それと「放浪記」など7作品に書かれた林芙美子の「あとがき」。これは林芙美子の作品に対するあけっぴろげな思いが感じられて感心しました。

私は、今川先生の作品の「あらすじ」を聞いて、まるで作品を読んだ気持ちになってしまった。
そうそうたる文学者は上から目線だけど、林芙美子は下から目線で社会の底辺でうごめいている人たちを描いているとの話に納得。多くの人たちとっては身につまされる作品で、愛読者が多かったのは当然と思える。

しかし、最近に出された中央公論社から出版された柚木麻子の本に「林芙美子は食と経済の人」と書いてあるらしい。私にはまったく「意味不明」だが、若い人の感性には、とてもついていけない。

ウーン、私、もうトシ!!! 仕方ないか。