怖いお話

 今年、私が見た映画はなんとたったの11本。少ない!!!
 何故って云えば、東日本大震災後5月まで、我が愛する撃って撃って撃ちまくるドンパチ映画は、まったく上映されなかったのである。約2ヶ月も映画を見なかったというのは、我が映画歴で初めてである。
 これって、この時期にドンパチ映画を上映するなんて・・・と、映画会社が自粛したに違いない。
 と、いう訳で、今年、私が見た映画は
 「SPACE BATTLESHIP ヤマト」「アンストッパブル」「RED/レッド」「ツーリスト」「アンノウン」「ソーシャール・ネットワーク」「X-MENアースト・ジェネレーション」「ロシアン・ルーレット」「アジャストメント」「スカイライン」「スーパー8」
 全部、映画の題名は、何故か原題そのままのカタカナ語。私、ニッポン人だから、タイトルを見ても意味が分からないし、ドンパチ場面ををウットリ見ているから、どんなストーリイだったのか、今になってはほとんど思い出せない。
 これって、悪いのはカタカナ語のタイトルのせい。かっての映画「ローマの休日」とか「太陽がいっぱい」みたいにニッポン語タイトルがついていたら、思い出すに違いないのである。
 ン? 何? 「それってカタカナ語のタイトルのせいではなっくて、そう八さんのボケのせい・・・」
 エーット、それでは話題を変えることとして、今年見た映画で、とっびきりスゴイのが「スカイライン」
 この映画は、地球が侵略される映画と聞いていたので、SF映画大好き人間の私としては、心ときめかしてイソイソと見に行ったのである。
 本来、地球が襲われる映画は、TV映画の水戸黄門と同じパターンで作られているのである。
 水戸黄門の番組は、8時42分に「葵の御紋」がパットと出されて、悪者顔の役者がバッタバッタと切られ
 「まずは、めでたし目出度し」で終わるように定められている。
 これと同じように、それまでコテンパにやられていた地球軍が、ラストの20分前位に、アッと驚く戦法で、エイリアンを打ち負かし
 「まずは、めでたし目出度し」で終わるというのが、この手の映画の定番だったのである。
 ところが、この映画は、なんと登場人物は全員殺され、地球が征服されるという内容である。
 折角、心ときめかしてイソイソと見に行ったのに、地球が征服されるって、こんなバッカな話してある? 
 大体、エイリアンが乗ってくる宇宙船は、ピッカピッカに輝く空飛ぶ円盤風でなくちゃならないのに、この映画の宇宙船は、なんとまあグロテクス。
 遥か宇宙の果ての高度な文化を持つ星からから飛来するエイリアンに、こんなに美的感覚がないなんて信じられない。
 それに加えて、エイリアンとの戦闘シーンのお粗末なこと!!!
 と、まあ、私の主義にはなはだ反する映画を見て、ガッカリ・ウンザリ・ションボリして帰った次第である。
 たけど、冷静に考えれば、宇宙の貴重な星を守るという使命を持っているナンジャモンジャ星雲のチチンプイプイ星人が、この地球に生息するヒト科の生物が、地球上の他の生物や植物を滅ぼしつつあることを見て、
 「ヤッパ、地球という星からヒト科を生物を排除しなければならぬ」と決意するやも知れぬ。
 そう考えると、この「スカイライン」という映画は、これの「予告編」かもしれぬ。
 ウン、きっとチチンプイプイ星人は、この映画の監督に『超スーパーハイハイ頭脳コントロールマシン』を駆使して、映画製作を命じたに違いないのである。
 なんと、恐ろしい!!!

梅雨なのに・・・

 梅雨真っ盛り。それなのに気分も夏真っ盛り。
 盆と正月が一緒に来るのであれば、こんなに嬉しいことはないけれど、梅雨と夏が一緒に来るなんて、そんなバーカなことってある?って感じである。
 私は、梅雨は雨が降るからキライ! 夏は暑いからキライ!! 冬は寒いからキライ!!! 好きなのは春と秋だけである。 
 ああ、それなのに、夏はギラギラとメチャ熱い上にながーく、冬もキンキンとメチャ冷たい上にながーくなって、春と秋はアットいう間に終わってしまう。まるで、春と秋は邪魔者扱いである。
 今や、街は梅雨なのに、夏真っ盛り気分に溢れたピチピチプリンの女性がスッポンポンで街を闊歩しているけれど、その内,メチャメチャメチャ暑くなると、アメリカのミステリー作家ロス・H・スペンサーが「俺に恋した女スパイ」の中で
 「それはぜんぜんなにも着てないのと、ほとんどなにも着てないのと中間ぐらいだな」と書いたような風景が見られるようになるかもしれぬ。
 それはそれでステキなことだけれど、私、いい加減年寄りで、なおかつ知性と教養を身につけているので、そうジロジロと、燃える眼差しで見る訳には行かない。
 エ? 何? 「いい加減年寄は納得するけれど、知性と教養は痴性と狂養の間違いじゃないの?」
 とんでもない、本人が言っているのだから、間違える訳がない。シミジミと、冷静な眼差しで見るだけである。
 「それって、ジロジロ見るのと、どう違うの?」
 ホントにもう、我がニッポン国のおエライ政治家のように、枝葉末節なことを糾弾するのは品位が落ちるから止めたらいいと思います。ハイ。
 ところで、昔は梅雨といえばシトシト雨が定番だったけれど、時代は移り、今や梅雨といえばドカ雨。
 もう、俵万智が詠んだようなフンワリホンワカ梅雨は、望めないのかもしれぬ。残念!!!

梅雨寒や抱かれ心地のシャツ借りてしばし続きを読むミステリー

哀しきかなchichi

 6月19日は父の日。
 私には当然ながら父がいたし、今や、私にも子どもがいるから、当然ながら子どもの父でもある・・・と、断言出来るけれど、アメリカのジョークに

 「ねえ、ジェーンの赤ちゃんは母親似ですって」
 「よかったねぇ。父親似じゃなくって」

 ね、この意味分かる? 深読みのこと ・・・ ウーン、女性はコワイ!!!  
 ところで、私の父は1976年に亡くなったけれど、なんたって35年前である。幸か不幸か、その頃は「父の日」なる習慣がなかったから、何を送るべきかなんて、悩むこともないままに、今や悩まれる存在になってしまった。
 そして「父の日」が近くなると
 「言葉で表せない感謝の気持ちを送ろう」なんてキャッチコピーが街に氾濫し、世間の賢明なる息子&娘は、買わなきゃダメダメ気分にさせられてしまう。
 だけど、いつも感謝の気持ちを持っていれば、それは言わずとも伝わることだし、感謝の気持ちをわざわざ『物』に代えてプレゼントする必要はないと思うけれど、我が貧しきニッポン国の経済発展のためには・・・エーット、商売人の商魂を満たすためには、そんな不遜ことを言ってはならぬ。
 まあ、父なる存在は、6月19日にはそりゃまあチヤホヤされても、翌日からは、父から夫に転落し
 巷では、ひそかに 
 「亭主元気で留守がいい」とか
 「濡れ落ち葉」とか
 「粗大ゴミ」とか
 「産業廃棄物」とか言われているらしい。
 昔むかし、私が子どもだった頃は、父の威厳は厳として聳え立つっていたけれど、今や、地に落ちてしまったらしい。
 そこで、もうひとつアメリカのジョークをどうぞ。

 「わが家では些細なことは妻が決め、重要なことはおれがきめるんだ」と自慢するボブに、友だちがきいた。
 「じゃ、奥さんはどんなことを決めるんだい?」
 「車をいつ、どんなやつに買い換えるか、子供をどこの学校へ入れるか、つぎはどこへ引っ越すか、といったようなことさ」
 「えっ。それできみが決めるのはどんなことかい?」
 びっくりする友だちにボブが答えた。
 「アメリカはイラクと和解すべきか、共和党は次期大統領候補を誰にすべきか、というようなことだ」

 ※ 井坂清編 「ジョークは人生のスパイス」から引用。

女性って、凄い!!!

 6月。ジューンブライド。
 6月に結婚した花嫁は幸せになる月・・・と、云うのは、ヨーロッパからの伝承だけれど、我がニッポン国は、梅雨になって雨がシトシトなみだ雨。ハレの日にハレでないなんて、洒落にもならない。
 最近は、結婚式も開放的な会場が多く、庭を利用した演出があったり、チャペル式ではフラワーシャワーがあったりするけれど、これが雨が降ればオジャン。
 だから、6月の結婚式は、8月・9月についで3番目に少ないそうである。

 愛して恋して結婚したら「ハイ、それまでよ」と、恋を卒業すると思っていたら、どうやら、女性は複雑怪奇な生き物らしい。結婚と恋は別腹・・・エート、別次元の現象と割り切っているみたいである。
 朝日新聞のbe on Saturdayに「いま恋をしていますか」と1552人の女性にアンケートをした結果が載っていたけれど、「恋をしてる」と答えた女性は39%。その内、72%は結婚している女性だそうである。
 まあ、韓国ドラマのイケメン俳優を
 「スキ! すき!! 大好き!!!」と恋愛憧れ症候群にかかった女性の擬似恋愛と思ったらとんでもない。
 「どれくらい真剣ですか」の問いに
 「単なる瞑想の範囲」は30%だけで、後は
 「命がけ」が12%、「絶対に止められない」は、28%と、マジ真剣なのである。
 そして、
 「時間をかければ止められる」は23%、「簡単に止められる」は7%しかない。
 ホント、女性ってスゴイ! コワイ!! 
 結婚している男性にとっては、
 「オチオチしてはおられない」のである。
 それに、「人はいくつまで恋を出来ると思う?」という問いに対して40台までと答えた女性は150人。50~60代までと答えた人は123人。70歳代が42人で、なんと80歳以上になってもと答えた人は、なんと1194人。
 私を周囲の女性は、高齢者社会の縮図みたいなもので、ピチピチプリンの女性は、ダーレもいない。 
 だから、アンケートの通りだとすると、恋多き女性ばかりウジャウジャしているはずなのに、どうして、私を通り過ぎていくの?
 このアンケートって、マジ本当?

見上げてごらん夜の星を

 私は「頑張る」という言葉が苦手である。
 私の血液型は「A型」だけれど、どちらかと言うと「どうでもA型」だし、「頑張る」といっても、「いい加減に頑張る」タイプである。
 人生にはまだまだ先があった、あの頃ならともかく、もう70年も人生をやっていたら、ままならぬのが人生と割り切ってしまい
 「頑張れ」などと云われたら
 「ハハーッ」と最敬礼して受けてしまいそうである。
 だから、反対に私が人に
 「頑張って」なんて言っても、もし、相手が頑張っている人だったら
「云われなくっても分かってるよ。余計なお世話・・・」と云われそうだし、
 反対に、頑張る力も失っている人だったら
 「こちらの気持ちも分からずに 何を偉そうに・・・」と叱られそうな気がする。
 だから、「頑張る」という言葉は、時と場合によっては、上から目線の僭越な言葉になりかねないので、「ほどほどの頑張人」である私は、恐れ多くて使うことが出来ない。
 それで、私は病気で見舞いに行った時でも、相手の気持ちに寄り添って
 「ウンウン」と話を聞くだけである。、
 相手の心情を察すると、とても「頑張って・・・」とは云えないのである。

 TVで東北大震災で被災された方々に対する応援コマーシャルがいろいろ出ているけれど、私の好きなコマーシャルはサントリー。
 特に良かったのが「見上げてごらん夜の星を」のシリーズ。
 矢沢永吉や宮沢りえ、萩原健一など多くの歌手がバトンリレーで歌う。ただそれだけでナレーションもなく、最後に「SUNTORY」のロゴが出るシンプルなコマーシャルだけれど、歌い手の気持ちがストレートに伝わって、数多くの「頑張ろう」コマーシャルよりも、訴える力があるように思える。
 でも、TVを見ている私は罹災者でもない。単なる傍観者に過ぎない私が、アレコレ言うのはおこがましい次第だけれど、私は
 「音楽」は、慰めや励ましの言葉より、人の心を動かすことが出来ると思っている。多くのアーチストがTVに出演したり現地で歌ったりして、それで被災された方々の心がひとときでも癒されたら、元気を取り戻すことが出来たら・・・と、思う。
 そして、TVの前の一瞬の笑顔ではなく、俵万智が詠んだような笑顔を浮かべられたら・・・と願うばかりである。

なんでもない会話なんでもない笑顔なんでもないからふるさとが好き