目黒ハイキングクラブ落ちこぼれ入会記

 それは忘れもしない1995年10月19日の「目黒ハイキングクラブ(MHC)」の例会の日のことである。例会が終わってから、幹事の大下さんが爽やかな笑顔を見せて、
 「森さん、入会の感想文、書く時期になったわよ」と言う。私はそれを聞いて一瞬
 「ン?」と絶句・・・。私がいくら爽やか笑顔にヨワイと云っても、大井さんの云っている意味が分からない。キョトンとしていると、
 「森さん、入会してもう1年たったわよ」と言う。
 「エッ? もう1年も・・・」と又もや絶句。と、云うのは、である。私の参加した山行は指をり数えて・・・エーット入会してからすぐ彷徨祭の時に登った石老山でしょ、それに鍋割山に大菩薩峠、それから荒船山に伊豆ケ岳。ウーン、1年間でたったの5ケ所!
 例会の出席も指折り数えて・・・エーット数えるのは恥をかきそうだからヤメヨーッと。
 要するに、まだ入会してすぐの「気分は新人」のつもりだったのである。それに生まれながらの名前オンチに顔オンチに加えて、寄る年波で・・・ウーン分かりやすく言えばボケで・・・いまだにメンバーの名前と顔が一致しない有様である。
 だから、とてもじゃないが「入会一年の感想文」などと、オドロオドロしいものを書く資格なんてないのである。これが、学校であれば出席数不足の典型的「オチコボレ」で、退学処分となるところであろうが、「目黒ハイキングクラブ」はきっと心やさしい人ばかりの集団らしく、特別エコヒイキ扱いにして「入会一年の感想文」を書く資格を与えてくれたらしい。
 ところで、私は九州では山に一緒に行く仲間は大勢いたけれど、東京では山に登るという友人は居なくて、一人でシコシコと登るばかりだったのである。するとうちのかみさんが
「あなたはもうトシもトシ。ホントにいいトシもトシなのに、まったく自覚症状に欠けているんだから!」と、トシトシと、言わずもがなのことを連発して言う。そして、
「あなた、一人で登ってヒョットしてヒョットしたらどうするの。そりゃあなたがヒョットしてヒョットしても、保険がガッポリ入るから、ちっとも心配なんかしていないけれど、私、ヒョットしてヒョットしたら再婚するかもよ。そうしたらあなた、安心してアノ世に行けないんじゃない」などとのたまう。
 そう云われるとそれもそうである。さすがうちのかみさんは賢い。ちゃんと亭主の気持ちを見ぬいている。私が再婚するのであれば、そりゃもう言うことはないが、うちのかみさんが再婚するとなると問題が別である。
 かくして一も二もなく、うちのかみさんの言うことに従うことにしたのである。
 そして「山岳会」ではなくって「ハイキング」という名前が付けば、年相応でうちのかみさん好みでもあるし、また、名前から見るとメンバーには女性が多いということも予想されるので、私好みでもある。さっそく「目黒ハイキングクラブ」に入会したのは言うまでもない。
 ところがである。入会してビックリ。レベルこそ分けてあるものの中身は「仲良しクラブ」ではなく、れっきとした「山岳会」である。看板にいつわりありとはまさにこのことであろう。しかし、よく考えると、これは広くメンバーを集める思慮遠謀であるに違いないのである。特に、これで女性がワンサカ入会してくれば、私の個人的思慮遠謀にも一致する訳でもある。看板にいつわりありと言うのは取り消すことにしよう。
 ところで、入会して「スッゴイ」と思ったのは『安全第一』ということを徹底させていることである。どこの山の会でも『安全第一』と言うものの建前に終始することが多く、ベテランになればなるほど、リスキイなことをして自慢したがるものであるが、「目黒ハイキングクラブ」では、幹部みずから『安全第一』を実行している。
 これには頭が下がる思いで中身は山岳会なみだけれど、うちのかみさん好みの『安全第一』であるから、これならばうちのかみさんの再婚のチャンスもなくなってくるに違いない。ウン、いい気分。
 次に「イイナ」と思ったのは、レベルに分けた山行をしていることである。それにレベルさえ合っていれば単独行でも認めている点である。とかく山男は、良く言えば個性的な人、悪く言えば・・・ウーン、これを書くと長くなるのでカット・・・が多いので、どこの山に登るかが問題になり、トラブルのタネにもなるのであるが、この難問をうまく解決するシズテムをいろいろ取り入れている点、私のようなワガママ人間にとって、これほどハッピイなことはない。
 しかし、システムがうまく出来ていると言っても、それをうまく運用しなければ絵に描いた餅になってしまう。幹部の皆さんが自分の想いを捨ててクラブの運営をしているのだろうと思うと、私のようなオチコボレは、小さくなるばかりである。
 雲散霧消する山岳会が多い中で、これが「目黒ハイキングクラブ」が20年も続いている秘訣であるに違いないと思った次第である。
 と、書くと、なんだかイイことばかり言ってと、まるでブリッコしているようだがこれは本当である。ブリッコして、今年も5回くらいしか登れそうもなくてオチコボレになりそうだけれど勘弁して貰おうとか、たまに登るのだから山で豚汁を作ってもらおうとかいう魂胆なんか、これっぽちもナイ。ホントである。誤解されても困る。
 ウーン、でも、折角誤解してくれるのなら、ムキになって取り消すこともないのかなァ。ウン、豚汁作って・・・。

1996年1月 記

※ 私は東京で単身赴任中の1994年11月に目黒ハイキングクラブに入会し、1998年3月に定年退職して東京をさよならするまでの間に登った山行の内、数編の感想が会報「ほうろう」に掲載されました。
 これを纏めて夢旅人のカテゴリーに「山の彼方の空遠く」というタイトルで遂次掲載する予定ですので、「風に吹かれて」と同様にお読み下されば幸いです。
 なお、文中の氏名は全て仮称です。

[参考] 目黒ハイキングクラブ・・・1974年発足。2014年に40周年を迎えた伝統を誇る山岳会。会員は約30名で目黒区・世田谷区・大田区を主体に近隣に在住している方が多い。毎月2~3回関東周辺の日帰りハイキングが中心だが、夏には北・南アルプス登山を計画している。例会場所は目黒区緑が丘の「緑が丘文化会館」。日本勤労者山岳同盟に所属している。

 とっても居心地の良い素敵なクラブです。入会希望の方は「目黒ハイキングクラブ」のホームページをご覧ください。

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