家族旅行

家族旅行    石垣りん

駅頭という言葉は
もうはやらない
日の丸の小旗を振って人を送るという風景も
あまり見られない
窓をあけて握手
したりするのは列車として型が古い
出征兵士を送るとき
みんな涙をかくして笑ったと話すと
若い人は不思議そうに首をかしげる
奉公袋、千人針、はいのう
銃剣、お守り
出発に際してそういう持ち物がないので
歓呼の声はどこからもわき起らない
人間は極端に歓呼しないほうがいい
行楽の人でにぎわう
プラットホームは明るくかわき
誘い合った家族と家族が
めいめい切符をにぎりしめている
「よく晴れたね」
「海は静かかしら?」
男は
妻子を家郷に残さない
収入と支出のバランスで行く先が決まる
勝って帰れとだれも言わない
海ゆかば水漬く屍であるはずがない
旅に出かけるのである
バンザイ
バンザイ
バァンザァイ
では行っていらっしゃい!
では行ってきます!

 ※ 「石垣りん詩集」(1971年刊)より。平和な家族旅行に出かける風景と、戦死して帰らなくなるかもしれない出征兵士の家族との別れの場面を対比した詩である。

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